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1998年の米キーンランド7月2歳セールでミスタープロスペクターの牡駒が400万ドル(約5億6000万円)で落札されたあたりから米国のサラブレッド市場は上昇の一途をたどっていて、フサイチペガサスと名付けられたその400万ドルの馬がケンタッキーダービーに勝って超高馬でも損をしない(場合がある)と分かった今年は、キーンランド9月2歳セールのストームキャットの牡馬の680万ドル(約7億1400万円)をピークとして、主要なセリで続々と数百万ドル級の高額落札馬が出現した。フサイチペガサスはもちろん日本人の関口氏の馬だが、こういう状況になってしまうともう日本人にはトップクラスは手が出ない。まあ、セレクトセールのライヴ中継なんか見てるとあるところにはあるのは分かるが、やはり世界の最高レベルではそれを支えるマーケットの地盤の違いというのか、底力の違いが顕著になってくる。バブルの余力が十分なころは日本人バイヤーが米国の市場を支えていたようなもので、セリのトップは100万ドルを超えるか超えないかという小さなスケールにとどまり、米国で走る一流競走馬はどれもフロリダ出身の安馬(ホーリーブル、シルバーチャーム、スキップアウェーetc.)という構造だったが、経済の状況を(何年かのタイムラグはあるが)正確に反映して、去年あたりから日本では高額輸入血統の退潮、内国産血統の復権という構図ができつつあるようだ。現5歳世代の長距離の最強馬が軽種馬協会の種牡馬の産駒の市場取引馬で、次がサッカーボーイ、マル外でももっとも強力な世代で層も厚い短距離のアグネスワールドやブラックホークがダイタクヘリオスの仔を捉えられず、5歳、4歳世代のマル外にこれといった強力なのもいない状況だと、今後しばらくは内国産血統の強い“不景気モード”が続くのではないか。でも、これで競馬のレベルが落ちるかというとそうでもない。好況モードのピークといえる今年のアメリカ、その三冠路線がハイレベルだったかというとどうかなと思える面もあって、競馬の質としては、ホーリーブル〜シガー〜シルヴァーチャーム〜スキップアウェーと続いた不景気モード時代の方がむしろ高かったような気がする。競馬は経済力だが経済力だけでもないということで、超高級品が手に入らなくても、知恵を絞ってつつましくやりくりすれば何とかなるもので、実際、エルコンドルパサーなんかでも、経済力よりも血統のデザイン力の勝利だったといえる。 さて現4歳、牡馬は明らかにサンデーサイレンスが強い。牝馬も桜花賞馬チアズグレイスを筆頭に今回もサンデーサイレンス軍団が大挙出走してきたが、しかし数の割にはそう信頼できるという感じもない。大体、短距離とか牝馬限定戦では、よほどずば抜けた馬がいない限りタイトルから受ける印象の違いほど実際の力の違いは大きくないし、特に牝馬は牡馬ほど安定して能力を発揮してくれるわけでもない。そのあたりがこのレース(前身のエリザベス女王杯も)でしばしば大波乱が起きた原因だろう。◎ティコティコタックは900万を勝ち上がったばかりだが、前々走でフサイチソニックから0.5秒差(でしかも内容が濃い)で、今度はG1といっても4歳牝馬限定。なら、それほど力差はない。でもまあそういうことよりも、やはりこの馬の場合、その末脚の小気味良さが一番の魅力。ちょっとハミにもたれるような格好で一完歩ごとに伸びてくるのは父サッカーボーイのようでもあるし母の父ブライアンズタイムの仔にもそういうタイプがいる。どっちがどうとはいえんが見た目にはどちらの良さも受け継いでいる感じ。サッカーボーイは種牡馬入りした当初は外見は似ていても走ると非力な産駒を出したし、ツルマルガールあたりはいい線まで行ったがG3止まり、ゴーゴーゼットやキョウトシチーも実績は残したがサッカーボーイらしいかというとどうかなというタイプで、昨年の菊花賞馬ナリタトップロードの出現でやっと一人前の一流種牡馬になった(と勝手に決めつけている)。