新たな決意〜Don't forget time now〜(前編)




「お願い、もうやめて!!」

 必死にあたしは「彼」にあらん限りの声で訴える。しかし「彼」はどんどん闇に染まり、もうほとんどあたしの声は届かない。

「やめて・・・やめてよ・・・」

 あたしは凍りついたように動けなかった。「彼」はどんどん近づいてくる。異形と化したした腕をあたしに向ける。

「いや、来ないで・・・」

 それが合図になり、腕は振り下ろされた。

「いやああああぁぁぁっ!!!!」

 その悲鳴とともにあたりは赤く染まった。





「っは!?」

 気がつくと、自分たちが宿泊している宿の一室のベッドにいた。

「ハア、ハア、ハア・・・」

 荒い息とともに服と背中が汗で張り付いていた。

「・・・夢?」

 そういって額をぬぐったとき、服に大量の血が付着しているのに気づいた。

「あ、あ、い、いやあああぁぁぁっ!!」

「フィリィ、しっかりして!!」

 その人の声を聞いてもフィリィには理性がほとんど働いていなかった。

「・・・ごめんねっ!」


パチン―


 乾いた音とともに少しずつ頬が熱く感じるのが分かった。

「あ・・・」

「もう、おびえないで。大丈夫だから」

 そういって優しく語りかけたのはファナンにいるはずのユエルだった。

「ユ、エル?」

「よかったあ。長く眠っていたから心配したよ」

「どうして、ここに?」

「モーリンから手紙もらってそのお使い」

「???」

「はい、これ」

 分からないフィリィの手にずしりと重い袋が手渡される。

「これ・・・お金とサモナイト石?」

 ここ数日の事件でお金がもうないこと、修行をかねて誓約を何度もして手持ちの作成用のサモナイト石がないことをフィリィは思い出した。

「それじゃ、ユエルは帰るね」

「あ、待って」

 ドアノブに手をかけたユエルにフィリィが静止をかける。

「なーに?」

「えと、その・・・リエル、は?」

「知らないよ。ユエルが来たときはもういなかったから」

「・・・そう」

 そう聞くとフィリィの顔が曇る。あのときの光景が今もはっきりとフィリィの中に焼きついている。

「何があったかわからないけど、早く着替えたほうがいいよ。その服、血のにおいが染み付いちゃっているから」

「うん、ありがとユエル」

 そういってユエルがいなくなったあと、フィリィはしばらく動かなかった。

「リ・・・ルの・・・バカ」

 ゆっくりと奥底に眠っていた信じたくない昔の記憶が溶け出し、長い苦痛がフィリィに確実にのしかかっていた。忘れようとしていたリエルと出会ったあのころの記憶を―





 人通りの多い繁華街にモーリンとミニスは話をしていた。

「そう、また見たんだね」

「ああ、けどフィリィははっきりと自分の意志を貫いたよ。多分、知っていたけど認めたくないんだろうね」

 暗い顔のままどこか別のところにいるような状況だった。思い出される、昔のリエルの姿。自分の危険な力を知ったとき、どれほど苦しんだか。どれほど悲しんだか。それはミ
ニスが一番分かっていた。意識がなく、フィリィを、そして自分達を殺そうとするほど暴れていたあのときを―





 フィリィが四歳のころ、ちょうど派閥の本部へ使いの人と一緒に来たが迷ってしまい、途方にくれていた。

「どうしよう・・・道・・・わかんないよう・・・」

 今すぐにでも泣きたいくらいだった。派閥のほうへと向かっていたのにいつの間にか路地裏へ迷い込んでしまっていたのだ。母親に会える―。そのはやる気持ちを抑えられ
ず、駆け出した自分が悪いのだが。

