秘めし願い〜kill's the beast blood〜(後編)





 夕闇が迫るころ、フィリィは窓辺に座っていた。

「ねえ、リエル。今から街へ出ない?」

「病人がそんなこと言うな」

 その一言であっさりと意見は却下された。

「いいじゃない、少し体を動かす程度だから。ね?」

「うーん・・・まあ、いいか」

「ホントに!?」

 ひとしきり悩んだあと、リエルはフィリィを外に連れて行くことにした。

「どうせ剣を取りに行かないといけないからな。そこまででいいなら連れて行ってやるよ」

「どういうこと?」

「ちょっと刃がもろくなっていたから鍛えなおしてもらっているんだ」

「そういえば、だいぶ使い込んでいたもんね」

「ああ。俺がいつも手入れをしていてももろくなったりするからな。それにこの先のことも考えておいたほうがいいからな。そこは弾丸も取り扱っているから買っておいたらどう
だ?」

「え、でもお金・・・」

「使わない荷物を売って少し余裕は出来たんだ。なんとかなるさ」

「・・・じゃあ、そうするわ」

「んじゃ、行くとしますか」

 大きく伸びをしながら二人は部屋を出た。





 剣を受け取ったあと、二人は露店で買ったサンドウィッチで簡単な夕食を済ませ、宿へ向かって歩いていた。

「あのお店にこの銃弾があるなんてね」

「ああ、意外だったな」

 二人は店での話で持ちきりだった。今ではリィインバウムでも珍しくないが、昔銃器は機界ロレイラルの誓約で作り出すか、機械遺跡での発掘により使われていた。そのた
め、銃弾はかなり貴重であった。フィリィの使っているものは特別なもので、12口径から44口径まで対応している。あまり使わないが、44口径でも反動が少なく扱いやすい形
に作られている。フィリィが買ったのは12口径より少し大きい弾で、一発で壁に穴を開けることも出来るピンポイントショットに適した弾だった。

「すっかり日が暮れちゃったね」

「ええ、わたし達も動きやすいですからね」

「だ、誰!?」

 突然の声に、慌てふためく。

「この声・・・まさか」

「察しがいいですね。その通りですよ」

「おまえはっ!?」

 声のほうを見ると、そこには草原であった人物がいた。

「言っておきますが、ここから逃げることは出来ませんよ」

「リエル・・・結界が張られてる」

 気配を探っていたフィリィから絶望にも似た声が出る。

「貴方がたにはここで死んでもらいます」

 その声とともに影が動いた。様々なところに隠れていた者たちが一斉に襲い掛かる。しかし、フィリィはもしものためサモナイト石をいくつか持ってきていた。

「我らを守りし加護を与えよ!ローレライ!!」

 解き放たれた魔力により、二人を守るようにいくつもの水柱が出現する。それにより、近づいた数人が捕らえられる。

「悪く思うなよ」

 そうリエルがつぶやくと、剣に手を伸ばすが抜かず、構える。

「我流剣・乱芭蕉!!」

 剣を抜くと同時に、いくつもの傷が捕らえられた男達につけられる。元はシルターンの剣士が使う「居合い」という技をリエルが改良して、作り上げた技。しかし、加減が難しく
まだ不完全で、相手と距離がありすぎたりすると扱うことは出来ないが、完全に自分のものにできればかなりのダメージを与えることも出来る。

「フィリィ、大丈夫か?」

「さすがに・・・魔力は・・・ほとんど・・・な、い・・わね」

 何度か同じことを繰り返し、今はリエルが一人でも相手できる数になった。しかし、フィリィの負担はかなりのもので、息が上がっている。魔力は完全に戻っておらず、連続し
て召喚術を使ったため今では立っている事もままならない状況だった。

「ちょっときついな・・・」

 思わずリエルから弱気の声が出る。

「これで終わりと思わないことですね」

「なっ」

「う、そ・・・で、しょ?」

 控えているものの後からいくつもの影が出てくる。
「ちくしょう、まだいたのか」

「ううっ」

「フィリィ!?」

 見れば、完全に限界を超えており、倒れかける。

「ごめん。足・・・引っ張っちゃって」

「いいからしゃべるな。後は任せろ」

「でも・・・」

「こんなところで死ぬなんて俺はいやだからな。最後まであがいて見せるさ」

 いつの間にか月明かりが辺りを映し出す。

「月?」

 ふと空を見上げる。吸い込まれそうなほど深い闇に無数の星が瞬いている。しかし、そこに月はなかった。この日は満月、しかし見当たらない。それに、眠っていても時々湧
き上がる衝動は起きない。

「どうなって・・・」

「貴方相手にもう結界は必要ないでしょう。逃げることも出来ますが、彼女を連れては無理でしょうね」

 そう言った途端、リエルの中で何かがはじけた。

「ぐっ」

 よく見れば男達の後ろに月はあった。そう、言葉の通り結界がとかれたのだ。

「あ、が、ぐ、ぐるるる」

 体中が熱く感じる。それとともに持っていた剣が乾いた音を立てて落ちる。その様子に男達も気づいた。

「フウウゥゥゥ・・・オオオオオォォッ!!」

 叫んだ途端、男達の視界からリエルは消えた。それと同時に男達の断絶魔の悲鳴が響き渡った。





 暗い路地をモーリンは走っていた。何かいやな気を感じてそこへ向かっていた。

「頼むから、無事でいておくれよ・・・」

 そうつぶやいたとき、彼女の耳にかすかな悲鳴が聞こえていた。





 形勢は完全に不利になっていた。瞬く間に自分の手下が殺され、誰も太刀打ちできない。月明かりの中うっすらと黒い何かが辺りにあふれていた。





「リエ、ル?」

 薄れ行く意識の中、フィリィはリエルの異変を見ていた。つめは異様に長く伸びて鋭く、目は殺気にも似た狂気の色がうつり、空色の瞳が朱に近い赤に変わっており、フィリィ
ですら見たことのない雰囲気を映し出していた。