ブルードメアサイアーとしてのブライアンズタイムはまだキャリアが浅くて成功例がないが、これからの血統で底力もあるだけに悪くはないだろう。牝系に活躍馬が極めて少ないのはネックだが、同じシルバーバットン系日本泉の系統から出現したパッシングショット(マイルチャンピオンシップ)でも、半兄に小倉記念のスナークアローがいたくらいでそう派手なファミリー構成ではなかった。ディクタスとブライアンズタイムはたぶん相性が良くて成長力もある配合と思えるし、ノーザンテーストからノーザンダンサー、ジョンティオンブルからフォルティノと大レースに不可欠なスパイスも取り込んでいる。時にシザラの3×3といった実験的な配合もあるバンブー牧場だが、これはオーソドックスなヨーロッパ血統を重ねたアウトブリードで、豪華ではないが高級な、本来のバンブー牧場らしい配合。勝てばシルバーバットン系としては10年ぶり、パッシングショット以来のロングシュートとなる。 ○ニホンピロスワンは母が名馬ニホンピロウイナーの半妹。皐月賞・菊花賞のキタノカチドキやエリザベス女王杯のリードスワローのいる名門で、ニホンピロウイナーも種牡馬として活躍しているのでそうも感じなかったが、考えてみるとこれも牝系としては10何年か休眠中だった。輸入血統の嵐が収まって、じゃ、ボチボチ行きましょかということで立ち上がったのかも。父は6歳時に本格化して芝チャンピオンになったし、その半弟フォービドンアップルも6歳のこの秋、米国で重賞をポンポン勝ちだした。完成するのに時間はかかるが、仕上がれば安定して強さを発揮できる血統だけに、前走を恵まれた勝利と見くびってはいけない。 ▲チアズグレイスはサンデーサイレンス産駒初の桜花賞馬というよりも、ダンスパートナー以来意外にも2頭目でしかない牝馬クラシックの勝ち馬。オールマイティーと思えるサンデーサイレンスも、G3、G2を勝ち上がってG1寸前まで来る牝馬は多いが、G1にはあと一歩何か足りない部分があるようだ。この馬は母がどちらかといえば重い部類に入るノーザンダンサー3×3の配合。そのせいかどうか、サンデーサイレンス牝馬にありがちな過剰な繊細さとか、研ぎ澄まされた鋭さと裏腹の脆さを感じさせない。こういう牡馬のような仕上げで大レースに臨むサンデーサイレンス牝馬というのは初めてなのではないだろうか。オークスでも気性の難しさで負けたが、総合的な体力ということではシルクプリマドンナより上だろう。牝系は凱旋門賞シンダールとは関係ないがシンダールのアガ・カーンの牝系で、曾祖母デュムカは仏1000ギニー勝ち馬。 △シルクプリマドンナはコンスタントに活躍馬を出す欧州牝系にノーザンダンサー、ブライアンズタイムの“ナリタブライアン配合”。一昨年の勝ち馬ファレノプシスも“ナリブー配合”のひとつのバリエーションで、骨太な配合だけに、春強ければ秋も強い、強いうちはどこまでも強いとはいえそうだ。ただ、前走でもあの仕上がりならもうちょっと強い競馬ができたのではないかと思うが、どんなもんかな? 例えば血統には詳しいが日本の競馬は何も知らんアメリカ人に「どれが一番いいですか?」と聞けば、レディバラードの名前が挙がるだろう。近親にはシングスピール、デヴィルズバッグをはじめ、種牡馬としての成長株セイントバラードまでビッグネームがずらり。父アンブライドルドというのがいかにもダート得意の力馬っぽいが、このごろのG1ではこういう力馬の要素が不可欠になっているし、ファピアノの系統はミスタープロスペクター系随一のクラシックタイプ。 |
競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2000.10.15
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