昨日の事件から一夜明け、宿の一室には重い空気が漂っていた。あのあと、フィリィが倒れ、休ませているものの、いっこうに目を覚ます気配はなかった。 「何がどうなっているんだ・・・」 ベッドのそばのスタンドに置いていた銃を見て、今日何度目かになる言葉を発した。形状はあきらかに異なり、はめ込まれた緑と紫の玉。その玉からわずかな魔力を感じる。 一応召喚師の家系でもあり、初歩的な手ほどきを受けているためこれくらいは出来た。 「本人に聞くしかないか・・・」 小さなあくびを漏らすと、空いているベッドに体を預け、眠ることにした。ほとんど付っきりだったこともあり疲労が出たのだ。そのまま深い眠りに落ちていた。 陽の高い街の人ごみの中、モーリンは歩いていた。昨日の事情聴取もあり、詰め所に寄った帰り、見覚えのある人物を見かけた。 「モーリン!」 「ミニス!?」 顔を合わすなり、二人は素っ頓狂な声をあげた。まさかこんなところで会うとは思ってもいなかった。 「なんでここに?」 「ほら、昨日この街で不穏な魔力を感じたから調査に来たの」 「あ〜」 ミニスに尋ねた答えを聞いたモーリンは、愛想笑いにも似た笑いを上げると、目をそらした。 「もしかして知ってるの?」 「ん〜まあ一応は」 「説明してくれる?」 「別にいいけど・・・」 ミニスにそこまで言われ、モーリンは言いにくくなってしまった。しかし、ミニスをうまく巻こうとしてもいつかは分かる可能性もある。 「ちょっとここじゃいいにくいから今泊まっている宿に来なよ。そこで説明するから」 そういってミニスを宿へと連れ込んだ。ここから五分ほどの場所にあるところだったので、すぐについた。このときちょうど自分の部屋へミニスが入るころ、リエルは深い眠りに 落ちたところだった。 「ちょっと、何で二人がいるわけ!?」 「シー!声が大きいよ、ミニス」 「あっ」 部屋に入るなり、横になってすやすやと眠っている娘とその友人を見たとたん大声を上げた。 「たまたまこの街に来たときにいたからリエルに少し、稽古をつけさせていたんだ。そのときにこのあたりのゴロツキがフィリィのほうにもちょっかいを出してね、そのときに召喚 術で相手を少し退けようとしたときに邪魔されてね、相手がサモナイト石を結果的に壊したんだよ。それからはミニスが知っているとおりさ」 「そうだったの」 話を聞いてミニスは納得した。おそらくフィリィは加減をした召喚術を使おうとした。そのときに邪魔され、中断された魔力が無差別に暴走を起こそうとしていたのだと。 「ただ・・・ちょっと気になることがあってね」 「気になることって?」 「これを見てもらいたいんだ」 そういうなり、モーリンはフィリィの銃をミニスに見せる。 「・・・どうなっているの?」 「それはこっちのセリフだよ。フィリィが止めたんだけど、そのときに銃の形が変わっていたんだよ。そのうえ、召喚術をそいつに込めて撃ったんだよ」 「ウソ・・・」 「ウソなもんかい。あたいたちの目の前でそれをやったんだから」 そう聞いたとたん、ミニスの顔が青ざめていった。 「ミニス?」 「召喚術を使う際、杖や剣を媒介にして使うのが一般的なの。銃を媒介にしてもそんなことは起こらないのよ・・・」 「そんな・・・」 ミニスの言葉に今度はモーリンが青ざめた。 「誓約した召喚術は別のものに込めるなんてことはどうやっても出来ないの。そんなことをすれば暴発と同じことが起こるわ」 その言葉を最後に、部屋は静まり返り外の雑音しか聞こえない。やや経って― 「なあミニス、銃についているものは何か分からないかい?」 「えっ、うーん・・・」 じっと銃についている宝石としばらくにらめっこしたあと― 「かすかにだけど魔力を感じるけど・・・これが何なのかまでは分からないわ」 「そっか・・・。ちょっとフィリィを診てくれないかい?」 「えっ」 「昨日からずっと眠ったままなんだ。魔力の使いすぎだって思うんだけど・・・さすがにちょっと不安でね」 「・・・いいわ、そのへんは医者より分かるから」 そう言って見せたミニスの顔は一人の母親の顔だった。愛娘のことは心配だったらしくそっと手をかざすと、精神を集中させ魔力を注ぎ込む。一度他人の魔力を共有して強力 な召喚術を使ったことのあるミニスだからこそ出来る技だろう。 「思ったよりかなりの魔力を使い果たしているみたい。多分2,3日は起きそうにないかもね」 ある程度魔力を注いだあと、モーリンに簡単な状況説明をした。 「2,3日・・・ちょっとマズイよなぁ」 「マズイって?」 モーリンの言葉にオウム返しにミニスは尋ねた。 「その日ってリエルにとっちゃ一番おそれている日じゃないか」 「あ」 「あっちゃあ・・・」 「・・・まだ話してないの?」 