2000桜花賞


父のやりとげたこと、母のやり残したこと

 1988年の凱旋門賞に勝って翌89年に日本で種牡馬となり、今年の3月に世を去るまで、ちょうど10年間の仕事をやり遂げたトニービン(今年種付けしたのもいるわけでちょうどでもないが)。桜花賞のベガに始まった“トニービン旋風”というのは、その2年後に現れたサンデーサイレンスの前にいくらか影が薄くなったとはいえ、1頭の優れた種牡馬の及ぼすインパクトの強さという点では80年代のノーザンテーストに匹敵するものがあった。カンパラ〜カラムーン〜ゼダーン〜グレイソヴリンとメールラインの繋がるトニービンは、まず芦毛でなかったし(父の代で芦毛は途切れた)、自身の成績上は晩成のステイヤーで表面的にはグレイソヴリンらしくなかったが、その決め手の鋭さやいろいろな面での繊細さはグレイソヴリン的だった。近年のグレイソヴリン系の主流であるカロやタマモクロスやカラムーンがステイヤー系として発展していることに加え、どこか薄命な暗い危うさがつきまとうこの系統の宿命を体現して若くして死んでしまったあたりも、ああ何とグレイソヴリンらしいことかとも思う。産駒の初めてのクラシック制覇となったこの桜花賞で、死んで今一度その存在感を示すような気がしてならない。

 エアトゥーレの母スキーパラダイスはベガと同い年。武豊騎手の海外初G1となったムーランドロンシャン賞勝ちはあまりにも有名だが、桜花賞にあたる仏1000ギニーではレースを9分9厘支配して、ゴール前の数完歩でマデラインズドリーム(フランス馬なのでフランス風にマドレーヌズドリームと書かれることが多い。でも、馬主の奥さんがマデラインなのでこう読むのが自然だと思う、余談だが)に短頭差だけ差された。馬にそんなもん関係あるかいといわれればそれまでだが、母にとって悔いの残るタイトルだったのは確か。大崩れのない名マイラーではあったが、勝つには脚の使いどころの難しい繊細な部分のある馬だったはずだ。この牝系は吉田善哉氏所有の祖母スキーゴーグル(G1エイコーンSを含め6戦5勝の名牝)で突如目覚めたファミリー。代を追って配合を見ていくと、ブランドフォード、ゲーンズボロ、サンインローと古典的英国血脈を重ねられて高い潜在的パワーを備えた5代母ニューリードに、セイラー、デルタジャッジとその時点ではちょっとピント外れの米血脈が配合されてしかも寡産だったことが響いて平凡な成績に終わったが、そこへロイヤルスキーからナスルーラやウヴィラの血が入ったことで眠っていたものが目覚めた。目覚めると一気呵成で、その後はスキーチャンプ(亜G1)、スキーチーフ(仏G3)、スキーパラダイス(仏G1)、スキーキャプテン(きさらぎ賞)とこのファミリーの活躍は周知の通りだ。トニービンとの配合ではナスルーラやハイペリオンが軽くクロスするほかに、フェアトライアル5×5のインブリードが生じ、このあたりのスピード感もなかなか良いのではないかと思う。蛇足だが、飛行機嫌いで通ったトニービン、しかしその産駒たちは“エア”グルーヴとかノース“フライト”、ウイニング“チケット”に“ベガ”と、なぜか空や飛行機に関係のある名前がいいみたい。冠号のエアにくっつく“トゥーレ”はスキーからの連想で極北。(暗いけど)トニービンへの手向けの花となる桜には相応しいかも。

