目覚めのとき〜neo summoning〜(前編)



「リエル、ホントに大丈夫?」

「ああ、おかげでだいぶ体も楽になったよ」

 あれから二つの街と村を越え、西へ向かう街道を進むため、はじめの街で一日休んだあと、それから一週間は襲撃もなく無事に旅は続いている。

「それより、今度はお前が倒れるなよ」

「え?」

 何かとげのある言葉にフィリィは一瞬困惑した。

「召喚術の練習しているだろ?時々よくドアの開く音がしてるし、見てみれば道具を持っていってるのが見えているし、その日の朝はいつも寝不足になっているから分かるよ」

「あう・・・」

 何とかこっそり練習していたが、ばれていた。

「まあ、そうするのはいいけど連中はいつ襲ってくるか分からないんだぞ?」

「わかってるわよ。だから練習してるんじゃない」

「残りの石はちゃんとあるんだろうな?」

「・・・あと3個・・・」

 それを聞いたとたん、リエルは呆れていた。

「次の支部はまだ先だぞ?それまでに戦える術はあるのか?」

「ロックマテリアルと、ローレライと、エールキティに、テテ、プニム。あとリプシーにプチデビル、聖母プラーマかな」

 思ってよりは扱いやすい回復、攻撃の術をきちんと作成していたようで、リエルも安心した。
「あたしだっていつまでもリエルに戦い続けさせるなんてこと、考えてないわよ。自分でしないといけないことって、意外と多いから」

「そうだな・・・」

 ぼんやり空を見ながらつぶやいた。昼間にも月は見える。その月を見ると満月に近い形、今夜ばかり、リエルは普通にいられないことを考えさせられる。

(陽が落ちたらもう寝よう。けど・・・)

 考えに影を落とす。こういったときこそ奴らの狙ってくるチャンスかもしれない。そう考えると街の人に迷惑がかかる。

(こればかりは避けられないかもな・・・)

「・・・ル、リエルってば!」

「え?」

 いつの間にか考え事で周りが見えていなかったようだ。

「やっぱり疲れているんじゃない?今日は宿を見つけて早めに寝ましょう。何か起こる前に」

「うーん・・・」

「あ、もしかして今夜も抜けると思ってるの?」

「あ、いや」

「あたしだって行き倒れるのはいやよ?今夜は体を休めたいし」

 それはもっともな話だ。無理をして本当に行き倒れになったら馬鹿みたいである。

「そうだな、そうしよう」

「特に、あんたはゆっくり休めなさいよ。また無茶してほしくないもん」

 最後のほうは小声だったが、それでも聞き取れないリエルではない。

「わかったよ。どうせ寝るまであーだこーだ言いそうだしな」

「なんですって!?」

「なんでもない」

「ふざけないでよ、またそうやってごまかすんだから!」

 もはや言い争いとしかいえぬ状況になっていた。





 ちょうどおなかがすくころ、二人は街についた。派閥の支部がないのをのぞけば、どこにでもある街だった。

「やっぱり活気付いてるわね。この街も」

「そうだな。さて、なに食べようか?」

 大通りを進みながら食事をするため、繁華街へ向かっていた。お昼時ということもあってか、多くの人でにぎわっている。今のお金で行けば、あと2、3泊できる位はあるはず
だ。

「そーね、手軽にパスタは?」

「パスタか・・・」

 そう相談しているとき、リエルは背後から何かを感じた。おぞましいほどの殺気、だがこの殺気は誰なのか分かる。それを考えるとリエルの体から血の気が引いていく感じが
した。