「ああ。こりゃ何も起こらないことを願いたいねね」 横で気持ちよさそうに寝ている人物を見て、二人は憂鬱にも似たため息をついていた。 気がつくと、すでに陽が傾いて夕闇が広がっていた。 「いけね、寝ちまったか」 まだ視界の定まらぬ状態で立ち上がる。横では今もフィリィは気持ちよく眠っていた。 「目が覚めたかい?」 「師範」 「食事運んできてもらったから冷めないうちに食べちまいな」 そう言われテーブルを見ると、おいしそうなスープなどが並んでいた。 「・・・はい」 あんまり食欲はなかったが、さすがにお昼を食べていないだけに堪えていた。 「今夜はあたいが見ておくからあんたはゆっくり休みな」 「え?」 半分ほど夕食を消化したころ、モーリンが口を開いた。 「そろそろあんたはここに居辛くなるだろう?早いとこ眠るのが一番だよ」 「・・・分かりました。それじゃあとはお願いします」 こうしてフィリィが目を覚ますことなく一日は終わりを告げた。 翌朝、リエルは買い物をかねて街の中心地へ向かった。今のままではフィリィが眠って動けないこともあり宿泊費で尽きてしまうので、少し荷物を売りに来たのだ。 「ん?」 前のほうからたくさんの荷物を持った人がふらふらとこっちに歩いてきている。 「わとと・・・あわ、ひゃう!」 「いいっ!?」 倒れると同時に大量の荷物が散乱し、運悪くそのいくつかがリエルのほうに飛んでくる。 「っと、と、と」 何とか受けとめるとその人物に駆け寄った。 「だいじょうぶです・・・か?」 「ええ。すみません、ご迷惑をおかけして」 一目見ただけではかわいらしいというより人のいい男の人だが、頭に角みたいなものが途中で切り取られたみたいな形であり、よく見れば召喚獣だった。 「メイトルパの・・・召喚獣・・・」 「あのう、どうかしましたか?」 「へっ?あ、いや、なんでもないんで」 少しあわてながらリエルは散乱した荷物を集めた。 「これで全部ですか?」 「ええ、おかげで助かりました」 「しかし・・・いくらなんでもこれ限度を超えているような・・・」 積み上げた荷物を見ながらリエルはつぶやいた。いくら召喚獣といえ、これほどの量になれば当然視界も悪くなる。召喚した人の考えがまったく分からない。 「ああ、このくらいは当たり前ですよ。結構ご主人様の家はよく人が来るので」 「けどちょっとやり過ぎだろ・・・」 「おや、レシィじゃないかい」 「あ、モーリンさん」 声のしたほうを見ると、そこにはモーリンが立っていた。 「師範の知り合いですか?」 「ああ、そうだよ」 「・・・ホントに顔が広いよな、師範」 つぶやいた言葉を無視してモーリンは続ける。 「けど珍しいね。こんなところに居るってことは二人も来ているのかい?」 「いえ、ご主人様たちは任務でまだ戻ってきていませんよ。僕たちはリィナさん達の旅のお供です」 「ああ、そういや近いうちに修行の旅に出すって言ってたっけ」 「おーい、レシィくーん」 声のしたほうを見ると、リエルとそんなに歳の変わらない少女が二人、とても大人びた女性が近づいてきた。 「ああ、ティスさん、リィナさん」 「なんか嫌な予感がして、心配してきてみて正解ね」 肩辺りまで伸びた淡い赤紫がかった髪に、森に住む人が好むような鮮やかで、清楚で動きやすさを重視した服、目が悪いらしく、眼鏡をかけている。 「だけど、もともとはリィナがあれこれ買ったからでしょ?」 「むぅ」 三つ編みにした淡い栗色の長い髪に、清楚で、動きやすそうな服、日差しを避けるためかバンダナを巻いている。眼鏡をかけたリィナに一言いうと集めた荷物のいくつかを抱 える。 「何よ、自分だってあれこれ買っていたくせに」 「そ、それは必要なものもあったからそのとき少し買っただけじゃない」 いつの間にか口論に発展しかけていた。 「貴女はいつもなんでもすぐ買うところがあるんだから」 「いいじゃない、女の子はおしゃれする年頃なんだから」 「わたしだってそうしたいけど我慢しているんだよ?リィナが何でも買うからお金もうほとんどないのよ」 「あんたバカか。そういうときに売ればいいのよ。そうすれば戻ってくるんだから」 「・・・言っておくけど、売っても元値の半分以下なのよ」 「う・・・まあ気にしない、気にしない♪」 「あのねえ・・・」 「・・・なあ、止めなくてもいいのかい?」 横で見ていたモーリンはレシィにたずねた。 「無駄ですよ。この二人、こうなるとご主人様たちでも手を焼いているんですから」 「はー、あいつが手を焼くなんてねえ」 「大丈夫だよ、そろそろおとなしくさせるから」 そういって、一緒にいた女性が口を開く。黒く長い髪をなびかせ、鮮やかな模様の入ったこの世界では珍しい着物を着ていた。