2002天皇賞・秋


SS血脈の新たな旅立ち

 1984年にチーフズクラウンの勝利(ジュヴェナイル)で始まったブリーダーズCは20年目を迎えた今年、大きな曲がり角を迎えたようだ。ベルモントSに勝って3歳最強の一角を占めたエンパイアメーカーが故障引退となったのはともかくとして、ニューヨークの強豪古馬マインシャフトは故障していなくてもBC回避を匂わせていたし、アルゼンチンからカリフォルニアに移籍して古馬最強と思わせる活躍を続けたキャンディライドも追加登録料を嫌って早くから回避を表明していた。まあブリーダーズCでなくてもええわという空気が漂いはじめていて、これはひと昔前には考えにくかった。こういったイベント性の高い選手権方式のレースは、5年でピークを迎え、10年で飽きられはじめ、その後は緩やかに衰退しつつ新しいレースに取って代わられるとものだと思う。今のように地域間の距離が縮まり、交流が頻繁になるとそのサイクルはより早まるだろう。ブリーダーズCは長く、これを勝てば世界チャンピオンとあらかじめ決まっている唯一のレース群だったが、このままではその地位も保てないかもしれない。もちろん、アメリカ競馬産業の基礎体力を考えれば、ちょっとした工夫で元の揺るぎない地位に返り咲くことも可能なんだろうが……。このようなチャンス(?)に日本の競馬はどうかというと、まだ外国産馬枠がどうのこうのといっている。仮にファインモーションがボーダーライン上にあったとしたらどうなっていたのだろう。「生産者」のために設けられたルールに則って、「生産者」の所有する馬が除外されるという、およそ意味不明の事態になりかねなかった。これがもし「枠」問題を飛び越えて外国調教馬にも開放されていたとしたら、今や実質的な世界芝最強馬となったファルブラヴも距離を考えてBCターフを捨ててこちらに矛先を向けた可能性もある。さらに仮定を重ねて、それを日本馬が返り討ちにしたら、海外からも種牡馬としての引き合いがあるかもしれない。需要の高い2000mの“世界チャンピオン”ならそれも当然考えられる成り行きだろう。結局のところ、競馬は競争の世界であり世界の競争でもある。乱暴に単純なことをいえば、国際舞台で産業として勝ち残っていく最良の方策は種牡馬を作ること、そして、乞われればそれを売ること。日本の経済全体に余力のない時代にあっては「血統市場」での一方的な輸入超過の構造を変えていかない限り現状からの突破口は見えない。そのためにも、日本のレースひとつひとつ、特に根幹となるレースの価値を高める方向をめざすのが最も重要なことだろう。

 今の日本で国際的な商品価値を備えているのはいうまでもなくサンデーサイレンスの血だ。懸案の後継者問題(?)も、ザッツザプレンティの菊花賞制覇でひと区切りがついた。で、柳の下に2匹目のどじょうを狙ってツルマルボーイ。ダンスインザダークはサンデーサイレンス、ニジンスキー、キートゥザミント、レイズアネイティヴという、それぞれ強い個性を持った名血で構成されているためか、その産駒にはダンスインザダークそのものに生き写しというのは案外多くなく、母系との組み合わせによって、さまざまなタイプが出る。ダンスインザダークの最初のG1レベルでの活躍馬ムーンライトタンゴ(桜花賞2着)以来、ディクタス血脈との相性の良さはすでに周知のこととなっているが、母ツルマルガールはディクタスの代表産駒サッカーボーイの初期の代表産駒で、朝日チャレンジCに勝った。牝馬とはいえこれがサッカーボーイの活躍馬の中でも最もサッカーボーイらしさを備えていて、弾けるような末脚の切れ味には、いわゆる“ノーザンディクタス”+ナスルーラのインブリードの効果がよく表現されていた。サッカーボーイのずば抜けた能力が示されたレースは多いが、こと切れ味という点ではとても届かないと思われる位置からヤエノムテキを差し切った中京4歳Sがベストで、ツルマルガールが勝った朝日CCもその年は中京での施行。そのせいだけでもないだろうが、この馬も左回りでは切れ味が違う。歴代勝ち馬の血統が示すような、東京2000mに適したナスルーラ的瞬発力と、ハイペリオン的タフさを兼備した配合で、牝系も94年の勝ち馬ネーハイシーザーの出るエスサーディー系。

 エイシンプレストンはあまりの活躍ぶりに香港専用と思われるようになってしまったが、一昨年は毎日王冠に勝っているし、マイルチャンピオンシップではそれぞれ強い内容で2年連続2着。ナスルーラが入っていないぶん、日本ではわずかな瞬発力の差が出てしまっているだけだ。父が72年生まれ、母の両親はともに70年代生まれと古さを感じさせる配合だが、そのぶんニジンスキー×リファールによるノーザンダンサーのインブリードが安定した形で出ているように思えるし、リボー直仔の超ステイヤーである祖母の父の血が底力を支えている部分があるのかもしれない。1600mの仏2000ギニーと2100mのリュパン賞に勝った父の、その代表産駒と呼ぶにふさわしい成績であって、これだけの名馬に育ったのはマル外だからではなく、日本競馬の力なのだと考えたい。

 ツルマルボーイが東京コースを待ち望んでいたのは確かだが、それ以上に待っていたのは、もう残された時間があまりないトニービン産駒だろう。ダービーレグノの母は1200mの活躍馬だが、祖母はフィリーズマイル、ナッソーSと今ではG1に格上げされている英国の重要な牝馬重賞に勝った名牝。ロイヤルアカデミーの母の父がクリムゾンサタン、祖母の母の父がハビタットという影響力の強いスプリンターなので、この距離がギリギリではあるが、ギリギリだからこそ鋭い決め手に繋がるという面もあるし、ニジンスキーやシャーリーハイツで重くなり過ぎるのを防ぐ効果もあった。新潟記念経由のトニービン産駒には、オフサイドトラップという前例もある(当時の新潟は右回りだが)。

 アグネスデジタルは春に安田記念を勝ったとはいえ、フリーハンデのレーティングはそれほど伸びなかった。かつての怖いもの知らずの溌剌とした冒険少年のイメージも薄らいできた。前走で470K台に突入した体重増も、精神的に落ち着いてしまったというのか、外からの刺激に鋭敏に反応しなくなったということなのかもしれない。ということは香港に遠征して、アウェイでの緊張感によって立ち直るというシナリオもあり得る。ただ、今回はほどよく人気も落ちた。何とかもう1回儲けさせてくれんかと思う。

 シンボリクリスエスについて、確かに宝塚記念の敗因はいろいろ考えられる。ただ、この父系には3歳で一気に強くなって華々しい戦果を挙げ、で、古馬になってもそのペースでさらに凄い馬になるのかと思うとそうでもないという馬が少なくない。無敵のブリガディアジェラードに土を付けたロベルト自身がそうだった。ブライアンズタイム産駒にもそういったタイプは多いし、プライズドやハリウッドワイルドキャットといったクリスエス産駒の一流馬にも、全部ではないが、やはりそういった傾向は見て取れる。来たらごめんなさいということで、今回は様子を見ておきたい。


競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2003.11.2
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