「・・・来る」

「え?きゃあ!」

 フィリィを突き飛ばすと背後に迫っていた者に蹴りで攻撃を受け流す。

「あう・・・やっぱり・・・」

「いたたた。ちょっとリエル、いきなりなに・・を・・・」

 その人物を見たとたん、フィリィは何もいえなくなった。

「まったく、女の子を突き飛ばしておいて、攻撃を受け流すなんてなに考えてるんだい?」

「そっちこそいきなり殴ろうとしてたくせに、よく言えますね・・・」

 年のころは30位だろうか、日に焼けた肌に動きやすそうな服装、リエルが受け止めている腕には格闘家が使うグローブをしていた。女性なのにまるで男のように力はあっ
た。この人こそ、リエルに武術を、フィリィに護身術を教えた人物で、ミニス・ユエル同様、二十年前の真相にかかわった人物。

「そろそろ引いてもらえますか、モーリン師範」

「んー、悪いけど何でここにいるかを話したら引いてあげるよ」

「引く気ないくせに・・・あだっ」

 ポツリとつぶやいた言葉が聞こえたらしく、モーリンはリエルの頭を空いている手で思いっきり殴った。

「なんか言ったかい?」

「あ、あのー師範」

 いつの間にか二人の横に来ていたフィリィはモーリンに声をかけた。

「へ?フィリィ、何でここに!?」

「それはこっちのセリフです。てっきり北に行ったのかと思いましたけど」

「・・・まさかあんた、旅に出たのかい?」

「そうですよ。リエルも一緒に」

「それじゃあ・・・」

「まさか、自分からミニスさんに頼んでおいて忘れてたんですか!?」

 思わずリエルから大きな声が出る。

「あっちゃぁ・・・」

 そんな三人を周りの人達は避けるように通っていることに気づいてもいなかった。





 公園に来た3人は、モーリンのおごりで買ったパンケーキを食べながら話していた。道場でのこと、ゼラムの城でのこと、そして、しばらく前に戦った、あの男のことを。

「ふーん、そんなことがあったのかい」

「ふーん、って・・・あのですね、こっちは命からがらだったんですよ!それを平気そうに言わないでください!」

 思わずリエルは声を張り上げた。

「まあ、あたいが見てないからそういった風にしか言えないのは事実だし」

「あの時もこんな風だったんですか?」

「あの時?」

 フィリィの言葉にモーリンは首をかしげた。

「ミニスさんから話を聞きましたよ。二十年前の」

「なっ」

 リエルからの言葉にモーリンは驚きを隠せなかった。

「・・・知ったとなるとこりゃ協力するしかないね」

『え?』

「リエルはあたいと2,3日一緒に修行だよ。いいね?」

「はあ・・・」

「フィリィは今の召喚術をきちんと扱えるようにすること」

「はあ・・・」

「じゃ、早速始めようかい?」

 不敵なモーリンの笑いになぜか二人は寒気を覚えた。





「さ、準備はいいかい?」

 荷物を置いた二人は向き合う形になっていた。人通りのまばらな公園、この時間なら修行の邪魔をする人はいない。言葉を聞くとともに、リエルは身構える。無論、剣ははず
して荷物と一緒にしてある。

「それじゃ・・・いくよ!!」

 モーリンの声と同時に動き出す。その動きは鍛錬された者のものだった。互いの攻撃を受け流しつつ、確実に攻めている。リエルは一切能力を使っていない。自分自身を強
くするために。無論、稽古のときは能力を使わない。そのため、リエルは動いて攻めることをしなかった。そうすれば自然と使うかもしれない、そう考えたからだ。

