街道に離れた草原地帯、そこにいくつもの人影が月の光に照らされてその影を映す。その中の一人に、十歳くらいの女の子を抱えている人物がいた。いくらあの少年が尋常 ではなくても、ここまでは来れない、そう考えていた。しかし、彼らの予想は次の瞬間、見事にはずれたことを知ることになる。信じられないほどの速さで、自分たちとの差が埋 まっていくのだ。あれほどあった差はほとんどない。彼らの足取りが、意図も簡単に分かってしまった理由は分からない。どう考えてもありえないことだ。ここまではどんなに急 いでも三十分はかかる。しかし彼は短い時間でここまで来ていたのだ。仕方なく、何人かがその場に残る。しかし、それをあざ笑うかのように、彼は跳躍すると、残ったものた ちを飛び越え、駆け出す。信じられない光景に、その場にいた者たちの動きは止まった。 リエルは今、相手にしている暇はなかった。そうしていたら確実に見失うことになる。そうなればフィリィを助け出すことは出来ない。だからこそ最大限まで能力を引き出し、彼 らを追いかけていた。しかし、体力面では人間の部分が出る。リエルも長い時間、能力を引き出すことはしていない。さっき、彼らを飛び越えたときからほとんど気力だけで動い ているようなものだ。 「いけるか?」 そうつぶやいたとき、何かが飛んでくる気配を感じた。素早く横に跳び、さっきまで自分がいた場所を見る。そこには、十字の形をしたものが地面に刺さっていた。 「誰だ!」 声をあらわにすると、目の前に顔を隠した男が立っていた。 「貴方でしたか。私たちの計画を邪魔したのは」 その言葉の意味をリエルは理解していた。目の前の人物が、今回のことを計画した張本人だと。 「・・・なるほど。ゼラムであんたの部下をのしたやつの顔を見に来たわけか」 そういうなり身構える。フィリィの銃を使えばいいが、彼はこういうことは駄目なので接近戦にもちこむしかなかった。 「それもありますが、貴方をここで倒すためにきたのですから」 そういって彼も身構える。二人ともまったく隙がなく、緊迫した空気が流れる。しかし、長いことこうしているわけには行かなかった。確実にフィリィを連れている連中との差は ひらいている。吹き続けた風がやんだとき、二人は動いた。 「はあっ!」 「ふん!」 リエルの重い一撃を平然と受け止め、なおかつ投げ飛ばす。しかし、もともと身軽なリエルは、空中で体勢を立て直し着地と同時に攻める。しかし、相手はリエルの動きを見 切っており、すべて流されてしまう。能力を引き出した力すべてを。 (強い・・) 直感で分かる。しかし、こうしている時間がリエルには一時間にも二時間にも思えた。 「こんのぉ!」 気力を振り絞り、一気に猛ラッシュも仕掛ける。さすがに相手も防戦に回るしかなかった。しかし、どれもが受け流され、決定打は決まらなかった。 「やりますね・・・」 「ハア、ハア・・・っ」 相手は平然としているが、リエルは立て続けに気力で攻撃を仕掛けたため、体に膨大な負担がかかっていた。 「その様子では、貴方もここまで来るので体力が尽きているようですね」 悔しいがそのとおりだった。ミニスから長く能力を使うことを止められていた。これは異世界の者の力を無理に使っているようなもので、下手をすれば死ぬことと同じなのだ。た だ、メイトルパは動物が生きていくうえでの本能の部分が多いうえ、人にもあてはまるためか、ある程度はリエルも平気だった。しかし、ここまで気力で戦ったリエルにとってそ のときのミニスの言葉がどうしても脳裏によぎる。 「確かにな。けどな・・・人質を捕ったり、物を盗んだりする卑怯な奴にどうこう言われたくないね」 「そうですか・・・ならそろそろ貴方には消えてもらいましょう」 そういうなり男は一気にリエルとの間合いとつめる。しかし、リエルもこれを狙っていた。 ―我が声聞こえしものよ、フィリィ・マーンの名を借りてここに命じる。盟約の鎖ではなく、友と戦うための力を!― ポケットに入れていたサモナイト石のひとつを取り出し、魔力を込める。扱い方はミニスから聞いているのでこのくらいは出来る。