「それが……本当なら……あのとき、無事だった?」 「……ああ」 「……っ!」 ばちん― 乾いた音が当たりに響く。 「あたしが……どれだけ苦労したかわかってるの?どんな思いで今日まで頑張ってきたか……」 張り裂けそうなフィリィの声、頬をはたいた手をぎゅっと握り締めて。 「……ファミィさんから聞いたよ。とんでもない迷惑をかけてたって」 「それだけで……」 わずかにフィリィの体が震えているのがわかる。 「それだけで、すまないんだから!」 そう叫ぶなり、フィリィはローキックを放つ。 「ぐっ」 急所をはずした一撃とはいえ、フィリィの靴には鉄の板で補強されているため威力が増している。それをまともに受けたのだ。 「げほっ、こほっ」 痛みに耐えながらリエルは立ち上がる。 「うああああああっ!!」 「!?ぐ、かはっ」 正拳突きから水面蹴りの連係にリエルは圧倒される。 「償いのつもりなの?それで、解決できるなんて思わないで!」 「がっ、あぐっ」 重い一撃から強烈なサマーソルトを放つ。その衝撃はさっきのものと比べ物にならない。だが、そんなことはフィリィには関係なかった。ただひたすら自分の攻撃を防ぐことも せず、リエルはあえてその全てをダイレクトに受けているのだ。 「覚悟してたとはいえ……強い」 腹部を押さえながらリエルはつぶやく。 「当たり前よ。今のあたしは昔の自分とは違う。ただ、前に進むだけ!」 「ぐあっ!」 全身全霊の一撃は無防備なリエルをはじき飛ばす。 「今のは……避ければよかった」 体中の痛みに耐えながらリエルは立ち上がる。今のフィリィには何を言っても無駄だということを知っているからだ。立ち上がらなければ自力で立ち上がらせるだろう。 「はあ、はあ……」 「ハア……ハア……」 あれからどれくらいの時間が過ぎただろうか。一方的に攻めていたフィリィは息を整えつつ構える。一方のリエルはほとんど感覚が麻痺しており、立っているのがやっとの状 況だ。そのうえ、服の所々にうっすらと赤黒い血がついている。 「まだよ……まだ」 息を整えるなり、フィリィは間合いを詰め一撃を放つ。 「え……」 放ったそれはあっさりとリエルにかわされる。 「当たり前よね。あれだけやれば、大抵のクセとか分かるしね」 ふたたび精神を集中し、リエルにまた一撃を放つ。しかし、今度もまた見切られ、簡単に払われる。 「くっ」 「……分かってるだろ?こんなことをしても……意味はないって……」 「知ったようなこと言わないで」 「あがいても、意味はない。時に人はそれを忘れる」 「!?」 「師範が言ってた言葉どおりになってる。今のフィリィはただあがいているだけ」 その言葉に、フィリィの力が抜けていくのが見て分かる。 「もう、いいんだ。無理に張り詰めなくて。昔のように気を楽にすればいい」 「なんで……こんなことになっちゃったんだろう」 力なく、うなだれているフィリィをリエルは静かに話を聞いていた。 「三年間、一人でもやれるように頑張って……血を見るのはダメになっちゃったけど……あのときのことを克服しようと必死になって……」 「フィリィ」 そっとリエルはフィリィを抱きしめる。 「リエル?」 「これからは……支えてやるよ。あの時みたいに一人きりにはさせない」 「……」 その優しさに甘えてはいけないと思っている自分ともう限界だと悟っている自分。フィリィの心は揺れていた。 「だから、甘えたいなら甘えて……いいんだ。子供じゃ……ないってわかっていても、心を許せる……人がいたっていいんだ。だから……それくらいでも……俺は……お前の… …力に……なりたいんだ」 「でも……」 「俺は……そばにいたいんだ。これは……我侭かもしれないけど……こうやってそばに居たいんだ」 「えっ……」 その一言にフィリィの顔が赤くなっていく。 「俺はフィリィのそばにいると……安心できる。昔からずっと……一緒だったからかも……しれない。俺は……ここが居場所なん……て思え……だ……」 「ちょ、リエル!?」 「守る……さ……絶対……」 既に体力の限界だったこともあり、リエルは力尽きる。静かな息づかいだけがフィリィに聞こえる。 「……声に応えて、聖母プラーマ」 詠唱していた召喚術を発動させ、リエルの傷を癒す。さすがに服についてしまった服の血は消えないが。 「……バカ、それはリエルだって同じじゃない。……いつもこんなになるまで頑張って……自分が傷ついても構わないって思っているけど、あたしは……その姿だけは見たくな いの……あたしが傷つくんだよ」 既に聞こえていないリエルに語りかけるようにフィリィは話を続ける。 「あたしだってリエルの側に居たい。でも、もう戻れない。三年間は大きいよ……あたしは変わっているけど、リエルはそんなに変わってない。リエルはまだあの時のままだっ て思っているけど……あの時のあたしじゃない。でも……」 そっとリエルの頬にキスをする。 「時々はいいよね、甘えても……あたしだってリエルの側が居場所だもん……こうやって一緒にいると安心できる……」 そのままフィリィも深い眠りに誘われる。他の人が見たら騒がれること間違いないのだが、一応安全のため人目のつかないところで野営をしている。とはいえ、それでも問題 なのだが……。 「ずっと……一緒に居たいよ……」 どんな形であれ、こうやって大切な人といられることが今のフィリィにとって幸せの一つなのだから。 翌朝、いつものように陽が昇り始めると同時にフィリィは銃の手入れを始める。 「……ふう」 一息ついて、そばにおいていたコップに一口お茶を飲む。 「おはよ……」 「完全に逆転しちゃってるね」 「……そうだな」 二人が旅に出る前はリエルが朝早く起きてフィリィが後から起きる形だったが、今ではその逆をしている。 「あ、そうだ。リエル、これ」 腰にさしていた短剣を鞘ごと投げ渡す。 「……これは」 「返したからね」 「俺の使ってたやつか」 懐かしそうにしながら自分の剣を見ていた。 「よく扱えたな」 実際この短剣は一撃は小さいが、扱い方によっては下手な剣士の剣戟を簡単に防ぎ、相手の剣を折ることが出来る。 「基本だけ、だけどね。それに無事だってわかった以上それを持っておく必要もないから」 「……そっか」 フィリィのその言葉の意味をなんとなくリエルはわかっていた。形見の一つとして。 「さてと……」 手にした剣で自分の髪を短く切っていく。 「……こんなもんか」 「……かもね」 雑ではあるが、昔のように短い髪は昔のリエルそのものだった。 それから一時間後、二人はファナンへ戻ることにした。 「こんな形で一緒に二人そろってファナンに戻るなんてね」 「そうだな」 「師範が知ったらどうなるかしら?」 「……まず無事じゃすまないな」 これから起こりそうなことに二人は予想できた。 「無理ないわよ、こればかりは仕方がないし」 「こっちの身になってくれよ……」 フィリィはどこか楽しそうに、リエルはうんざりとした顔で話を進める。 「ん……?煙だ」 「……ファナンの方向……みたいね」 目の前に見えてきたいくつもの煙を二人は見ていた。 「どうなって……」 そこまで来て大きな爆発音が響く。 『襲われてる!?』 二人の顔が信じられないといった表情になる。 「まさか、悪魔がファナンに?」 「……急ぐぞ、フィリィ!」 「ええ!」 嫌な胸騒ぎを感じていた二人は急いでファナンへと向かった。あの惨劇を繰り返さないために。 第10話へ
|