「へえ、だいぶ腕上げたんじゃないのかい?」

 リエルの攻撃をあっさりとかわしながら、素直な感想をもらす。

「あれだけやれば当然、かな?」

「確かに場数はこなしているけど・・・」

「・・・おわっ!」

 思いもよらなかったモーリンの一撃に、リエルは転倒する。

「死線は別みたいだね」

「つ〜っ」

 頭を打ったらしく、さすりながら起き上がる。

「まだまだ、これじゃすぐやられるな」

「・・・なあ、あんたまだフィリィに言ってないんじゃないのかい?」

 モーリンの言葉に、リエルは身構えるのをやめた。やめたというより、身構えられなかった。

「迷っていたらあんたは強くなれやしないよ」

「わかってます。けど・・・」

「不安かい?」

「・・・」

「あんた、そんなんじゃいくら稽古をしても本当に強くなれないよ」

「え?」

「あたいの知り合いに、あの事件の発端にいた奴が、自分を殺してまで大切な人を守ろうとしたんだ。復讐というかたちでね。」

 どこか懐かしむようにモーリンは言った。

「けど、守ろうとすればその人はどんどん強くなっていった。それすら気づかず見失っていたんだ。けど、最後にはちゃんと気づいて本当に強くなったんだ」

 話を聞くほど、今の自分と重なる。フィリィは強くなっていく、それに対しての焦りと自分の中の不安が合わさり、自分を見失おうとしている。

「早いうちにきちんと話すんだよ。今のあんたじゃ明日にでも潰れちまうよ。そんな姿、あたいは見たくないからね」

 モーリンは知っている。リエルの内に秘めた力を。ミニスから話を聞き、自分を磨かせるために武術を教えた。しかし、リエルはあの時から変わっていない。満月の日が近づく
につれ、どこか落ち着かないところがあった。それを知っているからこそ余計に焦りがあった。

「そう・・・ですね。けど、どうしても怖くなるんです。覚えてないって言っても、一歩間違えたらミニスさんも殺していたかもしれないから・・・」

 ぬぐえぬ過去。あの時気がついたら手や服に血がついていた。大怪我をしたとしかいえないもので、何が起こったのかわからなかった。あとでファミィから自分の中にメイトル
パの召喚獣の力が流れている、と聞くまで知らないでいた。以前から母親は何も言わなかった。自分を気づかってのことかもしれない。けれど、そのショックは大きかった。父
親がメイトルパの召喚獣で、母親は派閥に属さなかった召喚師の末裔。

 命令を与える者とそれに従う者、相容れられぬ存在のはずのものの間に生まれた自分。母親がどんな召喚師なのかは知らない。召喚師としてあるべき家名をとうの昔に捨
てていた上、今はもうこの世にいない。ファミィもリエルの素性についてもこれ以降のことは知らないし、手がかりもない。

「けど、あんたも分かってるはずだよ。あんたはそれを克服するために頑張ってきたじゃないか。」

「そう・・・ですね」

 弱々しい返事しか返せない。どうしても踏み出す勇気がない。

「言う、言わないはあんたが決めるしかないんだよ」

「・・・・・・この修行が・・・終わって・・・旅を再開するまでに・・・」

「・・・。そう決めたんならあたいもそのときはちゃんとフォローはしてやるよ」

「・・・はい!」

 もう、リエルに迷いはなかった。つらいことでもいつかは知られる。2,3日ならあの日まで間に合う。何があっても素直に話すことを決めた。

「そういや今日の宿を決めてなかったんだ。ちょっと探してきます。」

 そういって自分の荷物へと駆け寄ろうとした瞬間、不自然なことに気づいた。

「あー!!」

「げっ!?」

 思わず声をあげてしまった。いきなり見たら泥棒がいたのだ。それに気づいた男は一目散に走り去る。

「あ、待て!!」

 置いてあった剣を用心のため身につけ、急いで後を追いかけた。

「そういやここいらはああゆうのが多いって話だからねえ・・・。と感心している場合じゃないね。フィリィのとこにも来ているかもしれないね」

 追いかけるリエルを見ながらつぶやいたモーリンの目は格闘家特有の目になっていた。とはいえさすがに荷物を置いていくのは危険すぎる。まださっきの仲間がいるかもし
れない。それに、自分の路銀も取られていることだってある。

