2003マイルチャンピオンシップ


空飛ぶトニービン

 98年にフランスのジャックルマロワ賞G1に勝ったタイキシャトルは帰国してこのレースを5馬身差で圧勝し、同じ年にモーリスドギース賞G1を勝ったシーキングザパールは暮れのスプリンターズSで2着してタイキシャトルに先着、大波乱を演出した。この2頭はもともと強かったので、海外遠征によって馬が強くなるという例にはふさわしくないが、サイレンススズカあたりは明らかに香港遠征をきっかけに強くなったし、エイシンプレストンのように遠征した方が強いというものまで現れるようになった。遠征で疲れてぐったりというケースもなきにしもあらずだが、大きく異なる環境に置かれることによって、その馬に眠っていた可能性を新たに掘り起こす作用があることは確かなようだ。

 ムーランドロンシャン賞G1に出走したテレグノシスは不慣れな直線コースで早目に前に取り付いて辛抱するという不慣れなレース運びで3着に頑張った。勝った牝馬シックスパーフェクションズはそれが3歳になって初めての勝利とはいえ、マイル路線のトップに立つのは時間の問題と思われていた素質馬で、実際その後10月にはアメリカに渡ってブリーダーズCマイルG1を快勝した。2着のドームドライヴァーも今年は今イチの成績に終始したものの、昨年のブリーダーズCマイルG1では大本命ロックオブジブラルタルを押さえて金星を挙げた異才。そこから1馬身ちょっとの差なら、世界のマイル路線のトップ集団に位置しているといっていいわけだ。父のトニービンはいつしか左回りの東京専用の血統と見られるようになって、実際にそうなんだが、産駒はノースフライトがこのレースに勝っているし、初年度産駒ベガの桜花賞勝ちもあって、1600mのG1ではテレグノシスのNHKマイルCを含め4勝。サンデーサイレンスでさえ朝日杯などの2歳戦を除けば1600mのG1には3つ勝っているだけだから、ハイレベルのマイル戦でのトニービンの強さは際立っている。トニービンはノーザンダンサー系牝馬との配合で特に成功し、これは鋭いが繊細なグレイソヴリン系と図太くパワフルなノーザンダンサー系が互いの長所を引き出すという古典的ともいえるニックスだが、ノーザンテースト牝馬との配合では、直線ごぼう抜きで秋の天皇賞を制したサクラチトセオー、歴史的女傑にして最新のG1勝ち馬の母ともなったエアグルーヴが出ている。古馬になってその切れ味に強靱さを加えるのも、トニービン、ノーザンテーストの両方に由来すると思える特質だ。近いところに派手な活躍馬はいないが、コンスタントな成功を収めるファミリーで、5代母ラフショッドは(別の分枝の)子孫のサドラーズウェルズやヌレイエフを通じて現代まで大きな影響を及ぼしている名牝。祖母の父セクレタリアトの持つボールドルーラー経由のナスルーラの血も、トニービンの欧州型のナスルーラとは色合いが違うので、そのぶん深みというか、幅が増しているように思える。

 同じ父のサイドワインダーは母ゴールデンジャック自身もズバッと切れるタイプだった。東西の4歳牝特に加え、オークスは大外から飛んできてチョウカイキャロルから3/4馬身差の2着。その年の桜花賞TRは中京1200mだったので、3歳の3〜5月のうちに1200m、2000m、2400mという幅広い分野でトップレベルの能力を示したことになる。ミスタープロスペクター系には当時珍しいこの柔軟性はアフリートなればこそという面もあって、欧州系血脈との配合で成功例の多いトニービンとの組み合わせで違和感がないのも、やはりアフリートならではといえるし、そしてまた、母が4×4で持つトムフールの血が父の持つハイペリオンにうまく馴染むせいかもしれない。さらに蛇足を加えるなら、ノーザンテーストもアフリートもカナダ出身ということで、周縁部から現れた血が大きな2つの流れを結びつける例は、これらに限らずよくある。

 先週がそうだったのでというわけではないが、ウインクリューガーには親子制覇の期待がかかる。父は歴代の日本のチャンピオンマイラーの中でも異質と感じさせるスピードとパワーを誇った最強馬で、種牡馬としても期待を裏切っていない。まあ、数の限られる母娘と違ってこちらは父系なので今後もなんぼでもチャンスはあるわけだが、この牝系から出て成長力や底力が乏しいというのは考え辛い。牝系は祖母の産駒に受胎したまま独G1アラルポカルに勝ったウインドインハーヘア(今年の個人的ベストスプリンター・レディブロンドの母)、曾祖母の孫に80年代最後の最強馬ナシュワンなどビッグネームが並ぶ“英国女王陛下の牝系”で、ビーマイゲスト×バステッドの母は下級とはいえ2勝を15Fと16Fで挙げたステイヤー。ここに入ると切れ味で見劣るのは確かだが、展開が乱れて消耗戦となったり、少し時計のかかる馬場にでもなれば台頭は可能だろう。

 デュランダルはサンデーサイレンス×ノーザンテーストの配合で初めてのG1勝ち馬となった。スプリント戦でも前半はひとりマイラーの走りでついていっているので距離が延びても同じような末脚は発揮できるだろう(1600mでも勝っているし)とは思うのだが、頂点のレベルになるとそううまくはいかないかもしれないとも考えられる。ましてや母も全兄(サイキョウサンデー)も専門的スプリンター。母の全姉スズタカプリンセスあたりは融通が利いたので、何とかなるとは思うけど。

 外国馬2頭はテレグノシスとローエングリンに実際に負けているスペシャルカルドゥーンと、2歳時に大穴でG1デューハーストSに勝った後は勝ち鞍のないトゥスール。大きなタイトルもなくて、そして道中ずっと11秒台で運んで最後も11秒台で上がる日本の流れに対応できるかどうかというと不安の方が大きい。でも、買って買えないわけではない。1分37秒台のレースしか経験がなかったシックスパーフェクションズでも1分33秒4/5のブリーダーズCマイルG1に勝ってしまうのだから、流れや馬場、ましてや時計など馬の力次第で何とでもなるもの。今年の欧州の夏は大体硬い馬場が多く、スペシャルカルドゥーンは7月のドーヴィルで1分34秒台で勝っていて、ある程度の裏付けが取れているし、凱旋門賞ウイークに行われた前走のダニエル・ヴィルデンシュタイン賞G2(旧ロンポワン賞)は、昨年ドームドライヴァーがそこを勝ってブリーダーズCマイルG1も勝った出世レース。ぐんぐん調子を上げてきて、日本馬に負けた当時よりパワーアップしているという可能性もないとはいえない。父はリファール系のいぶし銀的な名種牡馬で、母の父はグレイソヴリン系だから、日本向きの軽い切れ味を備えていそうだし、母系奥深くにリボーの血が潜んでいる点も一発大駆けの要素。トゥスールのリチャード・ジョンソン=ホートン師は、ロムルス、ファルコン、リボッコ、リベロ、近いところでイルドブルボンといった本邦輸入種牡馬も管理した。ほかに名スプリンターで大種牡馬のハビタットなど。まあ、それだけで本人が知日家というわけでもないだろうが、日本との縁は浅からぬものがある。おまけにこの馬の祖母は活躍馬ビコーペガサスの全姉と、なかなか念が入っている。


競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2003.11.23
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