動き出す闇〜What back Devils? 1〜(前編)






 祭りから一夜開け、二人はいつも以上に眠気が強かった。
「おはよう・・・」
「おはよ・・・」

 寝ぼけていたが、二人とも目線があうと、そのまま互いにそらしていた。

「どうしたんだい?昨日楽しそうにしていたのに今日はギクシャクしてるじゃないか」

 一足早く起きて、朝の稽古から戻ってきたモーリンがどこか意地悪そうに言った。実は昨日、ミニスと一緒にたまたまあの時の二人を見ていたのだ。

「そんなことないですよ」
「気のせいです」
「ふーん」

 モーリンの疑いの目が二人に向けられる。

『疑わないでください!』

 二人そろって同じことを言ったが、もうお互いのことを気にしなくなっていた。




「師範はこれからどうするんですか?」

 少し遅い朝食を食べながらリエルはモーリンに訊ねた。

「次の街までは別にアテもないしねえ・・・」
「じゃあそれまで一緒に行けないかな?」
「まあ、あたいはかまわないよ」
「じゃ、決まりだな」

 そういうとリエルとフィリィは運ばれたお茶を口に運ぶと立ち上がった。あんまり食べないほうである2人はパン2つとスープとサラダだけで済ましてしまう。

「それじゃ準備ができたらすぐ行くとしようか」

 そういって2人分の代金を払うとリエルは街中、フィリィは宿に戻った。

「どーもまだ固いね」

 静かにモーリンは二人を見送ったあと静かにつぶやいた。




「準備はできたかい?」

 宿に戻ったモーリンは二人に尋ねた。実は昨日のうちに準備をしていたので2人の準備が終わればすぐにいけるようになっていた。

「ええ、ちょうど今終わりましたよ」
「さ、行きましょう師範」

 その声を聞いてモーリンはベッドに置いていた荷物を取ると、二人は続いて部屋を出た。

「この街、いろいろあったわね」
「そうだな、フィリィの銃の変化に俺の暴走。いろいろありすぎだよな」

 街中を歩きながら今日までのことを思い出していた。フィリィの召喚術の変化、リエルの秘めた力の解放、そして二人の新たな誓い。そう思い出せるところを考えると、この街
ではかなり破天荒な日々が続いていたと言えるだろう。

 そんな思いを胸に、3人は街をあとにした。




 のどかな街道を3人は進む。まだそれぞれの力が戻っていないのか、リエル・フィリィはモーリンから少し遅れて歩いている。
「あんたたち、ここ何日かで体力とか落ちたんじゃないのかい?」

 ちらりとこちらを見ながらモーリンは声をかける。

「そんなつもりは・・・」
「ないんだけどな・・・」

 と、2人打ち合わせでもしていたかのようにぴったりだった。

「まあ、倒れてもあたいは面倒見れないからね」
『分かってます』
「・・・あんたら今日はよく意見が合うねえ」

 もはやモーリンは感心するしかなかった。




 その夜、リエルはそっと寝床を抜け出し、離れた場所で精神を集中させていた。かすかに風がなびき、その冷たさが肌に伝わる。その風がやんだとき、リエルは能力を使
い、一気に駆ける。そして、自分が置いた木の束に向かって右手を振り下ろした。


ガギィ―


 触れるか触れないかの距離で木の束にいくつか傷をつけた。

「ぐっ」

 わずかな痛みを感じ、右手を押さえる。その手の爪は長く鋭かった。

「やっぱりまだ無理か・・・」

 月明かりの照らすリエルの瞳にはわずかに朱の赤い色が混じっている。自分の限界まで高めてみたが、それは無駄に終わった。今のだけで意識がなくなりそうになってしま
う。そんな状態で「力」を操るのは死につながるだろう。

「大丈夫、リエル?」

 声のしたほうを見ると、そこにフィリィがたたずんでいた。

「ああ、ちょっと一気に使いすぎただけだ。少し休めば大丈夫だ」

 そういてリエルはその場に座り込む。その時にはもう、普段の姿だった。

「どうしたの?こんな時間に起きているなんて」
「それはお前もだろ」
「昨日、眠れなかったから」

 頬をわずかに赤らませながらフィリィは行った。

「それならもう眠ってるぞ」
「・・・そうだね」

 それきり会話はなく、長い間2人は大地に寝転がり空を見上げていた。

「そろそろ戻るか」

 どのくらいの時間が経ったのだろう。リエルが声をかけるが、フィリィはすでに夢の中で、静かな寝息と虫の声しか残らなかった。

「ったく、しょうがないな」

 そういいながらフィリィをおぶって引き返した。

「・・・エル、がん・・・って」
「フィリィ?」
「あたしも・・・がんば・・・ら」

 それきりフィリィからはすやすやと眠る吐息しか聞こえなかった。

「・・・寝言か」

 安堵の息と共に、リエルはフィリィを起こさぬように歩みを進めた。




 翌朝、3人は街道の途中で大勢の人が立ち往生していたところにでくわした。

「あの、何があったんですか?」

 近くにいた1人にリエルが訪ねる。

「この先ではぐれが出たらしいんだよ」
「はぐれが?」
「しかも何匹もいてかなりの人が殺されたらしいんだ」
「そんなことが!?」

 フィリィからも驚きの声があがる。はぐれの被害はよく聞くうえ、群れをなして人を襲うのは珍しくはない。しかし、人が死んだとなれば話は別になる。

「いつ頃からなんですか?」
「ここ2,3日らしい。困ったもんだ」
「まいったね。これは派閥に任せるしかないね」
「え?」
「ちょっとこれは今の状態じゃ2人とももたないよ?ここはおとなしくするしかないね」

