「大丈夫なんですか?人の心の中に入るなんて」 ティスも驚いた顔をしている。普通召喚術を構成する魔力―特に召喚獣の力でも無理だろう。それを可能にしているのはハサハの持つ宝珠とミニス本来の魔力の高さがそ れを可能にしたようなものだ。 「ああ、ハサハが人の心を覗くことが出来るのは知っているよな」 「たしか、宝珠の力・・・だっけ?」 「ああ。宝珠にはハサハの魔力すべてがあの宝珠に凝縮しているんだ。だから高度な召喚術を使うこともできたんだ」 「あの宝珠にそれほどのものがあるなんて・・・」 ティスとリィナも驚いた顔をしている。 「とにかく青の派閥に戻るわ。後はお願いね」 「動こうにもハサハがミニスたちを連れ戻さないことには動けないもんな」 「そうね。護衛獣を置いていけるわけないもんね」 「じゃ、ティス、リィナ、レシィ。ゼラムへ行くわよ」 「あ、はい」 「それじゃマグナさん、早めに戻ってくださいね。ただでさえネスティさんたちが口うるさくなっていると思いますから」 「あ、ああ。そうするよ」 どこかぎこちない笑顔でマグナはトリスたちを見送った。 「なあ、マグナ。ティスにアメルみたいな力はやっぱりあるんじゃ・・・」 4人が部屋を出たあと、今まで黙っていたモーリンが口を開いた。 「いや、それは分からない。ただでさえアメルは天使の力をあの時なくしたんだ。それを考えるとリィナも言えなくなるしな」 「そうですね。2人ともそれぞれの力をなくして今を生きているんですから」 「それに、アメルやティスに力があっても頼めないよ。力の負担を考えたら難しいかもしれない」 「そうだね。悔しいけど、今は成功するのを待つしかないね」 重い空気がふたたび部屋に立ち込める。長い一日は、まだ始まったばかりなのだから。 どれくらい見せつけられただろう。フィリィはそのすべてに苦しんだ。大切なものをすべて壊され、自分の心に破錠をきたしだす。 (もう、どうでもいいや) 諦めに似た感覚がすでに自分の中にある。 (あたしには元々無理だったんだ) 「負けちゃダメ!あなたはそんなに弱くないのよ!」 聞き覚えのある声が聞こえる。 (お母・・・さま?) 「フィリィ、諦めたらそれでおしまいよ」 はっきりと聞こえる声。わずかにフィリィの心に暖かさが伝わってくる。 「もう、いいの・・・」 そうつぶやいたとき、はっきりとミニスの姿が確認できた。 「ムダだよぉ?そんなことをしてもこの子はもう戻れないんだから」 「この声・・・ビーニャ!?」 ミニスに焦りの色が見える。 「この子はあたしたちの力を見せ付けちゃったからそう簡単にはいかないよ」 「そんなことない!今はこんな状況でも、連れ戻して見せるわ!」 「ふーん、この子にまた目の前で人が死ぬのを見せる気なんだ」 「それは・・・」 思わず言葉に詰まってしまう。自分もあの戦いで多くの人の死を見てきた。気分が悪くなり、逃げたいと思うことも何度もあった。 「この子にしたらつらいかもしれないけど、私だって貴方達が殺した人達を見て逃げたい時だってあった」 「なら、なんでそうしなかったのさ?自分を守るので精一杯のニンゲンがそこまでできるのはどうしてなのさ」 「飽きたって言ったほうがいいかもね」 「飽き・・・た?」 「いつまでも逃げているだけじゃ、何も解決しないし、単なる自分への甘さが出ているだけ。立ち向かわなきゃ何も変わらないから。だからわたしはあの時から今日まで逃げず に来た。いつも弱い自分と向き合うために!」 そう言うと共に胸元のペンダントに魔力を集中させる。 「シルヴァーナ、お願い。この子の作った闇を、絶望に満ちたこの世界を壊して!!」 グオオォォン― 呼び出したシルヴァーナは咆哮をあげると共に、ミニスとフィリィを中心にして次々と火球を放つ。辺りはその炎で埋めつくされ、少しずつ崩れていく。だが、それでも壊せない ものがあった。 「そんな、出口になる場所が壊せないなんて」 その場所は空だった。そこにいくら火球を放っても崩れることはなかった。 「どうしてあそこだけ・・・」 「ムダだよ。そんなことをしてもその子は戻ることを拒んでいるからね」 聞こえたビーニャの声にミニスははっとした。フィリィが拒んでいる以上、その扉は開かれないということを。 