2000スプリンターズS


太筆で塗り替える短距離の勢力図

 キングヘイローが(高松宮記念の勝ち馬なので実際どうなのかはともかく)スプリンターとすると、春の安田記念は1着のフェアリーキングプローンからディクタット、キングヘイロー、そして5着のトロットスターまで上位をスプリンターが占め、マイラーはスティンガーが4着に食い込むのがやっとだった。昔、といってもニホンピロウイナーあたりの全体に関東馬が強い時代には短距離馬は関西が強く、今の関西馬が強い時代は関東の短距離馬が気を吐いているように、スプリンターというのは一種のニッチ産業的で職人肌の専門職的な性格が強いものだが、それがもっとも層が厚くてしかるべきマイラーの領分の上の方を独占したということは、今の日本のスプリント界のレベルが相当高いか、マイラーの資源不足かのどちらかだ。アメリカでは一流馬の大部分がマイラーで超一流馬は2000mもこなすマイラー、そしてヨーロッパで種牡馬として価値が高いのはマイラーということになると、世界のセリ場でトップクラスには手が出ない(お金はあるところにはあるので全然というわけでもないが)今の日本の経済力と、リーディングサイアー上位をサンデーサイレンス、ブライアンズタイムらの長距離型が占めているという事実を考えると、世界的に層の厚い1600〜2000m部門よりも、日本は短距離と長距離、極端な部分での選手強化策(オリンピックの見すぎや)を考えてそのあたりをお家芸として育てればいいのではないかと思う。実際、短距離なら、ブリーダーズCスプリントでもアメリカの有力馬に戦線離脱が相次ぐだけにアグネスワールドがニュークリアディベートにリベンジすれば世界チャンプも夢ではないし、2400m以上なら古馬のモンジューと4歳のシンダールを除けばヨーロッパには何もない(ということもないだろうが……)。

 で、そのアグネスワールド。本来、というかひと昔前ならブリーダーズC挑戦記念壮行レースとしてにぎにぎしく二重丸のオンパレードで1番人気を背負ったはずだが、なんでかこの馬、そういう悲壮感とか不退転の決意とか、湿っぽい感覚とは無縁で、国内でG1勝てるんでしょうかねえ、勝てれば勝つし、負けるときは負けるんでしょうね、仕方ないですねえという感じ。ムーラン賞もジュライCも2着馬は準重賞級でしかも辛勝だし、日本のG1では後続の強いプレッシャーにさらされると結構淡泊で、そういう面が熱狂的な支持につながらない原因なのかも。今回もAコースのいい馬場を飛ばしていける立場だが、そのぶん後続の絶好の標的にもなるわけで、そのなかに日本では日本の馬場特有の切れ味を発揮するものもいる。ダンチヒ×シアトルスルーならもともと日本以上にアメリカで人気のある血統で、もしブリーダーズCスプリントに勝てば、その勝ち馬としては最上級の良血だけに人気が爆発するのは間違いない。ここでは何かに交わされて、アメリカでBC圧勝→G13勝のダンチヒ直仔として種牡馬入りという、これまでの日本馬にないスケールの大きな筋書きがあるような気もする。ここはね。

 アグネスワールドがアメリカ血統の世界的な良血とすると、ぐっとアメリカ・ローカル風の血統で固められたのがブロードアピール。父は今年の“ドサージュ”見直しで新たにそのリストに加えられたブロードブラッシュ(ドサージュ理論についての詳細は今夏の週刊競馬ブック「ファーストクロップサイアー名鑑」を参照して下さい)。ステークス〜G3級を多く出す堅実派種牡馬だが、94年には産駒のコンサーンのブリーダーズCクラシック勝ちで北米リーディング種牡馬の座をかっさらうという一発屋の側面も見せた。父のアックアックを経てはるかドミノに至る非主流派だが、そのぶん存在感も大きいし、ノーザンダンサー、ネイティヴダンサー、ナスルーラ……の順列組み合わせに陥っている主流血統に対するカウンターとしての価値にも計り知れないものがある。ブロードアピールは母の父もインリアリティ系の地味な名種牡馬でブルードメアサイアーとして今後さらに一流馬を出すであろうと思われるヴァリッドアピールで、こういう流行ブランドでない名品を日本人が発掘してきたという点には感心するしかない。1200mでなければマイラーとして、あるいは2000mくらいで成功しても驚けない血統だが、1200mの極限のスプリントで良さがもっとも生きるようだ。異色の血統だが近年の一流馬にポピュラーなターントゥのインブリードを4×4×5で持ち、ドミノ系中興の祖アルサブ(プリークネスS)の5×5があるあたり、アメリカ血統マニアを泣かせるものがある。7歳牝馬だが、オリンピック日本女子の大活躍を見ると、若ければ若いなりに、年くったらくったなりにそれぞれの強さがあるというのが分かる。

 考えてみれば香港にはヨーロッパやオーストラリアからトップクラスの調教師が集まっているし、騎手も世界中から一流どころが来ている。生産をともなわない競馬だけにニュースに乗ってくることは少ないが、日本では有名な割にまだ挑戦例のないアーリントンミリオンに挑戦した馬もいるし、“キングジョージ”、ジャパンC、ドバイワールドCと戦い抜いたインディジェナスのような馬も日本にはまだいない。オリエンタルエクスプレス、インディジェナス、フェアリーキングプローンと日本遠征をことごとく成功させているシンガポール出身のアラン師は、1984年の英セントレジャーに勝ったコマンチランのオーナーだった古くからの国際派だから、隣の日本への遠征くらいなら何でもなかったわけだ。ベストオブザベストは厩舎も違うし、ラーイ×ファピアノの配合でデインヒル産駒のフェアリーキングプローンほどの底力というのはないかもしれない。穴人気するようならむしろ切る手もあるが、国際クラシフィケーション的にはアグネスワールドと互角かそれ以上の地力はある。▲。

 春の時点で今年の5歳牝馬が強いことははっきりしていたが、また新しい才能が台頭してきた。ビハインドザマスクはいかにもホワイトマズル産駒らしい(?)軽快さのないペタペタ走りのキャンターをするが、トップスピードでの破壊力もまたホワイトマズルらしい。ホワイトマズルは武豊騎手とのコンビでもおなじみで、大排気量のエンジンを積んでいながら器用さに欠けたため、結局タイトルは弱い相手を直線でこれでもかというくらいち切った伊ダービーだけだったが、種牡馬としてもその前近代的大馬力エンジンのパワーを最大限に生かすには短距離か長距離の極端な競馬が合っているようだ。今回のコースでは後ろから外を回って追い上げては不利なのが明らかだが、強い馬がいてそれらがアグネスワールドを追い上げていく展開になりそうなので、勝負どころからアクセル全開でブォーンと上がっていって、ゴールでぎりぎり届くかもしれない。△。

 ユーワファルコンはまだ本当に強い相手とはやっていないし、秋の初めのこの時期で古馬と2K差ではちょっと分が悪い。ただ、前走の強さは半端ではなかったし、フリートナスルーラ4×4で父がコジーン直仔なら、4歳の今の時期で古馬と対等にやれるくらいのスピードと完成度を備えている可能性がある。父系を遡れば日本競馬のスピード化に重要な役割を果たしてきたグレイソヴリン系だけに、こういうスピード決戦で一発があれば記念碑的で面白いと思う。

 スギノハヤカゼは加齢とともに諦めるのが早くなってきたが、前走では条件が合って本気を出せばあれくらいはというところを示した。ブリーダーズCスプリントでも8歳の勝ち馬が2頭いる。ベテランの意地で……。


競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2000.10.1
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