 その経験があるからか、モーリンは2人を止めた。実は昨日リエルが抜けて何かしていたのは知っていた。それにフィリィもまだ本調子ではないことも分かっている。

「だからって」
「相手はあんた達の思っているほどやわじゃないよ?今だと命を落とすことになるよ」

 その言葉に2人は何も言えなくなってしまった。




 どれくらいの時間が経っただろう。二人は成す術もなく、苦い顔で座り込んでいた。

「情けないよね」
「ああ、なんにも出来ないなんてな」

 本日何度目かのため息が出る。

「・・・ねえ、何か騒がしくない?」
「・・・そういや、そうだな」

 二人はその場所へ目を向けると、鎧をまとった騎士達がいた。

「あれは・・・自由騎士団?」
「間違いないよ、あの旗は『巡りの大樹』のものだもん」

 よく見れば、騎士団として統一されているはずの鎧はバラバラで、年恰好も違っている。

「おや、シャムロックじゃないかい」
「モーリンさん。貴方もここにいらしていたのですか」

 その中の隊長的な人と平気でモーリンは喋っていた。

「もしかして・・・」
「・・・ホントに顔が広いな、あの人」

 二人は呆気に取られていた。

「でも、自由騎士団ならなんとかなるかもね」
「そうだな」

 だが、そんな思いは覆されることとなった。


 その夜、この日は誰もが安心感により、大きく油断していた。そうでなくても大惨事と化した。




「紹介するよ、あたいの知り合いのシャムロック。まあ、もう分かってると思うけどね」
「それって・・・もしかして!?」
「ええ、私はこの巡りの大樹の隊長である前に今は無きトライドラの最後の騎士でもあるのです」
「あの事件にかかわった人間の1人がこんなことをしているなんて以外だな」

 簡単な自己紹介のあと、リエルはそう口にした。

「そんなことないよ。他の知り合いなんか国に携わる人物が冒険者として放浪していたりしたんだから」
「ちょっと、モーリンさん。それは言わない約束ですよ」
「なに言ってんだい。名前を言ってないから大丈夫じゃないかい」
「・・・絶対に大丈夫じゃない。・・・うげっ」
「あんた、いつも一言多いんだよ」
「あは、あははは・・・」
「・・・笑い事じゃないって」
 笑っているフィリィを横目で見ながら、リエルはシャムロックと話しをしている。
「・・・で、ちょっとお願いしたいんですけど」
「別にかまいませんよ。貴方の腕前、見せてもらいましょう」

 そういうと共に立ち上がり、それぞれの剣を構える。リエルは本来、短剣と長剣をあわせた二刀流だが、このときは長剣を構えている。シャムロックの剣と比べても刃幅は狭
く、もち手も若干短い。この剣は元々両手持ち用ではない。リエルの剣技に合わせるため作られたもので、この状態ではリエルのほうが明らかに分は悪い。

「普段どうりでいいですよ。なれないことをしても意味はありませんから」
「そう言ってもらえると助かります」

 その言葉を聞いてリエルは短剣も構える。独特ではあるが、その構えにはわずかなスキもない。

「では、参りますよ」

 その言葉と共に2人は駆け出した。幾重にも剣の重なる音がこだまする。

「すごい・・・」
「あのシャムロックと渡りあえるなんて、あいつも腕は確かってことだよ」

 2人の動きを見ながらモーリンは感嘆していた。

「でも、リエルの剣術って我流でしょ?正規の剣術を使っているシャムロックさんと比べても力以外は負けているんじゃ・・・」
「我流にしろ、基礎が出来ていないとリエルもあそこまでは出来ないよ。そういったところは召喚術も変わらないもんさ」

 のんびりとした雰囲気が、次の瞬間緊迫した状態に変わった。

「ぎゃあああっ!!」
「な、何、なんなの!?」
「まさか、はぐれ!?」
「いえ、違います。これは・・・」
「この気・・・メイトルパの魔獣だよ!」
 その悲鳴と気配を合図に、フィリィは銃に初弾を送り込み、モーリンは身につけていた武具を整える。

「こうなったらやるしかないね。二人とも、いくよ!」

 その言葉と同時に4人は駆け出した。




「な、何だよ、この数は・・・」

 声のした場所へ来ると、そこはいくつもの人の亡骸と、魔獣の体の一部とかなりの数の魔獣と戦っている騎士の姿があった。

「これは・・・あの時と同じ・・・」
「どうなっているんだよ、これは」

 シャムロックとモーリンからは信じられないといった顔だった。

「師範?」
「なあ、シャムロック。これはもしかすると・・・」
「おそらく、そうでしょう。そうでなければ、これほどの魔獣がいるということは・・・」
『まだあいつは生きている!?』
「全然分からないんだけど」

 神妙な面持ちの2人にリエルは困惑していた。

「こっちに来るわ!!」

 フィリィの声と共に、その考えは消えていた。暗闇の中にその数を見る。正確にわからないが、わかるだけで3ダースはいるだろう。

「ちょっと多すぎるな、これ」
「弾もそんなにないし・・・」
「フィリィはそんなに召喚術は使えない。きついな」
「ぼやいている暇は無いよ。少しでも気を緩めたらおしまいだからね!」

 そういうと、モーリンはその中心へ飛び込んだ。

「生き残りたいなら、今は何も考えないほうがいいですよ」

 シャムロックはそれだけを言うと、残っている騎士たちの指揮をとる。
「何も考えるな・・・か。考えるとしたら、この状況を抜けることだけだな」
「そうね、このまま死ぬなんて絶対にイヤだもん」
「なら、いくか!」

 それだけを話すと、二人は戦いの場に向かった。



後半へ続く



トップへ
トップへ
戻る
戻る