自分は召喚師の血を引いているため、普通 の人が使うより効果は高い。あとは自分の気力と精神力が持つかどうかだった。そしてリエルは持ちこたえることが出来た。魔力が安定し、異界とつなぐゲートが作られる。心 を落ち着かせ、その世界の者の名を聞く。その声がリエルに聞こえる。 「いでよ、ローレライ!」 その名を叫んだとき、異界とリィンバウムを結ぶゲートが固定され、その中から光が降りてくる。現れたのは槍を持ち、簡単な鎧をまとった女性。しかし、下半身は魚のもの、 メイトルパの水中で暮らす者の特長である。 「いっけぇー!」 リエルが叫ぶとともに、迫っていた男を囲むかのように、いくつもの水柱が竜巻のように渦を巻いて起こり動きを封じる。無論、この日は雨など降っておらず、そういったことは まず起こりえない。答えは簡単、ローレライが出したものなのだ。水の中に暮らす部族だからこそ出来る芸当でもある。この隙に、リエルは一気にフィリィを連れた連中を追いか けた。 息を切らしながらひたすらリエルは追いかけた。もはや能力に頼っていられる状態ではなかった。さっきの召喚術で気力、体力をかなり消耗している。今でも体のあちこちが 悲鳴を上げているのだ。よくてもあと一回が能力の限界だった。 「頼むから、持ちこたえて、くれよ」 途切れがちになる言葉を必死につなぎ、追いかける。その途中、馬車が見えている。そしてその馬車はゆっくりと動き出す。ランプの明かりもなく。ここぞとばかりに一気に加 速する。能力を使っていないにしろ、それでもリエルの速さは尋常ではなかった。駆けつけるとともに一気に跳躍し、馬車の上に乗る。さすがにこればかりは能力を使うしかな かった。 「くっ、厄介だな・・・」 馬車の屋根の上で息を整える。しかし、とどまることはしなかった。このままいけば、フィリィを助けても今以上に逃げ出すのは難しい。 「・・・・・・よし」 意を決したリエルは、馬車の手綱を握っている男を一撃で声を出す暇を与えず倒す。それとともに何人かが気づいて顔を出す。それを片っ端から殴り倒していく。おとなしくな り中を見ると、今も気持ちよさそうに眠るフィリィの姿があった。 「フィリィ、しっかりしろ。おい」 「ん・・・なによぉ、もう朝なのぉ」 ゆすり起こすと、眠そうに目をこすりながら起き上がる。どうやら何もされていないらしい。 「しっかりつかまってろ。振り落とされても知らないからな」 「ふぇ?・・・きゃあ!」 彼女のそばにあった自分の剣を身につけるなり、フィリィを背負うと一気に能力を使い、馬車から離れる。その動作に、彼女もはっきりと意識が覚醒する。 「ちょっと、何が・・・」 「しゃべると舌をかむぞ」 それだけを言うと、彼女もおとなしくなった。 程なく進んだころ、両端を固めるように、黒装束を装った人物がいた。 「やっぱ殴っとくんだった・・・」 このときになってリエルは後悔した。多分あの時倒さなかった連中だろう。ここに先回りをして、一気にたたく、そういったところだろう。現に今、その者との差は埋まっていく。 すでにリエルは戦える状態ではない。となれば一人しかいない。 「フィリィ、何とかして追い払うんだ」 「ち、ちょっと!」 「銃はポケットに入れてる。頼む」 「・・・わかった。やってみる」 覚悟を決まるとリエルのポケットから銃を取り出す。朝、何発か撃ったが、弾倉にはあと六発入っていたはずだ。落としたりしないよう気をつけながら、銃のロックをはずす。 「これ、使った?」 「出来ると思うか?」 「それもそうよね」 声でなんとなく分かる。リエルが銃の扱いは下手なのはよく分かっていた。迫っている数は四つ。ここ以外の追撃を考えると、弾を無駄に撃てない。 「いい、あたしがひとつでもはずしたらこっちに勝機はないと思ってよ」 そういうなり、右側にいた一人を狙い撃つ。その弾丸は正確にそのものの動きを封じる。それがきっかけになり、ほかの連中も迫ってくる。しかし、冷静にフィリィは、月明かり の中正確に狙い撃つ。 「ふう・・・」 背中越しに安心したフィリィの安堵の息が聞こえる。それに気づいてか、リエルにも安心感が出てきた。彼が自ら倒れこむように転ぶまでは。 