「ひっく・・・ひっく」

 ついに涙をこらえきれずあふれ出てしまう。それを聞きつけたのか、潜んでいたのか。ぞろぞろと人相の悪い大人達が近づいていた。

「譲ちゃんどうしたんだい?」

 一人がフィリィに声をかける。

「道に・・・っく。迷っちゃって・・・」

 少しは落ち着いたのか、ゆっくりとしゃべりだす。しかし、幼い彼女には分かるはずもなかった。優しい言葉を使い、よからぬことをしようとするなど。

「そうかい。で、どこに行こうとしてたんだい?」

「派閥の・・・本部・・・」

「派閥って金の派閥か?」

「うん・・・」

 大人たちの顔色が変わる。召喚師となれば、油断できない。このリィンバウムで最も人々があこがれ、同時に恐れる力を扱う者、召喚師―そのものの逆鱗に触れたら、無事
ではすまないだろう。だが、相手はまだ子供。召喚術は使えないと大人たちはそう踏んで、立てた計画を実行に移そうとした。

「じゃあ連れてってやるよ」

「ホント・・・・に?」

「ああ、だから安心しな」

 そういっているが、純粋な子供には分からぬ不気味な笑みを浮かべていた。

「ちょっと遠回りになるがね」

「えっ?・・・きゃあ!」

 いきなり髪の毛を無造作に引っ張られ、抵抗するにも届かない上引っ張られた痛みに耐えるのがやっとだった。

「や、やだあ、放して!」

「おとなしくしておいたほうがいいぞ」

 そういって一人男がフィリィの喉元にナイフを突きつける。その行動にフィリィはただ口をパクパクとさせるしかなかった。

「それでいい。あんまり使いたくねえからな」

 そういって男はナイフをしまった。

「召喚師の子供か・・・こいつは高く売れるかもな」

「これならあいつらも文句は言えねえぜ」

「・・・連れて行け」

「ぐげっ」

 そう一人が言ったとき、何かが一人に当たった。

「な、なんだ!?」

 一斉に振り向くと、そこには捕らえたフィリィと歳は変わらない少年がいた。

「なんだあ、このガキ。大人にそんなことしていいなんて思ってるのか?」

「大人気ないよなあ。こんな子供に手をかけるなんてさ。それくらい分かんないなんて」

 手に持った大きな石をもてあそんでいる。

「こんのガキィ。調子に乗るんじゃ・・・うげっ!?」

「ガキだからってバカにするなよ」

「うっ・・・」

 そういって大人達をにらんでいる空色の目は、野生動物のように鋭かった。

「この野郎、やっちまえ!」

 一人の合図が聞こえたとき、少年も動いた。子供の体格をいかし、迫っていた男達を翻弄する。

「こんのお、ちょこまかしやがって」

「どこ見てんだよ」

「めげっ」

 わずかな隙を突いて少年は男を一人倒していた。

「・・・あとは」

 同じことを繰り返したあと、その場には少年とフィリィをつかんでいる男と3、4人の男だけになっていた。




「ぜい、ぜい・・・」

 夕暮れになるころ、勝負はついた。あちこちにあざとすり傷が出来ていたが、何とか男達を倒し、少年は荒くなった息を整えていた。

「だ、大丈夫?」

「う・・・うん」

 まだ恐怖が抜けないのか、拘束がなくなったフィリィは立ち上がろうとせず、その場にペタンと座っている。

「立てるかい?」

「うん・・・きゃっ」

 立ち上がろうとしたが、力が入らず、前のめりに倒れそうになる。

「おっと」

 疲れた体に鞭打って少年は何とかフィリィを支えた。

「あ、ありがとう・・・」

 彼の支えに甘えつつ一言礼をいうと、フィリィはたずねた。

「あの・・・金の派閥の本部の場所は?」

「派閥って、もしかして召喚師!?」

「うん、まだ使えないから召喚師じゃないんだけど」

「使えない?」

 少年にもっともな疑問が浮かぶ。

「あたしまだ見習いでもないし、その知識だってないから普通の人と変わらないの」

「はあ・・・」

