気がつくとどこかにつれてこられたらしく、ご丁寧に手首を縄で絞められていた。 「油断し…っ」 後頭部の痛みに、体を起こすことも出来なかった。落ち着いて周りを見ると、地下室のような場所だった。そのうえ、武器とサモナイト石を入れていた袋もなかった。 「まだ、砦の中みたいね。でも、悪魔じゃなくて人みたいだったけど…?」 ゆっくりと、わずかに覚えている自分を襲った人物を思い出す。 「黒ずくめで、身軽な感じ。それになれた動き……暗殺者!?」 自分で導き出した答えに驚く。 「ども、どうして…。入り口以外の場所から結界を開けた?でもそんなことしたら派閥の召喚師も気がつくはず…」 そこまで考えたとき、誰かが近づいて来るのが分かった。それも複数。 「まずいわね…隙もつけそうにない」 そう判断し、やむなくまだ気を失っている振りをすることにした。 「行方をくらましていた召喚師が来るなんてな」 (誰なの…?) 「いががいたしますか、クウェイン殿」 (クウェインって金の派閥のクウェイン・アスラム!?) 知っている名前にフィリィは驚いた。 (じゃあ、彼が…) 「どうせ何も出来んよ。ビーニャ様の力を見せ付ければこいつに逆らう気力はない。しばらくそのままにしておけ」 「は!」 (ビーニャってまさか、あの…) その名前を聞いた途端、フィリィの鼓動は早まった。 「…ムダに、やられろってことなの?」 気配がなくなった後、声を震わせながらどうすることも出来ない自分を恨んでいた。 陽が高く昇る頃、結界の解かれた扉の前に一人たたずんでいる姿が見えた。 「そろそろ、だな」 腰の剣を確認するとローブをまとい、風のようにそこから消えていた。 どのくらいたったのか、体も動けるようになったフィリィは縄解きに悪戦苦闘していた。 「こ…ふぇで…解けた!」 どこかに連れ出すつもりなのか、足にも縄はなかったため軽く体を動かすと、ポケットの中から針金を取り出す。元々銃が壊れたときの固定用として持っていたものであり、こ ういったものがフィリィは使わないだろうと思い、残していたのだろう。 「実際にやるとなると、難しいわね…」 カチャカチャと鍵穴に針金を入れて扱いながらつぶやく。鍵開けに苦戦すること三十分、見張りの見回りもなかったこともあり、なんとか開けることが出来た。そのうえ、そばに は自分の銃が置いてあった。 「弾倉も、銃口にもいじった後がないから大丈夫ね」 いつでも使えるよう銃の安全装置をはずし、ホルスターへ収め、ベルトを絞める。さすがにサモナイト石は奪われていたが。 「クウェインは、外道召喚師に堕ちたわね」 全体の気を探りながらその場を後にする。 「静かすぎる…」 気配もつかめない状況の中静かにつぶやく。 「用心に越したことはないわね」 そういって銃と同じ長さの消音装置を取り出す。カチリ、と音がすると共に何箇所かに銃の引き金を引いた。そのすべては何も音は聞こえなかった。 「これで少しでも知られるのは遅れるはず…」 「おまえ、どうや…」 声に反応し、相手を見るなりフィリィは引き金を引いた。白い煙と火花が二つほとばしると共に相手のひざから血があふれる。 「うっ…」 (血を見すぎたら・・・あたしでなくなる) そんなことを考えながらフィリィはその場を離れた。自分の限界を知っていたから。 時を同じくして、別の場所では慌ただしくなっていた。フィリィが開けたままの結界から入ってきた人物がみつかるよりも早く倒されていたのだ。そのすべては一撃で昏倒さ れ、それ以外傷はなかった。 「もうそろそろね」 そんな事をつぶやきながら階段を下りていく。下のフロアにたどりついたとき、フィリィは驚いた。 「何が…起こったの?」 そこには暗殺者達が倒れていた。時々うめき声を上げていることや、辺りに血が飛び散っていないことからまだ生きていることは分かる。 「お前か…」 「クウェイル!?」 声のした先には召喚師のローブをまとった二十代前半の男がいた。 「許さんぞ…」 「何のことよ。あたしは知らないわ」 「しらじらしい!お前の召喚術で、葬り去ってやる」 そう言って緑に輝くサモナイト石を手にすると同時に詠唱に入る。 「出でよ、レーヴィア!!」 しかし、むなしくその声が辺りに響き渡るだけだった。 「な、なぜ…」 「あたしの誓約はただ押さえつけるものじゃない。誓約者と似た友誼と信頼で結んでいるの。何度か誓約に失敗してバカにしていたけど、あたしの術は召喚獣に認められて初 めて成立するものだから」 静かにフィリィが言い放つ。それと共にクウェインが持っていたサモナイト石が手から落ちる。 「これは、返してもらうわね」 そういってサモナイト石と袋をしまう。 