「弱ったねえ・・・」

 誰に言うでもない言葉を発しながら動けずにいた。





 その少し前、フィリィは街の静かなところに来ていた。

「ここなら大丈夫ね」

 辺りを見回し。誰もいないことを確認する。本当なら街の外がいいのだが、さすがにあの連中が来るかもしれない場所で、召喚術の練習をする気にはなれなかった。こっそり
宿を抜けて召喚術の練習をした場所も、比較的すぐに帰れる場所だった。

「・・・よし」

 誓約したサモナイト石を見ながら、影響の少ない術を選ぶ。選んだのは鮮やかな緑色をしたメイトルパのサモナイト石。

―マーンの名の下にフィリィが願う。異界を旅し、人々の力になりしものよ、我が声によりてここに姿を現せ

 力ある声に反応して異界とのゲートが固定される。

―我呼びし汝の名はテテ。姿を見せよ、幻獣界に住みし精霊よ!

 力ある声に反応して、光の中からいかにも寒いところに住んでいるような動物に帽子とゴーグルをつけ、目は不自然なほど釣りあがって見える。呼び出したテテをひょい、と
腕の中に抱え込む。ちょうど抱え込めるほどの大きさだった。

「・・・可愛い」

 思わずテテをまじまじと見るなりぎゅっと抱きしめ、どこにでもいる女の子と化していた。無論、そんなことを知らないテテはどこか迷惑そうだった。

「そうだ、あと一個誓約しよう」

 そういってごそごそと誓約していない紫のサモナイト石と取り出す。テテをその場に置くと、精神を集中させ、誓約の儀式に入る。

―古き盟約の鎖ではなく、新たなる友誼を持って今ここに契りを交わさん

 高まる魔力をサモナイト石に注ぎこむ。それとともに、呼び出すものにまつわる者を呼ぶ呪文が自然と出てくる。

―霊界に住まいし天の使者の従者よ、フィリィ・マーンの名の下に我にその力を貸したまえ

 必要な呪文は唱え終わった。あとは名前をつければ誓約は完了する。

「汝の名は『ポワソ』!我と共に守るべきもののために力を!」

 強い光の後、その前に現れたのは星のマークの付いた変わった帽子をかぶった可愛いお化けだった。

「・・・」

「・・・?」

 やや沈黙の後、

「やーん、可愛すぎるぅ」
 テテ同様、いきなり抱きしめ、自分で呼び出しておきながらきゃあきゃあはしゃいでいた。無論、ポワソが迷惑そうにしていたのは言うまでもない。

「フーッ!!」

 いきなりテテが威嚇にも似た泣き声に、フィリィも我に返る。

「なに、どうしたの?」

 声をかけると同時に、背後から誰かが近づいてくるのが分かる。護身術を習っているせいか、こういったことにもはっきりと対応できるようになっている。

「・・・テテ、ポワソ、何かあったら助けてね」

 一言そういうと、相手のほうを見る。20歳位の大人2人が、なにやら気味の悪い笑顔を浮かべている。

「へえ、こんなところで何してるんだい?」

「貴方たちには関係ないです」

「そう言うなよ、どうせ迷ったんだろう?案内してやるからさ」

「悪いけど、あたしこう見えても旅をしているんです」

「そうかい、なら・・・」

 すっとフィリィに向け短剣を突きつける。

「有り金全部渡してもらうぜ」

 脅しがかった声でフィリィにせまる。しかし、そんな状態でもフィリィは堂々としていた。

「おあいにくさま、お金は連れに預けてるもの」

「なっ」

「まあいい、どうせあんたを帰す気はないんでね・・・」

「!?」

 一人の言葉にフィリィはわずかに息を飲む。

「あんたなら、高く売れそうだしな・・・。ククク」

「・・・今よ、お願い!!」

 そう言うと、後ろにいたテテが頭突きをフィリィに短剣を突きつけた男に食らわせ、ポワソはぽかぽかと隣にいた男を殴っていた。その隙に荷物を持ち、ある程度はなれるとポ
ワソたちに簡単な命令を与え、その場から逃げ出した。


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