 召喚師は簡単に召喚術を扱えるというのが人々の常識。だが実際は親に教えてもらったりして見習い召喚師として初めて召喚術を学ぶのだ。

「まあ、そういうことは分かんないけど・・・派閥の本部まで案内するよ」

 小さなフィリィの手を引きながら、少年は走った。自分に、彼女に負担をかけないように。





 ミニスは不安に感じていた。しばらく逢っていない自分の娘。逢いたい一身で走り出し、迷ってしまったこと。自分から会いに行けばよかったと後悔しても仕切れなかった。

「あれは・・・」

 走ってくる小さな人影。自分の娘だと分かるが、それ以外にもう一人少年が先立って連れている。おそらくこの街の住人だろう。そうミニスは思った。

「フィリィ!」

「・・・お母さま」

 そのままミニスはフィリィのそばへ駆け出した。

「よかったぁ。逢いたいのは分かるけど、迷ったら意味がないのよ?裏路地だったらなおさらよ」

「ごめん・・なさい・・・グスッ」

 顔を見た途端、フィリィは泣き出した。

「もう、泣かないの。大丈夫だから、ね?」

 フィリィをあやすとミニスは少年に向き直った。

「貴方が連れてきたのね」

「え、ええ。行きがかりだったので」

 少年はどこか困ったような顔で答えていた。

「ちょっとじっとしてて」

 そういうとミニスは簡単な呪文を唱える。

―我が声聞こえしものよ、彼の者に癒しの加護を―

 詠唱が終わるころ、小さなゆがみからいくつもの光の粒子が少年に降り注がれる。

「わあ・・・」

 初めて見る召喚術に少年はどこか驚きと好奇心でいっぱいだった。その光はどこか暖かく、安心できるようなものだった。

「さ、これで傷は大丈夫ね」

「え?」

 そういわれあざができたところを見ると、跡形もなく消えていた。

「何があったかは分からないけど、その怪我を見たら貴方の親はびっくりするでしょ?」

「あ・・・」

「これは娘を連れてきたお礼よ」

 そういってミニスは笑った。おそらく、フィリィが野党か何かに絡まれたのを助けたのだと体中のあざやすり傷を見て察したのだろう。だからお礼という形で召喚術を使ったの
だ。

「すごい・・・。モーリンさんのストラよりすごい・・・」

「貴方、モーリンを知っているの?」

 顔見知りの名前にミニスは驚いた。確かに彼女はこのファナンでも有名な人物で、顔が広い。だが3,4年前にゼラムに道場を開き、今はそこで生活している。

「家が近かくて昔よく遊びに行ってたから」

「そう・・・」

「あの・・・」

 どこか落ち着いた顔でフィリィは少年に声をかけた。

「いろいろ、ありがとう」

「いいよ、困ったときはお互い様だし」

「また、会える?」

「会えるよ、きっと」

 そういって話している二人は自然だった。会ってそんなに経っていないとは誰も思えなかった。

「名前、聞いてもいい?」

「う、うん」

「あたし、フィリィ」

「僕はリエル」

 それが二人の出会いだった。





 暑さを感じる季節、ファナンの街は豊漁祭の準備で人々があふれていた。そんな中をフィリィとリエルは走っていた。

「ほら、こっち」

「どこまでいくの?」

「もうすぐだよ」

 二人が訪れたのは水道橋の上だった。

「うわあ・・・綺麗」

 フィリィが見とれるのも無理はなかった。その上から見るファナンの街並みは、光のコントラストが屋根を鮮やかに照らし出す。

「夕方になると、もっとすごいんだ。街中が赤一色に染まってこの時間見る景色とはまた違って綺麗なんだ」

「でも、今日はお祭りだからもっと綺麗かも!?見てみたいなあ」

「お祭りか・・・一緒に行けるといいけどな」

「うん」

 いろいろなところを見回り陽が高くなるころ、金の派閥に戻ってきていた。ここは観光案内として広場は開放しているが、中は違う。だが、リエルはミニスから入所許可証をも
らっている。そのため、召喚師でないリエルは普通に入ることができる。