「外道にまで落ちたあなたには、召喚師としてだけでなく、人としても最低よ」 そう静かに言うと、フィリィはその場を後にしようとした。 「ふ、ふははは…ははははは!」 「クウェイン?」 「人としてか…それは聞き捨てならんな、フィリィ・マーン」 ゆっくりとクウェインは立ち上がる。 「化け物の、しかも出来損ないと一緒にいたお前にそっくり返してやるよ」 「…クウェインっ!!」 フィリィの目は完全に怒りそのものだった。 「リエルを…そんな目で見るのなら、あたしは容赦しないわ!」 そういうと同時に立て続けに三発の銃弾を放つ。 「な…!?」 彼に向けてはなったはずの弾丸は、自分に向かってかえって来た。幸いにもかすり傷程度だった。 「そんなものに頼っているお前では私を倒せん!」 そういうと共に、彼の体は変わっていく。口は大きく裂け、腕は異形のものに変わっていた。 「あなた…まさか禁断憑依を!?」 禁断憑依―憑依召喚術の中でも人体に悪影響を及ぼし、危険な存在になることから派閥でも上層の人間しか知らないのだ。 「ククク…カグゴジロ!!」 「くっ」 大きく振りかぶり、物を投げるように振った腕は伸び、フィリィに迫る。しかし、サイドステップでそれを交わすと同時に伸びた腕にありったけの銃弾を撃ち込む。 「グガ…オドデエエ」 「憑依とはいえ、人を殺すわけにはいかない…どうすれば…」 「モガッダ!」 「え…あぐっ!!」 伸びたままの腕がそのまま後ろからフィリィの首を絞める。予想していなかった攻撃に、フィリィは成す術もなかった。 「ぐ…あ…が…」 しだいに意識が遠のきだし、手にしていた銃が地面に落ちる。 (もう…だ…め) そのときだった。何かを切る鈍い音と共に、フィリィの拘束が緩む。 「グギャアアアッ!!」 「けほっ…なに…が?」 ゆっくり視線を上げると、そこには昨日見た人物だった。 「あなた…は」 「ジャバヲ、ズルナ!」 異形と化したクウェインの腕がふたたび振り下ろされるが、その人物は冷静に剣ではじく。 「…腕が!?」 さっきまでフィリィをつかんでいた腕が意思を持ったかのようにその人物に襲い掛かる。 「危な…!」 そう叫ぼうとしたとき、すでに貫いていた。 「な…」 「バガナ…」 そこにローブだけを残して。 「ドゴダ、ドゴニギル!」 「……上!?」 フィリィが見上げると、そこにその人物が柱に剣を突きつけて下を見ていた。 「悪いな、もうアンタを救うにはこれしかない」 「!?…うそ……」 思わずフィリィは息を呑む。聞きなれた声、髪は長いが見慣れた格好に特徴的な空色の瞳。 「リエ…ル?」 思わずその名前が出る。変わっていない姿にフィリィは動けずにいた。そこにいるのは、あの時死んだ大切な人だったからだ。 「苦しまずに、楽にしてやるよ」 そういうと共に彼の気の流れが変わる。すべてが異形と化したクウェインに向かうように。それと共に瞳の色がメイトルパの召喚獣によく見られる緑色に変わる。瞳が変わる と共に、突きつけた剣を抜く。尋常でない速さで間合いを詰め、剣の一撃を与える。彼が着地するとクウェインは真っ二つになり、声もあげることなく肉体は崩れていった。 「…リエル」 長い沈黙の後、フィリィが口を開く。 「…やっぱ分かってたか」 手にした剣を収め、こちらを向く。特徴的な空色の瞳に、思わずフィリィは吸い込まれるような感覚を覚えた。 「生きて…生きてたんだ」 「ああ、時間がかかっちまったけどな」 そういって彼―リエルはフィリィに近づく。 「一年…いや、ずれがあるからこっちだと三年ぶりだな」 「…バカ!」 そう叫ぶなり、フィリィは抱きつき泣いていた。 「分かってる。そんなこと言われたって仕方ないもんな」 ずっと泣いているフィリィをリエルはそっと抱きしめた。 それからあたしは日が暮れるまで泣き続けた。今までの苦しさや、つらさをすべて出しきるかのように。それをリエルはただ、何を言うでもなくずっと抱きしめていた。そこには 彼のぬくもりや暖かさが伝わってきた。それがあたしにとっては嬉しかった。 「ねえ、リエル、どうして無事だって早く言ってくれなかったの?」 「戻れなかったんだ」 「戻れなかった?」 「俺はあの時、呼ばれたんだ。メイトルパに」 「!?」 その言葉に一瞬理解できなかった。 「どういう…こと?」 「それは今から話すよ。信じられないと思うけどな」 そう言ってリエルは語りだした。あの時、リエルがあんなことを言った意味も含まれていた。 第9話へ
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