「フィリィ、分かって。ここで逃げたらダメなのよ。ここで逃げたらあなたをかばったリエルの気持ちは無駄になるのよ!?」 「もう、やめて・・・。思い出したくない。」 「逃げたって変わらない。自分から立ち向かわないと本当にだめになっちゃうんだから」 「あたしには無理だよ。そこまでの力、ないもん」 「フィリィ・・・」 「こうしてたほうが、本当はいいのかもね」 バチン― そうフィリィが言ったとき、ミニスは迷わず思いっきり引っ叩いた。昔の自分と同じで、それから逃れようとするフィリィを叩かなくてはいけない。そう引っ叩いたあとでもそう思っ ている。逃げたら取り返しのつかないことになるのはよく分かっていたからだ。 「本当にそう思っているの?本当は違うでしょ!あいつを倒さないといけないのは、あなたが一番分かっているでしょう!」 あらん限りの声をミニスはあげる。あの悪魔達を倒したのは自分達だが、それも仲間と一緒だったこともひとつの要因なのだ。1人だったら間違いなく自分が死んでいた。だ が、自分には誰一人欠けることのない仲間達がいた。 「だったら逃げずに挑んで。あなたにはそれを手伝ってくれる人だっている。モーリン、シャムロックにマグナ、トリスそして、金の派閥と青の派閥。立ち向かうならわたしだって あなたの力になれるわ。一番大切なのは、今の正直な自分の気持ちよ」 そう言ってフィリィの銃をしっかりと握らせる。 「あたしは・・・」 銃を握る手に力が入る。 「・・・止めたい」 ゆっくりと安全装置を外す。 「怖いけど・・・」 しっかりと空へ銃を向ける。 「リエルの分まで戦って見せる。もう、あんな思いを誰かがしないためにも!」 しっかりと空を見上げ、引き金を引く。思いを込めたその一発の銃弾は、空を粉々に破壊した。 (えっ) そのとき、砕けた空の中にリエルの姿があった。 ・・・・・― フィリィの耳にはっきりとその声は聞こえた。 「・・・うん。がんばってみるよ」 そう壊れていく空にフィリィはささやいた。それと同時に二人は光に包まれた。 金の派閥の一室には、いまだに重い空気が漂っていた。マグナが悪鬼に憑かれたあのときよりも時間が長く感じていた。 誰も何も話そうとはしない。ただ、時間だけが進んでいた。 がたっ その音で一斉に一点に視線が集中する。 「ミニス!!」 「ハサハ!!」 何の前触れもなく倒れた二人を見て、慌ててモーリンとマグナが近寄る。 「ちょっと、しっかりしなよ」 「大丈夫か、ハサハ」 声をかけるが返事はない。だが、呼吸はしている。 「ひょっとして・・・」 「気を使い果たしただけ?」 思わず言葉に詰まる。 「・・・師範」 「フィリィ!?」 その声を聞いてモーリンは安堵の息をついた。 「あたしは、もう大丈夫です。お母さまをお願いします」 「・・・分かったよ。でも、今日は絶対安静だよ」 強い意志―それをモーリンは感じていた。 あれからどれだけの時間が経っただろう。いまだ日は昇っており、静寂を取り戻す。 「・・・あれ、わたし」 「気がついたかい?」 「モーリン・・・。そっか、戻ってきたんだ」 ゆっくりと部屋を見回しながらミニスはさっきのことを思い出す。 「まったく、ずいぶんと無茶したもんだねぇ。失敗したらどうするつもりだったんだい?」 「考えてなかったわ」 「・・・は?」 その一言でモーリンは硬直した。 「考えてないって、あんた・・・」 「逃げてほしくなかった。ただそれだけ・・・昔の自分を見ているみたいだったから」 「昔?」 「モーリンたちと会う一つ前の季節の巡りのときに、現実から逃げてサイジェントまで何度も行ってたの。そのときはまだきちんとシルヴァーナと誓約できなくて、召喚術を学ぶ ことを禁止されていたの」 そう語っているミニスは、遠い昔を見ているような感じだった。 「いろいろ、迷惑かけてばかりでいた。でも、そのとき知り合った友達やあたしのもう一つの仲間が大切なことを気づかせてくれたの。だからこれはそのときに交わした約束を忘 れないためのもの」 そういって見慣れたこげ茶色のリボンをポケットから取り出した。 