2002ダービー


短距離血統の長距離戦略

 昨年の3歳戦線はアグネスタキオン、ジャングルポケット、クロフネの明快な3強体制で推移した。それに比べると、今年の世代は全体的なレベルでは劣ることがないのに、2歳から3歳のこの時期までずっと、今イチすっきりしない形で進んでいる。2歳のフリーハンデでも、能力のありそうな馬の数、層の厚さではむしろ前年より上のようだったのが、レーティング的には結局前年を上回ることがなかった。そして3歳を迎えると、主役候補は、負傷退場、伸び悩み、ここ一番でトチったりが相次ぎ、役者は揃っているのに主役がよく分からない状況になってしまった。でも、よく考えてみよう。ミステリでは、一番犯人ではなさそうな登場人物が実は犯人で、作中に張られた伏線をひとつひとつ拾っていくと、それらが論理的に符合するというパターンが常道。今年のダービー戦線にも、もっとも犯人(?)らしくなくて、それでいてここまでの行動をたどるとダービーに勝っても不思議ない馬がいるに違いない。

 メガスターダムはラジオたんぱ杯2歳Sの勝ち馬。そのレースの格と、負かしたメンバーの質を考えれば一躍クラシック候補に遇されて良さそうなものだが、展開のアヤということで片づけられた。きさらぎ賞ではスタートで落馬寸前、スプリングSでは行きたがって末を失い、皐月賞では直線で壁。それぞれ情状酌量の余地は大きいのに、どれも、そう問題にされることはなかったように思う。なぜそうなったかは父がニホンピロウイナーだという一点に尽きる。ニホンピロウイナーといえば短距離血統の典型で、これは競馬を始めて1カ月で身に付く常識だ。2400mのG1なら、真っ先に容疑者(?)リストから外れて当然だろう。しかも、北半球でハビタット系がG1に勝ったのは2000年に米国でハビトニー産駒のリクタースケールのダート短距離戦が最後。オーストラリアでは1年1頭くらいのペースで今も細々とG1勝ち馬が出ているが、これもスプリント部門に限られる。今どきハビタット系が“ダービー”に勝てば、世界中が驚くだろう。でも、ここはあえて常識に逆らって世界中が驚く方を選びたい。ハビタット直仔でも、牝馬のG2なら2400mの勝ち馬がいないこともないし、愛オークスあたりなら入着はあった。英ダービー馬レファランスポイントはハビタット牝馬の仔だし、近年では最強クラスの凱旋門賞馬パントレセレブルも祖母の父はハビタット。3代目にハビタットの名前が出現するということではメガスターダムも同じだ。身近な例で考えても、アホヌーラの仔ドクターデヴィアスが英ダービーに勝ったり、クラフティプロスペクターの仔アグネスデジタルが芝2000mのG1に勝ったり、そして、日本産のフォーティナイナー産駒サンデーブレークがベルモントSに勝つ可能性だってある。血統というのは、馬の個性を固定的に規定する方向で捉えるより、意外な方向に可能性が広がっていくのを見たり、例外が出ることに驚いたりする方が楽しい。もともとニホンピロウイナーは父の母の父がハイペリオンの快足系アバーナントで、自身の母の父がハイペリオンのパワー系チャイナロック。2000mの重賞に勝ち、秋の天皇賞でもシンボリルドルフから1/2馬身差に食い下がった底力とA級産駒に伝わる成長力は、そのハイペリオンのインブリードによるところが大きい。メガスターダムはそれをさらにスタミナ方向に発展させる可能性を秘めたチャイナロック3×4のインブリードを持つ。母の父は直仔にサクラチヨノオーを送り、娘の仔からライスシャワー、ウイニングチケット、スペシャルウィークが出るダービー血脈マルゼンスキー。プロポンチスに遡るこの牝系からはジャパンC勝ち馬レガシーワールドや、オークスでダイナカールからハナ差2着のタイアオバ、ダート路線の充実した今ならどれだけ勝ちまくったか分からないオーバーレインボーが出る。この母系のサポートを考えれば、ニホンピロウイナー産駒には未知の領域となる2400m、あと400mを乗り切る底力は備わっているのではないか。ダービーのタイトルはサンデーサイレンス、ブライアンズタイム、トニービンの持ち回りとなっているが、そろそろそういう流れを断ち切ってもいいころだ。

 皐月賞の上位5頭は強い。勝ったノーリーズンをはじめ、5頭のうち3頭が単勝100倍を超えていたが、G1で示した能力というのは信頼していい。オークスでもなんだかんだいって桜花賞上位馬が1、2着を占めたでしょ。ノーリーズンはオークス馬チョウカイキャロルと同じブライアンズタイム×ミスタープロスペクター牝馬の配合。牡馬と牝馬の違いというのは確かにあるが、ロベルトとミスタープロスペクター系の組み合わせは大レースに強く、距離への対応も幅広い。東京2400の方が向いているとさえ思う。母は2歳牝馬チャンピオン・ヤマニンパラダイスの従姉妹で、その仔でサンデーサイレンス×ダンチヒのヤマニンセラフィムとは好対照の配合。セラフィムの故障で同族対決が見られないのは残念だが、入れ替わるようにして名馬が現れるのは、アメリカンファミリー随一の名門であるこの牝系の奥の深いところ。

 タニノギムレットが一番強いだろうというのに異論はないが、ここまででのボタンの掛け違いというか、躓きというか、それを短期間で修正して立ち直れるのだろうか。ブライアンズタイム産駒だから長期的には必ず立ち直るだろうが、シカンブルやフォルティノ、グロースタークといった難しい血脈がふんだんに入る配合だけに、ナリタブライアンのような連戦連勝ぶっち切りというのとは異なり、見かけよりも実は繊細で、キャラクターとしては一発大駆けの穴馬タイプと思う。

 △テレグノシスは2000m以上の経験がないが、エアグルーヴと同じトニービン×ノーザンテーストの配合。祖母の父がセクレタリアトなので、2400mをこなすスタミナに関しては問題なさそうだ。ただ、ガーサントやネヴァーセイダイといった欧州血脈が入っていたエアグルーヴに比べるとどこか淡泊な印象がつきまとうのは否めず、トニービン×ノーザンテーストのパターンとしては牝系が米国血脈のサクラチトセオーに近い可能性もある。一気にスパッと差し切れればいいが、粘っこさを要求されると辛いかも。

 ダイタクフラッグの母は89年の報知オールスターCで名牝ロジータを負かした。結局ロジータがその年ダートで負けたのはその一戦だけだった。ナリタブライアンとの配合は何ともパワフルで、リボーの軽い近交もG1向きの底力を感じさせる。

 ゴールドアリュールはダート路線からの参入。ドバイワールドC2着とエリザベス女王杯勝ちのトゥザヴィクトリーと同じサンデーサイレンス×ヌレイエフで、ホスティジ×ヴェイグリーノーブルの祖母はスタミナ血脈の塊といえる。3歳春では異例の両刀使いが成功するかも。

 モノポライザーは年明けまでのカリスマ性がすっかり薄らいで、普通の馬になってしまった。姉のエアグルーヴもノンストップで強くなったわけではないから、今は足踏みの時期なのかも知れないが、開き直って直線一気に賭ければ、大駆けがないとはいい切れない。

 ローエングリンの父シングスピールは芝・ダート、国境不問で活躍した元祖。母は仏オークスとヴェルメーユ賞に勝った名牝。父系がサドラーズウェルズで、母は古めの欧州血統だから、日本ではちょっと重くてスピード不足の懸念があるが、底力ならここでもひけを取らない。


競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2002.5.24
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