『もう少し砕けた発言でも構わないか?』とノートPCに入力しつつ、海岸へ向かって歩いている彼は"彼女"の返事を待つ。しかし、いくら待てども返事はない。それが彼女の 返事と受け止め、判った。と声に出した。そして次の文を入力した。 『まず口にした"好き"について』 彼―ポレポレはノートPCを片手に、小笠原にいた。そんな中でもポレポレはノートPCでずっと会話をしていた。そして、画面の向こうにいる"彼女"は今この空の続く場所にい ない。迷宮と呼ばれるこの世界と違う世界の根底を覆るようなものが眠る場所にもぐっている状況だ。 本来なら自分も一緒に行こうと考えていたが、迷宮の入り口を探してここまで来ている状況で、"彼女"は今も迷宮で戦いを続けている。彼女と共に戦うべきなのだが、そうし なくても"彼女"が強いのは事実だ。"彼女"が今時分の体のように扱っているのは蒼穹号―全物理域対応高軌道I=Dとも呼べる巨大な機体で今も戦っている。普通なら疲れ て気を失ってもおかしくないほどの時間は経過しているだろうが、"彼女"は今も戦いを続けている。なぜなら"彼女"―DAIANはAIなのだから。 /*/ 元々AIの一つであるDAIANに"好き"と教えることになったのは先日、彼女と今日と同じく戦闘中に会話をしたことがきっかけの一つだった。戦闘中の演算処理に影響のない 範囲でDAIANはポレポレと会話をしていた。片や迷宮にて大規模勢力と戦闘、片や小笠原で迷宮の入り口探し。やっていることは似て非なるものであるのにその内容を知る 者からすれば幼いレディをエスコートする青年という風に見れるが、ポレポレ自身も必要とあらば蒼穹号に乗り込むパイロットであり、DAIANも機体を制御するAIの一つでありつ つ二人の関係を言えばバディ―相棒でもある。 そのラインをポレポレは自分から超えていたのをその時知った。たまたま彼がDAIANとの会話の中で発言の認識能力が上昇していることに気がついたことだった。その理由 を尋ねると彼女はOVERSと同盟を結ぶ取引により自然言語能力を強化していたのだ。それを聞いてこう言ったのが、彼女が"好き"という意味を知ろうとしたそもそものきっかけ の一言であった。 『どう言えば良いか判らんが…ありがとう、DAIAN。お前を少し理解できたよ。ついでに少し好きになった』 /*/ "好き"ということをどうやって教えるべきかポレポレは悩んでいた。こういった感情的な部分は解釈によってはAIであるDAIANでも誤解した理解を得ることになる。そこでとりあ えず、一般的と思われる動作的部分から入力することにした。 『この感情は、基本的に自己以外のある対象に向けられる。向けられている有機体は、向けられている存在を無意識・意識的に支援する』 [それはフォロウ・ユーである] 『フォロウ・ユー?』 DAIANからの反応にポレポレはあることを聞いてみた。 『でもその感情って、何の関係もない存在に向けられるのか?』 [フォロウするのは友軍である] 『"好き"な相手は友軍に限らない。敵の場合もある』 [意味不明である] 『まったくだ。俺にもわからん』 そう入力してポレポレは小さく苦笑した。敵であろうと人間は相手を許すことが出来る。それを見てきた人間からすればそれも"好き"の意味になるのかもしれない。 『一般には好きになった相手の幸福を願う。相手に自分を意識してもらうように行動しだす』 そうやり取りをしているうちに彼の足が止まる。海岸を歩いていたが、洞窟に似せて作られたと思われるトンネルらしきものがあり、覗き込んでみると遠くが明るい。彼女のいる 迷宮の入り口があるのかもしれないと思い、その中へと足をむけつつ入力を続ける。 『で、相手を自分のものにしたい、されたいと考え出す場合もある。…ここまでくると派生して愛になるのかな?』 [命令序列が愛か?] 『場合によってはYES。行動原理と言い換えてもいい』 そこまで会話を続けたあと、DAIANは数秒間を置いてこれまでの会話から一つの答えを出した。 [相手を自分のものにしたいとは競争欲である。競争欲は愛である] 確かにその答えは間違いではない。しかしそれはある意味半分、または一部正解とも言えた。 『それでは"されたい"の部分を含まない』 今のDAIANの答えは相手を"奪う"ともいえる愛であり、彼が教えたいものはそこではない。 [非占領欲はDAIANには存在しない] 『ポレポレには少量ある』 そこまで入力してポレポレは感情の説明は難しいな、うん。と心の中でつぶやいた。とはいえ、DAIANが愛について理解を深めているのはよく分かる。短時間で"欲"から来 る部分を導き出したことが今の彼の苦労をねぎらうのに値するものだろう。 一息ついたあと、ポレポレはデータにあるようなものを出したほうがいいなと思い、Web辞書を検索すると同時にDAIANにも閲覧できるのか気になった。すぐに尋ねると彼女か ら問題ないと返事が返ってくる。 『一般に流通している辞書から記録されている意味を検索した。理解の一助になるだろうか?』 