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後ろの方でモタモタしている人気馬を後目に、早ばやと先頭に立ったシルクフェイマスが4コーナーを回って直線に向く。しかし、直後にはもうゼンノロブロイが迫っていて手応えも明らかに優っている。ああ、これに勝たれたかと思ったところで、ふと気がついた。そういえば逃げていた馬、あれはどこに行ったのか? 思い出して双眼鏡を前に向けてみると、ありゃりゃ、そこには忽然と現れたイングランディーレが楽々とゴールに向かっているではないか……。何とも謎に包まれたような狐につままれたような天皇賞だった。ここで天皇賞のレース分析をしても仕方がないが、ダート戦の延長線上でダート戦と同じように走ったイングランディーレを芝のトップクラスが捉え切れなかったことは、日本の芝競馬の構造的というか体質的というか、ひとつの大きな問題点を示していると考えられる。ごく単純化していうと、米国のダートのようにスピードが優先されるトラックの上で、欧州の芝のように後半に力を温存させる競馬をやっているのが日本の芝のレースであり、特にG1ではそれが顕著になる。それぞれの良いところを取るならいいが、どうも日本の芝競馬は米国競馬の楽な面と、欧州競馬の楽な面をつまんだという性格が強い。それはそれで日本固有の競馬文化と考えることもできるが、競馬も国際競争力を備えていなければ生き残れない時代を迎えてしまった以上、そのような国内的なモノサシだけで優劣を決めていてはいずれ限界が訪れるだろう。これまで海外遠征で成功を収めた日本調教馬が、日本の規格からははみ出した能力を備えていながら、必ずしも日本のトップではないという点たとえば今ならローエングリンあたりもそのような日本の芝競馬の特殊性を示していると考えられる。 このレースは90年代なかばまでのマル外馬が勢力拡大の一途をたどる時代に、そのエネルギーのはけ口としてつくられた異質の3歳戦。歴代勝ち馬にはエルコンドルパサーをはじめ、後に歴史的業績を残す名馬も含まれるが、レースが終わった時点、あるいはその年度末でのレーティングは、3歳限定G1としては最低かそれに近い評価に甘んじることが多い。要するに低レベルとみなされる。フリーハンデやクラシフィケーションの評価がそうなるのは上位入着馬がその後に低迷するケースが多いためだが、感覚的にもクラシックより一枚落ちと受け取られていると思う。しかし、勝ち馬を取り上げれば、シーキングザパールとエルコンドルパサーは海外の国際G1勝ち馬で、イーグルカフェとクロフネはJCダート勝ちでそれに準じるパフォーマンスを示した。テレグノシスのG1ジャックルマロワ賞3着も忘れてならない殊勲だ。歴代皐月賞馬もダービー馬も菊花賞馬も国内でジャパンCや天皇賞を勝つことはあっても、そこまでの実績は残していない。こう見ると、特殊な日本の芝での異質なG1が実は世界基準には最も合致していたともいえそうだ。 タイキシャトルは3歳5月の時点ではまだダートで2勝目を挙げただけだったが、その後の活躍は周知の通り。必死で頑張る日本的マイラーの瞬発力を楽々とねじ伏せてしまう圧倒的なパワーが国内限定のものでなかったことは、仏G1ジャックルマロワ賞勝ちが示している。産駒もまたパワーとスピードで押すタイプが多いだけに、器用さや切れ味を問われると弱みを見せる場合が多いが、昨年のウインクリューガーのようにハイペースの流れについていって抜け出し、力で押し切るような展開になると底力が生きる。◎メイショウボーラーは前半ゆっくり行くことで2000mでも好走しているが、本来は1600mでガンガン飛ばしてガソリンを使い切るようなレースが合うと思う。朝日杯はそれで負けたやないかという意見もあるだろうが、あれは飛ばし過ぎ、ものには限度がある。ストームキャットの血も快足であるには違いないが、日本的な軽快さよりも、手応えがなくなったあたりからもうひと伸び絞り出すような底力優先の血で、こういうタイプはギリギリまで仕上げて、しかも流れが厳しくなってこそ真価を発揮する。祖母はアルゼンチンのステイヤーで、その父サーチトラディションは自身重賞入着程度だが、2マイル時代のジョッキークラブGC連覇のナシュア×名牝サーチングという名血。まあこのあたりが2000m以上への対応の可能性を残しているゆえんだが、サーチングが名牝ラトロワンヌの孫で、父の持つカーリアンもラトロワンヌの末裔であるという点も見逃せない。ラトロワンヌ系といえば米国屈指の名牝系で名馬の宝庫。特にシーヒーローやゴーフォージン、そして今年のスマーティジョーンズなど直系子孫のケンタッキーダービー勝ちに見るように、混戦といわれる年に抜け出してくるここ一番での強さは、この馬がまだ示していない奥の深さを窺わせるものだ。 ニュージーランドT母仔制覇を達成した○シーキングザダイヤには、ここも史上初の快挙達成がかかる。シーキングザパールはタイキシャトルと同じ時期に欧州に渡って先に仏G1モーリスドギース賞に勝ち、揃って凱旋出走したマイルチャンピオンシップではタイキシャトルに花を持たせておいて、タイキシャトルの引退戦となったスプリンターズSではちゃっかり先着を果たした。そのように、単なる同期という以上の複雑な関係にあった2頭のことだけに、2代目の2頭もこの先いろいろ絡むことは多くなりそうだ。母の父としてはすでにファレノプシスを出しているストームキャットに直仔の日本でのG1勝ちがまだないのは、そこまでの上物が日本にまで回るチャンスがないことが第一だが、直仔だと日本の競馬には重過ぎるというか、エンジンを最高出力まで回さないうちにレースが終わっちゃうという面もある。母の国内でのG1タイトルが結局このレースだけだったのも、そのスケールが日本離れしていたせいもありそうだ。そういったタイプを受け入れるのがこのレースの懐の深さであってチャンスが十分にあるのは確かだが、能力全開の場は日本以外のどこかという可能性もまた高いような気がする。 ▲アポインテッドデイのレッドランサム×ダンチヒ×ネイティヴロイヤルティ(その父レイズアネイティヴ)という血統で思い出すのは、G1に勝つことなく欧州最強マイラーの座についたインチカブ。これがレッドランサム×クラフティプロスペクター×ダンチヒだった。インチカブの欧州最強というのはG2クイーンアンSで得たインターナショナルクラシフィケーション“130”のレーティングによるもので、IC嫌いの各方面で物議を醸したが、このように地味に玄人受けする大仕事をたまにやってのけるあたりがレッドランサムの個性。ロベルト×ダンチヒの配合と捉えれば、こちらはかなり派手だがグラスワンダーもいる。どうも勝つような気はしないが、3番手にはふさわしい存在といえる。 △コスモサンビームはコスモバルクの大活躍にあおられて“ザグレブ二枚看板”の地位からずり落ちかかっているが、まだトップを窺う位置に踏みとどまっているし、本命馬は朝日杯FSで負かした。レインボークエスト×ビーマイゲストの母なら2歳完結型とも思えない。 |
競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2004.5.9
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