「いたたた・・」 リエルが倒れる際投げ出され、フィリィは腰から落ちていた。さすりながら起き上がると、かすかな魔力を感じた。本人は知らないが、リエルが使った召喚術の影響だった。 「はぐれ・・・じゃ、ないわよね?」 一般的にはぐれ召喚獣は、主人を失った召喚獣が野生化したり、人に迷惑をかけたりするようになった者をさす。まず普段見かけるわけではない。その中には魔力を持つ召 喚獣もいる。その力による被害もいくつかあるのだ。 「う・・・」 「リエル!大丈夫!?」 わずかに声が聞こえる。声のしたところへ近づくと、リエルは力なく、起き上がることもままならなかった。 「大、丈夫、だ。疲れ、ただけ・・・だか、ら・・・」 「ち、ちょっと!」 そう言うと深い眠りがリエルを襲った。ここまで能力を使い、すでに肉体的にも精神的にも限界で、体はいうことをきかない。今のリエルは最悪な気分でもあった。 「もう・・・バカ」 小さくそういうと、リエルを担いで休憩所へ戻った。おおよその位置は自分でも分かっていた。 何かと疲れた一日だった。休憩所で寝ているリエルを見てそう思う。いくらあたしを助けるためとはいえ、かなりの無茶をしている。でも、リエルが気づかないのはおかしい。 だって、何かを感じる勘は鋭いし、武術を学んでいるからそういったところは敏感のはず。・・・もしかしたら、最後のはあたしの思い込みかもしれない。今になって考えれば、ど んな人でも油断する。そういった意味であたしはどこかリエルに甘えていたのかもしれない。でも、無理をして助けてくれたリエルのことを思うと、一人だったら何も出来なかっ た。ただ従うだけしかなかったかもしれない。そう考えるだけでも怖い。そう考えると、お母さまがリエルと一緒に旅をさせたのはこういったことなのかもしれない。母親なりの心 遣い、今まできちんと話すことは出来なかったけど、ちゃんと心配してくれている。だから最後まで頑張りたい。その思いを無駄にしないために・・・。 「ありがとう・・・ちゃんと守ってくれて」 今も眠っている彼にそうつぶやくとあたしは眠ることにした。なんだかんだ言っても、心配してくれてる。身近にいる信頼できる人、その人に自信を持ってもう大丈夫、って言え るようになりたい。ううん、ならなくちゃいけない。もう、こんな無茶をさせないために・・・。 情けなかった。隙を突かれ、フィリィを連れて行かれるなんて。ミニスさんや師範が知ったら怒るのは間違いない。むしろ、師範からは容赦なくグーで殴られる。 陽がだいぶ高く昇るころ、目を覚ますと、心配そうな顔でフィリィが見ていた。今にも泣きそうな顔を見て、新たに心の中で誓いを立てた。フィリィのためにどんな目に遭っても 守り抜くことを、自分できちんと身を護れるまでそばで戦い続けることを。 「そうだったんだ。それでわずかな魔力を感じたんだ・・・」 昨日あった話を聞いて、フィリィがどこか納得したような顔で俺の話を聞いている。次の街は目の前に見えている。そこへ急ぐこともせず、気ままにのんびりと歩きながら話し ている。昨日のこともあり、俺を休ませる意味でそこでもう一夜明かすことにしたのだ。もちろんこの意見はフィリィのものである。実際、今も体のあちこちが痛む。これから先、こ ういったことが続くとなると俺の体が持たない。能力にいつまでも頼っていられない。今回のことでそんなことを思い知らせれた。 誰かが言ってた。「力と強さは違う」って。それが今回のことでよく分かる。能力に頼れば、いいかもしれない。でもそれじゃ俺が今までにやってきたことは無駄になる。そうし たら、あのときの自分が常に戦う際に出てくる。それが一番怖い。そんな不安と別に、あの男はこれから先、何度も出てくるだろう。そのとき、きちんと勝てるようになりたい。今 のままじゃ絶対負け、この世にはもういないだろう。それどころか、あの自分を抑えていかないと、フィリィも傷つける。 そんな思いが現実に起こるのは、そう遠くなかった。次の襲撃で・・・。
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