検索した内容のURLをDAIANに転送する。 /*/ 検索結果 1親子・兄弟などがいつくしみあう気持ち。また、生あるものをかわいがり大事にする気持ち。『―を注ぐ』 2異性をいとおしいと思う心。男女間の、相手を慕う情。恋『―が芽生える』 3ある物事を好み、大切にする気持ち『芸術に対する―』 4個人的な感情を超越した、幸せを願う深く温かい心。『人類への―』 /*/ [3番の定義として理解する] 『1番2番の場合もある…が、これは俺の説明が悪かったかな』 確かに"愛"となると複数の表現が生まれる。兄弟愛・親子愛・動物愛…それらを教えるには骨が折れることだ。 [DAIANには生がない。DAIANには親兄弟がいない。DAIANには性別がない] 「自分に置き換えることが出来ないから理解できないという訳か」 彼女の発言に自分でも納得が行く箇所があった。でも、同時にそれは人としての感情に関することを知ったうえでの比較からきたものということでもあった。 /*/ 『で、この愛は、基本的に攻撃特性はない。外交オプションや説得オプションには有償性が認められる』 洞窟を進んでいたポレポレはそこまで入力し、あるものを見て足を止めた。そこには朽ち果てた大砲であった。相当年季の入ったもので、ここに今まで放置されていたのだろ うか。 『一度話を変える。DAIAN、これ何か判るか』 朽ちているということを条件に含み、目測での大きさ、砲身の長さ等出来るだけ分かる特徴を入力する。 [94式山砲である] すぐに返事が返ってくる。 『なるほど。ポレポレは現在、小笠原にある人工トンネル内にいる。奥へむけて移動中』 [その先は海である] DAIANのこの先を知っている返事にポレポレは確認するように歩みを速める。そしてたどりついたところは確かに海があった。今いるところは崖の真ん中。海の先には細く切 り取られていて、外が見える。 『…DAIAN、何で俺の場所がわかったんだ?』 [URLとはコードである。我はコードを調査した] 『なるほど。そういう理解か』 確かにコードを調べれば使っている今のノートPCをGPSのように即位することも出来なくもない。そして次にDAIANはあるURLを送信してきた。それを開いてみると、この豪に 入った探訪記であった。筆者名はなく、HNゆしまさんとあった。どうやらDAIANはリアルのほうにもアクセスできるらしい。 『話を元に戻す。でまあ、俺はDAIANに好きという感情を抱いている。愛の3番の意味ともほぼ同じだ』 [了解した。ただしそれはエラーである] 『なぜだ。説明を求む』 今のDAIANなら今までの情報での理解でこのようなことを言うとは思えない。そしてその答えは最もシンプルでもあり盲点でも会ったのかもしれない。 [DAIANには性別がない] 『だからなんだ』 おそらく辞書の1番から3番までを含めたものだろうが、今の自分を考えると少しDAIANの結論を否定したくなる。 『まず3番には性別は関係ない』 実際に男が男を、女が女を愛することもある。勿論世間から見ればタブーであろうが、今では少しずつその認識は変わりつつある。 『そして、だ。性別がなくても愛は芽生える』 今の俺のように、と心の中でつぶやいた。 [3番のみ再設定した] 『まあ、それでもいいや』 認識を替えただけでもよしとしないといけない。しかし、この後の発言にポレポレは凍りついた。 [愛の用例を入力せよ] 「プロポーズを要求しとるのかお前は。えーと…」 いくら教える為とはいえ、これは照れるし恥ずかしい。珍しく座り込み、悩み、簡略的に使えそうな例を考え入力する。 『私は、DAIANへ愛を告げた』 [発生条件をしらせよ] 『この発生条件はポレポレ独自のものである。実例の幅が広すぎて平均はもとめづらい』 これを前置きとして入力を続ける。 『発生条件1:対象を認識。2:対象の思考を認識。3:対象と自分との間に愛が発生していない。4:自分の感情の中に、対象に好意を持つトリガーがある。今回の4はお前を はじめて見た時だ』 [理解不能] 『そりゃあそうだろう。ポレポレにもよく判らない』 、という言葉をポレポレは飲み込んだ。そして程なくDAIANから新たなURLが送られてくる。それを開いてみると付近の病院のリストだった。それを見たポレポレは一瞬目を丸 くする。 [故障の可能性が高い。即座に修理して戦列に復帰せよ] DAIANの一言にポレポレは腹を抱えて大笑いした。そして最後にこう入力した。 『ポレポレは爆笑している。お前の反応はある意味正しい』 をより分かりやすくする為にメッセみたいに「名前:発言内容」にしようかとも思いましたが、DAIAN自身に向けての台詞がないのでこのような形になりました。なんか見にくくな ったらすいません。 あと、ポレポレさんのプロポーズとも取れるように考えるより、「認識させる」という風にするようにした為四苦八苦の部分ってここに一番架かっているよーな気もします…
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