「ただいま!」

「おじゃまします」

「あら、いらっしゃい」

 すっかり顔見知りとなったリエルにとってミニスのいる議長室に唯一入ることのできる数少ない人物となっていた。

「ねえ、お母さま、今日リエルと一緒にお祭りに行きたいんだけど・・・」

「お祭り?そっか、今日は豊漁祭だったわね」

「いいわよ、いってらっしゃい」

「ホント!?」

「さすがに今日は一緒に行くのはもう終わるころになりそうだし一緒に楽しんできなさい」

「うん!」

 うれしそうなフィリィと一緒にリエルも楽しそうに早くもお祭りを待ち遠しくそわそわしていた。それを見たミニスとファミィは娘・孫のうれしそうな顔が自分達で出せないのがどこ
か悲しいものがわずかに出ていた。





 陽が沈み、街中がにぎわいだすころ、二人は街へ繰り出した。

「どれからしようかな?・・・あ、これおもしろそう」

 そういってやってきたのは射的屋だった。

「やってみる?」

「うん」

「じゃあ、2人分で」

「二人なら40バームだ」

 ミニスからもらったお金から白金の硬貨を二つ取り出し渡す。それぞれに五発のコルク弾が渡される。フィリィは玉を込めるのに時間がかかり、一発撃つころにはリエルは三
発目を込めていた。

「よし・・・あれにしよう」

 フィリィが狙ったのは召喚獣をモデルにしたぬいぐるみだった。しかもかなりの大きさがある。しっかりと狙いを定め、引き金を引いた。


ポン― ぽて


「・・・うそだろ」

 リエルは思わず手が止まってしまった。落としたぬいぐるみはフィリィには少し大きすぎるものだった。しかもなれた人でもこれほどのものをしとめるのは難しい。

 結局フィリィは5発ともすべて当ててしまった。ぬいぐるみ大小合わせて3つ、ブローチ2つを手に入れ満面の笑みを浮かべている。一方のリエルは、最初に当てたお菓子とバ
ングルだけで、持ちきれないフィリィのぬいぐるみ2つを手にしている。フィリィの抱えているのは初めに取った大きな耳が特徴の召喚獣プニムのぬいぐるみだ。

 このころからフィリィの射撃の腕はかなりのものだった。しかもこれが初めてでこの腕とは本人も思っていなかった。

「あ、花火!」

 人ごみを避けるため、二人は昼間訪れた水道橋に来ていた。そこから見る花火は絶景だった。遠くまで見渡せ、人もそんなにいない。まさに一人占めという気分だった。

 だいぶ時間が過ぎ、そろそろミニスたちも街に出ているだろうと思い、リエルは一度街中へ行こうと思っていた。

「フィリィ、そろそろ戻ろう?」

「・・・ん」

 そういってフィリィを見ると、半分寝かけていた。

「フィリィ、こんなところで寝るとまずいよ。ほら起きて」

「ううん・・・」

 もはや彼女は半分夢の中にいた。

「・・・どうしよう?」

 射的などで取った商品があるため、さすがにいい案は思い浮かばなかった。

「あ、リエルだ」

 声がして振り返ってみるとそこにはユエルが手にお菓子をいっぱい入った袋を持って近づいてきた。

「ユエルさん」

 リエルも知っているため、安心感があった。

「よかったぁ。あの、この子運ぶの手伝ってほしいんだけど」

「うん、いいよ。どこまで運んだらいいの?」

「金の派閥」

「いいよ」

 そういうと、お菓子の袋を置いて、軽々とフィリィをおんぶする。

「これ、置いてていいの?」

「大丈夫、ここユエルしかこないから」

 あっけらかんと答えたリエルは何も言えなかった。リエルがぬいぐるみ三つをなんとか抱えると、そのまま派閥本部へと向かった。





 そして事件は起こった。祭りも終わり、人々が眠りについたときだった。

(うう・・・体が・・・熱い・・・)

 リエルは体の異常を感じていた。どうしようもなく熱く、体がきしむような感覚も出てきている。

「・・・エル。・・・し・・・りし・・・」

 かすかに声が聞こえる。

(誰?聞き覚えがある・・・)

 そして声の主に気づく。

(フィ・・・リィ・・・)
 その意識が覚醒したとき、惨劇の幕が上がった。





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