2003宝塚記念


淡々と大物を喰う静かな野心家

 ファニーサイドの三冠を阻止したエンパイアメーカーの血統は、ミスタープロスペクター系の配合の成功パターンのひとつとして典型的なものだ。母のトゥーソードは自身G1勝ち馬で、産駒からもエンパイアメーカーのほかにチェスターハウス(アーリントンミリオン)、オネストレディ(サンタモニカH)、チズリング(セクレタリアトS)という3頭のG1勝ち馬とG2勝ちのデカーキーを出す名牝で、しかも、こういうクラスになると、どんな種牡馬が相手でも走るという面もあるので、ことさらに配合が良かったとはいえないが、アンブライドルド産駒エンパイアメーカーの配合上の柱となったインリアリティ3×4、バックパサー4×5は、それら両血脈のミスタープロスペクターとのニックスの確かな証明といえるものだろう。また、これでベルモントSは過去10年のうちミスタープロスペクター系が7勝(ちなみにケンタッキーダービー、プリークネスSとも10年でそれぞれ6勝)。たとえベルモントSがボールドフォーブスのようなスプリンターがこなしてしまう場合もある特殊な12Fであるとしても、もう、ミスタープロスペクター系を短距離血統、スピードだけの血統と呼べなくなっているのは明らかだろう。日本ではミスタープロスペクター系というと大多数はダートの短距離が主戦場となっているが、日本競馬史上で恐らく最強のエルコンドルパサーもミスタープロスペクター系だったことを考えると、そのパワーを十分に引き出せるだけの環境が整えば、いくらでも後に続くものが出てきて不思議はない。

 さて、ミスタープロスペクター系でも特に今後の発展が見込めるのはアンブライドルド、キングマンボ、マキアヴェリアンの系統だと思う。特に根拠はないが、競走馬としての個体の能力、種牡馬として内包する血脈、そして産駒の実績など考えると、長く勢力を保って幅広い活躍を示し、ことによると世界の血統地図を支配することにもなるのではないかと。もちろん原動力は持ち前のスピードに他の血脈の良さを何でも取り込んでしまうミスタープロスペクターのどん欲(?)さで、その辺りはノーザンダンサーとも通じる部分。生誕30余年、没後4年、血脈としての熟成期を迎えたミスタープロスペクターは、これから先まだまだ傾向の変化、思わぬ展開を見せてくれるだろう。アグネスデジタルも、ひょっとすると上に挙げた3頭に続くくらいになるのではないかとこのごろ考えるようになった。これまで、アグネスデジタルが短距離・G3という父クラフティプロスペクターの類型に収まらないのを母系のステイヤー血脈によるものと簡単に片づけてきたが、5代血統表を子細に見ると、3〜4代目に現れる血脈は、それぞれミスタープロスペクター系で成功した大物の血統表中でも重要な位置を占めていることに気付く。ひとつひとつ具体的に挙げると、父の持つインリアリティ、これはアンブライドルドをはじめ、クラシックタイプのミスタープロスペクター系によく現れる。ダンチヒはフサイチペガサス、セクレタリアトはゴーンウェスト、ホイストザフラッグはマキアヴェリアン、トムロルフはフォーティナイナー、ワイルドリスクはアンブライドルド、ラナウェイブライドはカーソンシティと、さながらミスタープロスペクター系オールスターといった趣だ。いくつになってもハッタリがきかないというか、見た目にチャンピオンらしい“凄み”が備わってこないので、どれだけ勝っても実質的な強さが見えにくいタイプだが、案外2200mがどうかというようなレベルを超えたスケールを備えた存在なのかもしれない。

 シンボリクリスエスは、去年から強いのは分かっていても、なぜかどうも重い印が付けられない、馬券も買えないという傾向があった。サラブレッド血統センターの藤井正弘さんも同じ症状に悩まされていたので、フリーハンデ会議などで相互カウンセリングなどするうち(何をしてるのかねえ……)、おおよそシンボリ・ブランド同一性障害であろうことが判明してきた。シンボリルドルフ時代の前後に血統に関する知識の枠組みが形作られていると、シンボリといえば、先代・和田共弘氏によるヨーロッパ系の血統を緻密に織り上げた配合という意識が刷り込まれていて、アメリカ血統の新しい“シンボリ”をなかなか受け入れられないようになる。それだけスピードシンボリからシンボリルドルフに至る過去の栄光が大きいというわけだが、そこから踏み出してそれを乗り越えつつあるシンボリクリスエスの新しさと強さを受け入れられなければ、ワシらも懐古趣味のしょーもない若年寄でっせという結論に達した。そいうわけで今年は買う。ところで、曾祖母の父フランシスエスは、メジロアサマからサクラガイセンまで、シンボリ牧場に多くの栄光をもたらした名牝スヰートの全弟。かくもさりげなく昔のよすがを潜ませておくあたりは、やはりさすがシンボリと唸らされざるを得ない。

 クリスエスは今年の英ダービー馬クリスキンを出し、英オークスもロベルト系レッドランサムの仔カジュアルルックが勝った。ノーザンダンサーやミスタープロスペクター系のように大規模ではないし、機会も多くはないが、ときどきロベルト系の小さなブームが起きることがある。日本のロベルトは安定して走っているのでプチ・ロベルト・ブームもないもんだが、ある程度追い風にはなるだろう。ダンツフレームはレッドランサム×マニラのカジュアルルックに似てロベルト系×リファール系。前年王者の意地もあるし。

 イーグルカフェは昨年のJCダートのデットーリ・ショックも薄れて、もとの今イチ君に戻りつつあるが、ここでまた外国人ともカッチーとも違う地方の名手の新鮮なハミの感触で目覚めるケースはあり得る。ガルチ産駒はネイエフが欧州この春最高のメンバーが揃ったプリンスオブウェールズSを制していて、全兄ハセノガルチは今週の大井で激走、1年半ぶりに連対を果たした。

 サンデーサイレンス産駒は緊張感を持続させた方が良いので、ネオユニヴァースにクラシックの疲れを案じる必要はないと思う。フリーハンデ的机上の計算ではシンボリクリスエスから2馬身以内には来るということになっている。


競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2003.6.27
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