「ただオシャレってわけじゃなく、身近に置いておくことで約束を思い続けるためのものでもあったから」 「・・・あんたも大変だったんだね」 「わたしの場合、お母さまたちへの憧れが強かったけど、フィリィは心を休めることができる人。だからあんなことになったんだと思う」 そう言うと、ミニスはモーリンの手を取った。 「だからモーリン、これだけは覚えてて。今度今回みたいなことが起こったらもうあの子を助けることはできないかもしれない。わたしと違って人が死ぬ場所に携わりすぎている の。今のフィリィはすごく心が弱いから、ちょっとしたことでも干渉を起こすかもしれない。しばらくはあの子の支えになってあげて」 「ミニス・・・」 「わたしじゃダメなの。リエルがいない今、そばで支えてあげれるのはあなたしかいないの。お願い・・・」 「分かったよ、ミニス。やれるだけのことはやってみるよ」 「ありがとう・・・モーリン」 はかない願い。それをミニスは痛感していた。しばらくしたらまた議長補佐としての仕事がある。そうなったら支えてあげれる人がそばにいなくなる。だからこそ信頼できるモ ーリンに託したのだ。 だが、その思いは知らずともフィリィに伝わっていたことを二人は知らなかった。 そっとフィリィは窓の外を見ていた。あたりはすっかり陽も落ち、暗闇が広がっている。ついさっきまでユエルとファミィが居たのがウソのように静まり返っている。 「・・・」 1人何かを考えているが、声に出さずとも誰かが見ても分かるものだった。 「今のままじゃ、ダメ。・・・変わらなきゃ」 強い自分に― そう考えてもどうすればいいかは分からない。それは自分で考えるしかないのだから。 「やっぱり旅に出よう。1人でも頑張らないと」 そっと窓を開け、手にはナイフを握っていた。リボンを解くと、長い髪をいつもひとまとめにする部分をつかんでいた。 「ミニス様、ファミィ議長、大変です!」 切羽詰った様子で、一人が議長室に入ってくる。 「あらまあ、そんなに慌てたらいけませんよ」 「こ、これを・・・」 そういって1人が手渡した一枚の紙を見たミニスは見覚えのある字で書いてあり、半分ほど読んだところで止まった。。 「そんな・・・どうして・・・」 「ミニスちゃん?」 「なんでこんなことするのよ・・・」 クシャ、と握りつぶし、小さく肩を震わせていた。 その文章はこう書いてあった。 お母さま、お婆さま、勝手でごめんなさい。今、ここで師範の手を借りていたりしたら自分のためにならないから、なにが自分に必要なのかを考えるとこれじゃいけないと思う から1人で旅に出ます。 一年だけ、時間をください。それで見つけられるかは分からないけど、なにもしないよりはいいと思うから。でも、これは自分を磨くためでもあるって胸を張って言えます。だか ら心配しないでください。 必ず戻ってきます。そのときまで体に気をつけてください。 貴女方の大切なフィリィより 「これで、良かったのよね・・・」 見えなくなったファナンをみて、フィリィはつぶやいた。旅の荷物、銃とそのパーツと弾倉の入ったポシェットのついたベルトのほかに、短剣が腰にさしてある。 「やっぱり怒っているかもね」 そんなことを考えながらフィリィは歩みを進める。風にふかれ髪が揺れる。その髪はショートヘアに近いくらいに切られている。服装も旅に適した動きやすいものを選び、よく似 合っていた。 「頑張って見つけないと・・・」 誰に言うでもないそのつぶやきは、虫の声にかき消されていた。 こうして旅に出たことに、後悔はなかった。今の自分を見つめなおす旅、それだけでも必要だと思う。時間が経てばそれを忘れてしまうと思うから。髪を切ったのもそういった 意味が入っていた。だから出来る限りのことはしたいと思う。この旅で、後悔が残らないように― 一年後、帰ってきたフィリィは見違えるものだった。置手紙に書いてあったように答えを見つけたから。 その後、金の派閥の一員として、ある時は時々起こる悪魔関連の事件に自ら挑むなど、母親に負けない活躍をしていた。 そして、歯車は動き出す。リエルの消えたあの日からちょうど、みっつの季節が巡った日に― 第7、5話へ続く
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