リエルはいまだ男を追いかけていた。能力を使えばすぐ捕まえられるが、いくらなんでも人が多すぎた。下手をすれば、「人の形をした化け物がいる」と、騒ぎになりかねな い。 「ちくしょぉ・・・なんであんなにスイスイと行けるんだよ!」 いくらなんでも差は広がるばかりだ。打つ手なしか、そう思ったときあることが浮かんだ。短剣を鞘ごと取り出すと、柄の先に長い鎖を取り付けると、街中の明かり台に向かっ て短剣を投げ、引っかかったことを確認すると、そのまま勢いに任せて移動する。そんなことを繰り返すうちに、距離は少しずつ縮まっていった。 「ハア、ハア」 息を切らしながらひたすら走り続けた。後を振り返ってみると、男の一人が追いかけてくる。一人はテテが完全に止めたが、ポワソは悲しいことに、やられてしまい、やむなく フィリィの手で帰されている。 「待ちやがれ!このガキ!」 「ひえええ」 待てといわれて待つ人はまずいない。フィリィはなるべく狭い道を選びながら、何とか逃げようと必死だ。そして、幾度か角を曲がったころ、人通りの多い道に出た。その中か らひとつ、見覚えのある影が明かり台や、洗濯物を干した竿などに鎖を引っ掛けながら近づいているのが分かった。 追っかけている中、リエルは見覚えのある人物を見つけた。レモンを入れたような紅茶色の長い髪を、淡い赤のリボンで髪をまとめた少女。 そして二人はお互いの姿を見るなり叫んだ。 「そいつを捕まえてくれ!盗人だ!」 「追っかけているゴロツキを何とかして!」 そして― どすっ ごんっ こんっ 「お、おでこぉ・・・」 「また・・・これかよ」 フィリィは盗人と正面衝突、リエルは勢い余ってゴロツキの上に乗っかっていた。 「大丈夫〜?」 「なんとか・・・」 二人立ち上がると、リエルは盗人からお金の入った袋を取ると、中身を確認した。 「よかった、中身は無事だ」 「う〜。はやいとこ役人に引き渡しましょう」 「そうだな」 顔を見合わせた二人は疲れた声で言った。 「そうはいかねえな」 振り返ってみると、そこには顔にいくつもの傷を持った男がいた。 「俺たちの部下を可愛がってくれたようだな。その礼をさせてもらうぜ」 「なんでこんなときに・・・」 「こんなのが出て来るのよぉ」 嘆いているが、すでに動けない状態だった。周りは囲まれ、さらにその周りは火の粉が降りかかるのを恐れた街の人達の群れ。完全に不利だった。 「やっちまい・・・」 「どわぁ!」 いきなり男の一人が吹っ飛ばされ、見るとその男の近くにいた二人も声なく倒れていた。 「よってたかってするなんて、あんたら情けないねー」 「師範!?」 「どうしてここに!?」 そこにいたのはモーリンだった。しかもリエルと自分の荷物も一緒に持ってきている。 「簡単だよ、リエルが追っかけたとこってここに行き着くんだから。ま、フィリィも一緒だから探す手間も省けたし、あれだけ騒ぎになれば気づくよ」 「こ、このアマぁ。かまやしねえ、やっちまいな!」 「はん、やれるもんならやってみるんだね!」 その言葉を期に、一斉に動いた。モーリン、リエルは片っ端から近づいた相手を殴り倒していく。フィリィも護身術を用いて何とか対応していく。 「さすがにちょっと多すぎるね」 難なく倒しながらモーリンは素直な感想をもらす。どう考えても、昔より筋力は弱くなっている。長引けば不利になる。 「こ、こいつら化け物か!?」 男の漏らした言葉に前線で戦っている二人に聞こえた。 「誰が」 「化け物だって?」 「ひ、ひい・・・」 リエルとモーリンの目はかなりの威圧感があった。リエルは以前混血児という理由でひどい目にあっているうえ、安易に発言することを自分のように受け止めるため敏感にな っていた。モーリンは昔、ファナンの下町で用心棒をしていたとき、ゴロツキからその男勝りの性格で結構損をしている。だからこの二人に『化け物』という言葉は禁句なのだ。 「しーらないっと」 現状を悟ったフィリィはそっとその場から離れた。なぜなら― 「まだ口が聞けるんなら、手加減はいらないな」 「どうやら、もっとグーで殴られたいみたいだね」 二人ともそろって指をパキポキと鳴らすと、まさに鬼神のような猛攻でゴロツキたちを殴り倒していった。逃げる間も与えぬほどに。 「な、バカな。うぐっ」 いきなり鈍い感覚がリーダー格の男を襲った。フィリィの放った威力を抑えたロックマテリアルの一撃だった。 「悪く思わないでね」 フィリィの声が男の耳に届いたとき、聞きなれない言葉が続いた。 ―マーンの名の下にフィリィが願う。水に住まいし民よ、我らに迫りしものへ裁きを与えよ 淡々と召喚の準備に入る。 ―我呼びし汝の名はローレ・・・ 「きゃあ!!」 いきなりどこからか、ナイフが投げられ、中断された。 「させるかよっ!」 見ると、テテが抑えていた男だった。あの時ぶつかったせいでテテは自動的に帰されたのだろう。しかも最悪なことに、魔力の込められたサモナイト石を落としてしまったの だ。幸い暴発が起きなかったのが救いだったが、石は男の近くに落ちていた。 「これさえなければ召喚術なんて怖くないさ!」 そういうなり、男はサモナイト石を踏み潰そうとする。 「だ、ダメえっ!!」 