プロフィール
 
●中小企業診断士

●何ができるのか-できないのか  >>「プロボノ」のための職務経歴書

携わった特別事業


 心配症の私には・・いつも課題(心配の種?)がありました。
 その解決のために行ったことは、一つは課題に向けた特別事業であり、専門家としての自分づくりのための資格取得でした。このための各事業とその準備は、40年間弱の勤務期間中、ほぼ毎年にわたり定型業務以外に携わることになりました。また、この過程での資格取得も、社会保険労務士(s47合格⇒休業中)、行政書士(s51合格⇒休業中)、一級販売士(s58合格⇒h22更新中止)、中小企業診断士(s62合格)、そして簿記2級、衛生管理者と多くなりました。
 顕著な成果はあがらないときもありましたが・・悪戦苦闘していると不思議と違うステージに行き着き・・それまでの経験、失敗?が・・不思議と次のステージで役立つことに気づきました。そう気づいてからは、悪戦苦闘しながらも流れに身を任せる諦め?ユトリ?が出てきました。その時には思うように行かないと思っても、後で振り返ると必要な方向に進んでいる場合が多いようです。こうしたキーワードは「一生懸命にモガク」でした。
 以下、そんな自分の節目となった事業を紹介します。

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1 島内商工業のあり方(本土との格差)
2 あなたの経営の方向づけ(その1)
3 あなたの経営の方向づけ(その2)
4 島内購買力の本土への流出とその対応策
5 企業の本土との格差是正
6 佐渡における情報化進展の実態と今後の方向

  ※裂織り事業化に向け、事業者に個別面接を重ねKJ法で延べ100時間かけてまとめました。
   商工会の経営指導員が一体感を感じ、また時間をかければ何とかなるものだと思えた最初の事業でした。

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※以上は、島内商工会の幹事として携わった共同の調査研究事業で・・その過程で中央の多くの講師と出会うことになりました。この中で商工会や指導員の評価をいつも聞き・・その危機感がも格取得の契機の一つになりました。


7 工業の波及効果の調査研究事業
 村内の全工業的業種の売上高、従業員数、内外の購入先割合などを調査。シミュレーション化したものです。私が、経済波及効果のシュミレーション化に興味をもった最初の事業となりました。

8 統一ふるさと夏まつり事業
 数ヶ月に
30数回の内外会議と結果責任を求められる過程は、商工会に勤めて初めての辛さであり、かつ初めての自分にとっての成功体験となった事業でした。これが農業村における商工会のデビューと思えた事業でもありました。

9 むらおこし事業
 はじめて、地域づくりを経験させてもらった事業でした。74回もの会議その他の行事をもちましたが・・事業そのものは失敗したと思いました。ところが、関わった人達が後に思い思いの活動を展開をし・・こんな流れもあるものだと知った事業でした。

10 商店街診断事業
 調査から始まる事業の基本を・・実践の場でキチンと習った事業でした。
 この後・・一から調査し、それに基づき話し合いを続け解決策をみつけるというセオリーどおりの調査研究事業は殆んど行っていません

11 朱鷺・夕映え市
 1500人しか集めたことがない地域で数値目標10000人。高い目標でも、頑張れば近づけるとメンバーと共に思った最初の事業でした。また、商工会が地域のコアになれると感じた契機となった行事でした。

12 ヒトの側面から産業と生活の将来を考える(人と産業の関わり)・・地域活性化事業
 20団体60人に委員を委嘱、地域内の殆どの組織と一緒に行なった初めての事業でした。その後・・他団体や組織との地域内連携が容易にとれるようになった契機の事業でした。 この事業で行った全国過疎先端地60地域への「過疎の困ること」調査は、その後の考え方などの参考になっています。

13 情報化の側面から両津市の産業と生活の将来を考える・・地域活性化事業
 前年の過疎調査への取り組み姿勢をみて、一緒にしたいと行政から提案された事業でした。行政に商工会の得意分野を認識してもらい、一つのポジションと役割をもらえた事業であった気がします。

14 歴史文化の全資源発掘事業
 観光協会3000万円予算、商工会の観光部会予算100万円。小さな部会がデッカイ地域観光の中で一つの役割をもらうための事業でした。

15 散策タウン誌作成事業
 郷土史誌でもなく、パンフレットでもない・・地域にないものをつくる。商工会が、新しいものを目指す事業でした。佐渡における各分野の専門家の力を借りた事業でした。