隣り合った世界のひとつ、鬼妖界シルターンの もので、着物の袖から水晶を取り出した。 「レシィくん、お願いね」 「ええ、分かりました」 「ちょっとハサハ。まさかこんなところで使うんじゃないだろうね?」 モーリンの顔から何かをリエルは感じていた。 「みなさーん、危ないのでここから少し離れてくださーい!」 警告し、人がそこから離れたことを確認するなりハサハは魔力を高め、解き放つ。 「・・・召雷!」 バチッバチィッ!! 「ぎにゃぁぁぁぁっ!!」 それは雷となってリィナ、ティスの上に落ちた。 「ひゃ・・・ううぅぅ」 「しびび、れれるうう・・・」 「・・・シャレになってないよ、これ」 「なんか、フィリィを見ている感じが・・・」 威力は加減してあるのだろう、二人は体がしびれる中なんとか立ち上がり、召喚術でお互いの負担を減らしている。 「へえ、サプレス・メイトルパの使い手かあ・・・」 思わずリエルから感嘆の声が漏れる。彼女達の使った術の属性は家系ごとに決まっている。しかし、時にはミニスのように違う属性の召喚術を使うものもいる。フィリィの家 は代々サプレスの家系なのだ。母親の影響もありまだ構成する力は弱いもののフィリィは二つの属性を使うことが出来る。無論、普通の召喚師でもかなり魔力が高いと別の 属性も使えるようになるが二つが限度だ。しかし、伝説とされる誓約者―後のエルゴの王―はすべての世界の召喚術を使えたとされている。 「あ、それだと、シルターンの召喚獣の主人は鬼属性だからフィリィとおんなじか」 「正確には違うね。ティスの父親と、リィナの母親の一族はかなり魔力が高くて一応すべての術は使えるんだ。だから固定されないんだ。」 リエルの疑問にモーリンが簡単に答える。 「へえ・・・って、ええっ!?」 「伝説とされる調律者<ロウラー>の末裔さ」 「調律者って、エルゴの王以前に最強って言われた召喚師じゃ!?」 「モーリンさん、それはご主人様からあんまり言わないようにって言われてるじゃないですかっ!!」 「あ・・・」 いきなり出た言葉にレシィは思わず叫び、モーリンは硬直した。 「師範・・・。最近物忘れが激し・・あがっ!」 問答無用といわんばかりにモーリンの裏拳が炸裂した。 「まあ、いつかは覚悟しないといけないからね。それは」 「それは、そうですけど・・・」 「レシィ君、そろそろ行きましょう。荷物まとめないと」 「そうですね。じゃあモーリンさん、もしゼラムに戻ることがあったらミニスさん達によろしく言っておいてください」 「ああ、わかったよ。ユエルも心配してるといけないからね」 「も、モ−リンさん!?」 面白おかしくいったモーリンの言葉を真に受けて、レシィは耳まで一気に真っ赤になった。 「あははははっ!冗談だよ」 「モーリンさんの場合、冗談に聞こえないんですよ」 「ま、気をつけるんだよ。なんか最近あたいらをかぎまわっている奴らがいるらしいからさ」 「モーリンも気をつけてね」 「それじゃ、失礼します」 ティスが軽く会釈をして人ごみの中に消えていった。 「さ、あたいらも買うもの済まして戻るよ」 そう促され、中心部を目指して歩き出した。 「う、んん・・・」 どのくらい眠っていたのだろうか、ぼやけている視界の中、だんだんはっきりと天井が見えてくる。 「・・・ここ、は?」 「気がついたか?」 「・・・リエル?」 横を見ると、リエルが見ていた。 「どのくらい、眠ってた?」 「二日だ」 「そ、そんなに寝てたの?」 「魔力をかなり使っていたからな」 「そうなんだ・・・」 「・・・で、これはどうなっているんだ?」 そう言うなりフィリィの前に銃を置く。 「・・・夢、じゃなかったんだ」 「フィリィ?」 「この宝珠はあたしの・・・ううん、召喚獣の力。あの暴発を止める際に力を貸してくれるって言ったの。だから抑えることが出来た」 「・・・けど、それじゃあ宝珠は残らないだろ?いくらなんでもおかしいぞ」 リエルから疑問の声があがる。 「そうよね・・・」 その辺りは本人も気づいていたらしく、考え込んでしまう。 「ま、なんにせよ今日は動けないからな。体を休めることだけ考えろ」 「うん。・・・ねえ、リエル」 「なんだ?」 「お腹すいたよぉ」 それを聞いたリエルは笑いをこらえていた。 「分かった。厨房借りてなんか作ってやるよ」 実は、この日の夕食からは、節約のため自炊することにしたのだ。元々リエルの腕はかなりのもので、レパートリーが広く、プロ顔負けなのだ。 「野菜スープとリゾットがいいな」 「リゾットは材料があればな」 そういってリエルは交渉をしに部屋を出た。 後半へ続く
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