このままではこの街自体が崩壊しかねない。やむなくとっさに銃を取り出し、引き金を引いた。その軌跡は男の肩に刺さっていた。それと同時に駆け出し、サモナイト石を手 に取ろうとする。しかし、遅かった。男が転倒する際、手から離れたナイフがサモナイト石を突き刺していた。サモナイト石に無数の亀裂が生じる。その隙間から魔力が流れ出 す。 「お願い、間に合って!!」 手にした瞬間、フィリィの視界は光に覆われた。 「!?まさか!!」 さすがに魔力の揺らぎに気づいた二人は、そのほうへ視線を向けると、フィリィの姿は光の中に消えていた。 「う・・そ・・・だろ?」 リエルはその光景を見てひざを突いた。その目にはこれから起こることに対する恐れがあった。 「・・・・っ。みんな、早くここから逃げるんだ!召喚術が暴発を起こしちまうよ!」 モーリンの強い言葉に、今まで傍観者となっていた人達は一斉に慌てだす。あるものは泣き叫び、あるものは必死に逃げようとする。しかし、その間にも光はどんどん大きく なっていく。 「リエル、しっかりしな。今は被害を抑えることを考えるんだよ」 しかし、そんなモーリンの言葉も今のリエルには届かない。まるで人形のように。 (あれ?なんか体が軽い・・・。それに、なに?この感覚) 暖かい不思議な感じが体を包んでいるように感じる。 ―おきてください。主(あるじ)。 (えっ?) どこからか声が聞こえる。優しそうな女性の声。これには聞き覚えがある。 「ローレライ・・・なの?」 ―それだけではありませんよ、主。 「あ・・・」 そっと目を開けると、まばゆい空間の中に自分が誓約した召喚獣が目の前にいた。 『貴女が手を差し伸べたおかげで、今、危険な力は抑えられています。』 「危険な・・・?そうだ、街は?リエルたちはどうなったの!?」 『今は膨張を続けています。しかし、このままでは世界を滅ぼしかねません』 「そんな・・・。あたしのせいで・・・この世界が!?」 ローレライの言葉に、フィリィは愕然とした。 『しかし、貴女ならそれを何とかできます。我らが守りし宝珠の力により、それを自分のものに変えるのです。貴女の魔力ですから扱えるはずです』 「でもっ」 『信じる心、それがあれば貴女にとって良き力として我らも少しですが、誓約の本来の意味を果たすことが出来ます』 「誓約の・・・本来の意味?」 すう、とローレライがフィリィの前に来ると、彼女の手に何かを握らせた。鮮やかな緑色と紫色をした小さなガラス玉くらいの大きさ、その中から強い光を放っている。 ―信じています。貴女が我らと交わした誓約を果たせることを・・・。 そういうと、異界の友は姿を消していた。一人残されたフィリィは友の言葉を信じ、祈った。守るべきもののために。 「光が・・・消えていく・・・」 モーリンはあっけにとられた。自分たちの近くまで来ていた光が、いきなり弱くなっているのだ。 「・・・リエル、見てごらん」 わずかにリエルは光を追うと、その中心にフィリィの姿があった。 「生きてた・・・」 リエルから安堵の息が出る。 「へっ、脅かしやがって。何にもならなかったじゃないか」 声を震わせながら、リーダー格の男はフィリィを見た。 「貴方たちには分からないでしょうね。もし、間に合わなかったら、この世界は破滅していたんだから」 そういうや否や、銃を構える。しかし、その銃の形は変わっていた。二箇所に不思議な光を放つ玉がはまっており、つい先程まで使っていたものと比べても少し、ごつい形に なっている。 ―マーンの名の下にフィリィが願う。 その言葉に、一同緊張の色が出る。 ―水に住まいし民よ 友誼の誓いを持って我に力を。 淡々と詠み上げる呪文は明らかにローレライのもの。しかし何かが違った。銃についている玉のひとつが光り輝いている。 ―愚かなる者に裁きを示せ。汝の名はローレライ、不断なる者を正すために! 呪文の詠唱が終わるとともに引き金を引く。そこからローレライが現れ、一直線に男に向かっていく。 「なっ・・・ぐあああっ!」 男にぶつかる直前、ローレライは水をまとい、そのままぶつかった。 「ど、どうなってえるんだ!?」 リエル、モーリンは驚くしかなかった。使い込んでいくうちに、その品に魔力の影響を受けることがあるが、それはフィリィのやった力まではもたない。 男が倒れると、ローレライも光に包まれ、元の世界へ帰っていった。それとともに、フィリィはその場に倒れた。 「フィリィ!」 あわてて駆け寄ると、フィリィは静かな寝息を立てていた。 「はあ〜っ。気が抜けた・・・」 そのままペタンと座るなり、どこか拍子抜けした声をあげた。 結局、この日は野党の引渡しや、巻き添えになった人々の世話となっていた。フィリィはかなりの魔力を消費したため、しばらくは起きそうにない。普通に考えてもあんな召喚 術はありえない。どうしたらあんなことが出来るのだろう。そんなことを考えながら眠りにつく。 このせいで、結局あのことをいえぬまま満月の晩を迎えようとしていた。何も起こらないことを願って― 第4話へ続く
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