陽が高く上るころ、二人は潮の香るファナンの大通りを歩いていた。 「久しぶりね。ここに来るの」 「そうだな、豊漁祭以来だもんな」 ここ、ファナンは以前小さな漁村だったが、ゼラムで仕入れの荷物を裁けなくなり、ファナンを荷揚げ港として開いたのがだいぶ昔だ。ここにはファミィが議長をしている金の派 閥の本部がある。 「そういえば、昔本部が何者かに襲われちゃったんだよね・・・」 フィリィのその言葉にリエルは息を呑んだ。 「知ってる?あの事件、派閥は最近まで調べていたんだけどついこの間打ち切ったみたいよ」 「へえ・・・そうなんだ」 リエルは必死になって声が震えるのを抑えた。あの事件はリエルの力が暴走して起きたものだが、ついこの間までの捜査をしていたとは初耳だった。そしてその捜査を打ち 切ったのはおそらく、ファミィとミニスがほかの人たちにばれるのを防ぐためなのだろう。 「さ、必要なもの早く買いに行きましょ」 気がつくと港の近くまで来ていた。 「あ、俺ちょっと用事があるから別々に行動しよう」 「は?」 思わずフィリィは目を丸くした。 「あんた、今この街に知り合いなんていたっけ?」 「師範の実家だよ。一応あそこを留守にするわけだし・・・」 疑いの目で見ていたフィリィをちゃんとした理由で納得させた。 「そっか、じゃあ終わったらパッフェルさんのお店で待ち合わせましょう」 「ついでだから、薬とかは俺が買っていくよ」 「もしなかなか来なかったら派閥のほうに来て。あそこにいるから」 「わかった。じゃ、あとで」 そういって二人は一度別れた。 リエルと別れて程なく、フィリィは金の派閥本部の入り口にいた。見るからに派手な建物だが、聖王家の近くということもあり、ここは結構街の人々から信頼されている。ほか の支部よりまともというのは、ひとえにファミィの手際のよさというものもある。 「さて、ちょっと勉強になるものでもあるかな?」 ここ派閥本部は、召喚師に資料などを提供している。そのためフィリィもときどきここにきて、勉強のため資料などを見に来ている。 「あら、フィリィちゃん」 ふと名前を呼ばれて振り返ってみると、そこには早めにファナンに戻っていたファミィがいつもの笑顔でたたずんでいた。 「お婆さま」 「出発前に早速参考になるものを探すなんて、よく考えましたわねえ」 「あ・・・。ちょっとリエルが用事を済ましてくる、って言ってたので時間が余っちゃって」 「そう。でもフィリィちゃん、召喚術は知識だけでは成り立ちませんよ」 「わかってます。いくら知識があってもそれをいつ、どこで使うか経験をつんで覚えることも大切ですから」 「それともうひとつ、正しく召喚術を使えても時と場合によって、恐ろしい力をも呼び込んでしまうことがこれから増えてしまうこと」 「あ・・・」 「それらを頭に入れないと大変なことになりますよ」 「はい」 孫娘といえども厳しい言葉、この金の派閥をまとめるファミィらしい言葉だった。その意味を幼いフィリィでも十分に分かった。 「ああ、そうだわ。これを渡しておくわね」 そういってファミィが取り出したのは、小さな飾りのついたペンダントだった。 「これは私が今の貴女くらいの時に持っていたお守りです。大切にしてちょうだいね」 「え、でも・・・」 「いいのよ。今の私が持っているより、貴方に持っていてほしいの」 「・・・分かりました。大切にします」 手渡されたペンダントを握り締め、笑顔で答えた。 「そろそろリエル君も用事が終わるころじゃないかしら?」 気がつけば、だいぶ時間がたっていた。確かにもう待ち合わせ場所にリエルは来ているかもしれない。 「いっけなーい。一応場所を決めていたけど、もう来てるかも・・・」 「早く行ってあげなさい。あまり待たせたら失礼ですよ」 「はい。それじゃお婆さま、行ってきます」 笑顔で元気よく答えたフィリィは、ファミィに手を振りながら待ち合わせ場所へ走っていった。 「なんだか昔のミニスちゃんを見ているみたいですわねえ」 のんびりと、懐かしむような感じでファミィは見送っていた。 ちょうどそのころ、リエルは買い物を済ませ、フィリィのいる派閥本部に向かうための荷物整理の途中だった。モーリンの家を訪ねたがもぬけの殻で、近所の人に尋ねるとし ばらく誰も帰っていないそうだ。そのため早く買い物が終わってしまったのだ。 「いくらなんでも、早すぎるよなあ」 両手に持っていた荷物を、いくつか詰め込みつつ一言漏らした。 「あ、いたいた」 聞きなれた声に振り向いてみると、まだ派閥本部にいるはずのフィリィが駆け寄ってきていた。 「フィリィ?まだゆっくりしててよかったのに」 さすがのリエルもこれには驚きを隠せなかった。 「ちょっと思ったよりなかったから早く切り上げたの」 「そっか。・・・ん?」 「どうかした?」 「あ・・・いや、なんでもない」 一瞬、何か光るものが見えた気がしたが、フィリィはそんなものはあまり持っていないし、身につけたりはしない。しかし、出発の前になにかを持ってきていたのかもしれな い、そうリエルは思った。 「それより、何か食べよう。朝はろくなもの食べてないし」 「そうね、どうせだからどこに行くかも決めましょう」 そう二人は決めると、大通りへと引き返していった。 陽が傾きかけたころ、二人は一路南を目指し歩いていた。