 死にざまという点では(重ねて暗くなってすみません)アリダーという馬は異様で、1990年11月の闇夜に旧カルメットファームの破産がらみで保険金目的に謀殺されたということらしい(裁判は現在進行中)。G1に勝ちまくる能力を持ちながら肝心の三冠は全て2着、種牡馬として大成功しながら後継馬はパッとしない、そして最後は人間の経済的問題の犠牲になって、何ともやりきれないくらい貧乏くじを引いたものだ。その直仔で、一時はマルゼンスキーの再来とさえいわれたリンドシェーバーは、4歳になるとイブキマイカグラに敗れ、さらにそれより強いトウカイテイオーが出てくるといつのまにかフェードアウトして種牡馬になったが、やはりアリダー系の貧乏くじ症候群に陥ったか、何となく今イチ君になってしまっていた。それでも、たとえばアリシーバやイージーゴーアといったアリダー直仔の名馬は、少ないながらもポツリ、ポツリとG1級の産駒を出した。リンドシェーバーにもそういうポツリと出た大物があっていい。サイコーキララは配合どうこうではなくて、リンドシェーバーにとって初めてのクラシックを狙える才能という捉え方をしたい。オークスでもどうにかなっていい血統だとは思うが、雰囲気としては何となく桜花賞に全てを賭けるというタイプ。

 レディミューズの母シンコウラブリイは、近年の日本馬の能力水準を考えるとスキーパラダイスと同等の評価をしてもいい名牝。父は走りっぷりを見る限りウッドマンの悪い点をよく(?)受け継いでいたが、それでBCジュヴェナイルとプリークネスSを勝つのだからやはり能力は高かった。コンスタントに産駒が走るタイプでもなさそうだが、名牝フォールアスペンの力は偉大で、新種牡馬ランキングで土壇場でカーネギーを逆転したりして、“良血の底力”というのを見せつけている。多くの名馬を生んだフォールアスペンだが、先日のドバイワールドCを圧勝したドバイミレニアムはフォールアスペンの孫。ひょっとすると20世紀を代表する名牝(今でもすでにトップクラスの名牝だが)と呼ばれるようになるのかもしれない。レディミューズの場合はともすると父と母、双方の良血の主張が強すぎてどうにもならなくなったりするギャンブル性を秘めたパターンだが、現時点でこれだけの能力を示しているのだからギャンブルは成功したと考えられる。今回は未知の部分も多いが、将来的には母に近い線まで上り詰めていくのではないか。

 △シルクプリマドンナはブライアンズタイム×ノーザンダンサーの配合で、そう、ナリタブライアン(これも死んでもたなあ)と同じ。早田牧場の生産馬だから、ファレノプシスがナリタブライアンをなぞった(同じ牝系にブライアンズタイム)のと同じように、ナリタブライアンの再来を夢見て意図された配合だということは容易に推察できる。ファレノプシスのときは、そんな、柳の下にドジョウが2匹いるものだろうかと思ったが、あれがまんまと成功したわけで、今回は2度あることは3度あると考えるのが自然。牝系はコンスタントに活躍馬を出す欧州系のクラシックファミリーで、ここでいいところを見せられればオークスではさらにいいと思う。

 初年度産駒ダンスパートナーの惜敗から昨年のスティンガーの惨敗まで、サンデーサイレンスは桜花賞とはどうも縁がない。勝てる力のある仔はいたし、皐月賞での好成績から考えて牝馬だけがこの時期に落ち込むというのも考え辛く(フケは血統に関係ないやろ)、マイルがダメという要素もない。こういう原因の分からない相性の悪さはかえって厄介で、チアズグレイスにしてもフューチャサンデーにしても、勝つチャンスはあると思える反面、どうも桜花賞タイプとは違うんちゃうかなというイメージが拭えない。

 サニーサイドアップは渋いイメージとは裏腹に血統的には実に華やかで、父系のウッドマンと母系のシアトルスルーが、ともにラトロワンヌとマートルウッドというアメリカの歴史的名牝の血を内包しているのがミソ。今回様子を見て、結果次第でオークスで大きく狙いたい馬だ。

 大穴でスプリングガーベラ。父はインテリパワーでようやく実力を示したルション。ナスルーラの近交と、母系のノーザンテーストの血に妙味。


競馬ブックG1増刊号「血統をよむ」2000.4.9
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