「フウウゥゥゥ・・・オオオオオォォッ!!」

 獣に似た声をあげると、そこにはもうリエルの姿はなかった。それとともに目の前にいた男達の腹や肩から大量の血が飛び散った。中にはこれに混ざってフィリィに近づこうと
したが、リエルの一撃を喰らう。そして近づいていた者の悲鳴がフィリィの目の前で響き、大量の返り血をも浴びてしまうこともあった。

「ひっ」

 その状態にフィリィの意識は完全に覚醒し、動くことも出来ないでいた。無論、魔力を使い果たし、立ち上がれないというのもあった。ただ、震えることしか出来なかった。

「フィリィ!?」

「きゃあっ!!」

 不意に肩をつかまれ、名前を呼ばれ、フィリィはパニックに陥った。

「ち、ちょっとしっかりおしよ!?」

「あ・・・」

 その人物の顔を見た途端、フィリィは落ち着いていった。

「師範・・・」

「大丈夫かい?怪我とかしてないかい?」

 大量の返り血を浴びたこともあり、フィリィは怪我をしたと思っても仕方のない状況だった。

「あたしは大丈夫です。でも、リエルが・・・」

「分かってる。こればかりはあたいもどうすることは出来ないんだよ・・・」

「そん、な・・・」

「ユエルと戦わせて意識を失わせるか、強力な召喚術で動きを封じるしか方法はないんだよ」

「でも、そんなことしたら・・・」

 刹那、モーリンは何かを感じ、フィリィを突き飛ばした。それと同時にモーリンの肩にわずかな爪で割いた後が出来る。

「ぐっ・・・」

 いつの間にかあいては撤退したらしく気がつけば、そこにはモーリン、フィリィ、リエルしかいなかった。

「やっぱり、やるしかないのかい・・・」

 そう言ってすっと身構える。

「し、師範!!」

「フィリィ、あんたは逃げるんだ!」

「でも!!」

「いいから早く!!」

 普段見せない取り乱したモーリンの姿にフィリィは言葉をなくす。

「あたいだって無事じゃすまない。けどね、こうするしかもう方法はないんだよ・・・」

「だからって・・・」

 わずかにフィリィの肩が震える。

「だからって、そんなのあたしは見たくない!!誰かを失いたくない!!」

 あらん限りの声でフィリィは叫んだ。

「あたしは・・・誰かがいなくなってほしくない・・・だから・・・あたしはここに残る。それを止めるために」

 そういって銃を取り出す。これももしものときに備えていたものだ。

―マーンの名の下にフィリィが願う

「フィリィ、やめるんだ!」

 モーリンがあわててフィリィに声をかける。

「そんなことしたら今度は倒れるだけじゃすまないんだよ!?」

 昨日のミニスとの話が思い出される。

―すべてをつつみし花の精よ、我が友を救いし力の加護を我に与えよ

 言葉とともにメイトルパの宝珠が光りだす。

「お願い、力を貸して!ドライアードっ!!」

 解き放たれたそれは、女性の姿をし、頭に花冠をつけたメイトルパの精霊だった。リエルに近づくとともに甘い香りの霧が辺りを包み込む。ドライアードの持つ能力の一つ、魅
了である。これを破るには強い精神力が必要である。しかし、これはフィリィはまだ誓約をしていない術だった。

「グ、ガ、グルルルルル、ウウウウゥゥ・・・」

 リエルは今にも飛び掛りそうなほど威嚇に似た声をあげている。

「この術でもやっぱり・・・」

「まだ・・・。そう、だって訳じゃ・・ないわ・・・」

 ふらつき、倒れそうになりながらフィリィはリエルの元へ歩み寄る。無論、フィリィは今気力だけで動いているようなものだ。ただでさえ魔力が完全に戻っていない状態で立て
続けに召喚術を使い、さらにさっきの召喚術でかなりの疲労感をフィリィは自覚していた。

「お願い・・・目を、覚まして・・・」

 魅了の霧が立ち込める中、フィリィはリエルの目の前にいた。この状態ではフィリィでさえも自分の呼んだ召喚獣の術にかかる恐れがある。

「お願、いだか、ら・・もう・・・やめて。もう・・見たく・・・ないよ」

 言いながらなお歩み寄り、構えているリエルをそっと抱きしめた。

「お願い・・・だよ・・・も・・・・にも・・・・て」

 最後のほうはほとんど聞こえないままフィリィは気を失った。それとともに魅了の霧は消えていた。

「フィリィ!!」

 モーリンの中に最悪の状況が脳裏によぎる。そのままリエルは鋭い爪をフィリィに振り下ろした。しかし、リエルはすんでのところで止まった。それとともに、今までが嘘のよう
に月明かりが消えた。それと共にリエルの爪は元に戻り、瞳も元の空色になっている。

「お・・おれ・・・なにを・・・?」

「リエル!元に戻ったのかい!?」

「師範?・・・もしかして俺!?」

 抱きつき、眠っているフィリィと自分の服や爪についている血、そして周りに転がっている死体を見て何が起こったか信じたくなかった。

「俺は・・・また・・・」

「悪いのはあんたじゃないんだ。こんなことになったのは・・・」

「俺が・・・フィリィを連れて行かなかったらこんなことには・・・」

「リエル・・・あんた」

「俺は・・・俺は・・・―――!!」

 信じられないほどのリエルの叫びが闇に溶けた街に響き渡った。



第5話へ続く



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