16 夢づくり塾
 二つの商店街の再生をかけた準備作業でした。時間の半分は講師を招いての研鑚、半分は自由討論を15回ほど繰り返し、毎回20名前後が出席・・その後の成功を感じた事業でした。

17 リョウツデフェスタ事業
 車で5分のところで一万人以上を集めるイベントの傍らで・・二万人を数値目標に実施した挑戦の事業でした。事後調査では、街が変わるかもしれないと76%の回答してくれました。内外に商工会の力を認めてもらえた事業でした。

18 観光アンケート分析事業
 事務受託していた佐渡優良土産品生産者連盟が、佐渡で唯一継続実施していた観光客へのアンケート調査をやめるので、これまでの分をまとめてほしいという要請に基づき実施したものです。結果を一言すれば・・観光客は自ら楽しもうとしてやってくる。それを中断するような場面が出てくるとブーイングがおきる・・ということでした。観光客を王様か女王様のように見立て、もてなしで満足を提供するという風潮・・これに違和感を覚えるようになりました。もちろん、その事業者の戦略として実施することには異論はありませんが.....

19 福祉に関するビジネス可能性調査研究
 高齢化では日本の先端を行っている佐渡・・その困りごとを事業機会に結びつけようとしました。社会福祉協議会と共に調べた200人弱の高齢者の生活の実態調査が、それらは今なお大変参考になっています。

20 TMO基本構想策定事業
 今までの商工会事業への取り組みをみて、行政から支援を求められた事業でした。攻めのメニューづくりによって、新たな役割をもらえたという経験は・・その後の商工会連携事業の方向を決める一つになりました。

21 TMO構想策定事業
 事務屋がリスクのある大きなハード事業を行う場合の基準を考えさせるものでした。失敗しても・・もう一つのまわり道できること、または元に戻れること・・それが自分の基準になりました。事務屋から事業家へと脱皮を迫られた事業でした。

22 商工会連携等事業
 佐渡島に対して商工会がデビューするための・・これまでの事業は練習だった気がする事業でした。特に・・半ば趣味で人口推計なシミュレーションなど・・佐渡全体をテーマに考えてきたことや事業が役立ったと感じました。

23 佐渡の産業再生スタート&ダッシュ事業
 平成17年度に行った半ば市委託事業でした。産業再生に・・商工会が頼りになる組織なのか否か・・佐渡市、議会、島民から評価をうけ・・今後の商工会に大きな影響をうける事業という位置付けでした。 
※結果・・苦戦?凌ぎ?ながらも・・失点はないという意味での合格水準はクリアできました。

24 あきんど絵図事業
 平成18年度です。佐渡の金井地区は、自衛隊員や佐渡市職員など、新しい生活や仕事の場とする方々が多くいる地域です。そこで、これらの人々に対して地元及び商工業者を紹介する事業でした。単にプリント地図をつくるだけでなく、ホームページ化して新しい事業機会としても活用したいと考えたものでした。

25 街みんなのデビュー事業
 平成18年度、空き店舗活用という佐渡連合商工会事業を地元金井で展開するものでした。期間中、15の企業や団体そしてグループが参加。あわせて、会員個々が販促を展開しようと呼びかけ、52会員が参加してくれました。翌年度の新生商工会づくりのシーズができた事業でした。

26 佐渡市地産地消部会 
 佐渡市から佐渡連合商工会への委託事業。その一部会の部会長職を職員を離れて受けました。私の信念・・定型的な事業は気心が知れる仲間がよい、革新的な進化に通じるものを創りたければ全く違う人たちがよい・・を基に委員を委嘱してもらいました。いつもながらの悪戦苦闘でしたが、佐渡島では初めてとなる200名余の参加のもと、生産者と事業者が一堂に会する商談会を実施できました。

27 観光事業者と観光客の結び付け事業
 定年後2年間、(社)佐渡観光協会へ観光推進専門員として勤めました。戸惑いは・・誘客しようにもお全国広すぎて客様がどこにいるかわからないこと・・でした。わかったことは・・着眼大局、着手小局。ターゲットを絞り企画商品をつくり、お客様の手元へ提案し案内して、小さな成功体験を積んで更なるターゲットを狙っていく・・それは、これまでに学んだ経営の原則そのものでした。

28 佐渡市地産地消推進会議 
 佐渡市条例に基づく基本計画を策定する組織の会長職を、勤務を離れて2年間引き受けました。この過程で、今後進むであろう農商工連携との関わり、商工業界にいた自分の役割を認識することができました。