話し合った結果、もし、路銀がつきた時のことを考え、なるべく派閥の支部のある場所を探した結果、南から三つの 街と村を越え、西の海岸線を通る道を行くことにした。関所の近くまでは定期的に出ている馬車を利用し、関所を越えてからはほとんど歩き詰めだった。東の空を見ると、夕闇 に染まっていた。 「このままじゃ日が暮れるわよ、リエル」 「参ったな。関所で時間を食ったから休憩所につければいいほうだな」 「ってことは・・・」 「今日は野宿だな」 「どうするのよ、食料はないわよ」 「俺だってあんなことになるなんて思ってないんだから仕方ないだろう?」 ほとんど口論となっていたが仕方ない。早めに関所に着いたものの、何かあったらしく、一時閉鎖となっていた。そのためやっと関所を越えたのが今から1時間ほど前なの だ。二人の行く次の街は、閉鎖されていなければ今頃ついていたのだ。 「仕方ない、近くで食べれるものを探そう」 「あう・・・。ね、あれって休憩所じゃないかしら?」 フィリィの指差すほうを見ると、街道の横に掘っ立て小屋見たいなものが建っている。 「多分そうだろうな。この近くだと地図に載っていたからな」 よく見れば、ほかの旅人もその建物の中に入っていく。そのうえ、馬車から何かの荷物を下ろしていたのが見えた。 「今夜は何とかなりそうね」 「ああそうだな」 顔を見合わせるなり二人は、その建物を目指し競うように走り出した。こういったところは二人とも子供だったのかもしれない。 「これだけの人がいればあの連中も手出しできないかもね」 荷物を下ろし、腰を降ろしながらフィリィは、周りに聞こえないように行った。彼らのほかにも何組かの旅人が思い思いに話をし、それぞれの時間をすごしている。 「おい、昨日のことを思い出せよ。そう言っていられるものじゃないだろうが」 「あ・・・」 声を潜めているものの、二人の話は物騒なものだった。下手に話をすれば、ここにいる人達がパニックになるだろう。 「そうね、気をつけないといけないわね」 「俺が少し起きてるから、何かあったらすぐに起こすからいいな?」 「ええ、お願い」 「あの〜、よかったらこれ食べてくださいね」 「あ、どうも・・・あー!」 閉鎖されていたから近くの街の人か、役所の人が食料と毛布を渡しているのを、二人は入ったとき分かったが、二人に配りに来た人には見覚えがあった。いかにもどこかの 使用人かウェイトレスの格好をし、フィリィ同様、長い髪をひとつに束ねた女性だった。 「パッフェルさん!?」 「あれま、何で貴方たちがここに?」 「もしかして・・・こんな所までアルバイトに来たの?」 彼女は聖王都と、ファナンでいくつものお店で毎日アルバイトをしている。そのため二人はよく見かけていたし、話をすることもあったので知っている。 「そうなんですよー。臨時のお手伝いのお給金がよかったんで、かっ飛んで来たですよ」 「毎回そんなことしてよく体壊しませんね・・・」 「ホント、普通なら絶対倒れてるわよ」 二人は呆れた声で言った。本当に体を壊すことなく、いつも平然としているのだ。 「こう見えても結構体力には自信があるんですよー」 「・・・だからって無茶苦茶ですよ」 「って言うより貴女っていつまでも若いわよね」 「・・・言えてる」 「そんなことより、貴方たちはどうしてこんなところまで来たんですか?」 「修行の旅に出ることになったの」 「そしたら関所でなんかあってここにいるわ・・・」 「ちょっと、話してないで手伝ってくれ」 リエルの言葉をさえぎるように、旅人に食料を渡している人の声が響いた。 「あ、はーい。今行きますー。それじゃ、またあとで!」 そういうと同時にパッフェルは、別の人に配る荷物を持ってバタバタと配っていた。 「相変わらずすごいわね、パッフェルさんて」 「本当だな。さ、俺たちも早いとこ食べて寝よう」 「そうね、なんか疲れちゃった・・・あふ」 ここまで歩き詰めということもあり、渡された食料を食べ終わると疲労と強烈な睡魔により早々と眠りについた。外はまだ、わずかに夕闇が残る時間だった。 ふと、リエルが目を覚ますとあたりにはほかの旅人がつけたわずかなランプの明かりしか残っておらず、まだ慣れていない目で見てもすでにパッフェルや手伝いに来ていた 人達の姿はなかった。 (なんだかんだ言っても、俺も相当疲れてたんだな・・・) そう考えてもおかしくなかった。いくら慣れているとはいえ体は正直に反応を示している。暗闇に慣れたといっても、いつも以上に目の焦点があっていない。リュックからランプ を取り出すと火をつけ、そばに置いた。これで2、3時間は持つだろう。その明かりにフィリィの寝ている姿があった。いくらランプの明かりでも顔はわずかしか見えないが、静か な呼吸が聞こえる。 「心配しすぎ・・・だな」 納得するような小さな声でつぶやくと気分転換をかねて、そっと外へ出た。雲ひとつない暗闇に、星と月の明かり以外何も存在しない。今宵の月は半月よりやや進んだ形だ った。それはちょうど真上の空にあった。 「半月後、大丈夫かな?」 月を見て、誰に言うでもなくつぶやいた言葉に、リエルは顔を曇らせた。まだフィリィに自分の力のことを話していない。こうして月を見ていると、どうしても暴走のことを考えず にはいられなかった。出発の朝、フィリィに励ました自分を思い出すと、矛盾したことを言っていたようなものだ。 「情けないな・・・」 いつの間にかつくづくそう考える自分がいた。そうつぶやいても仕方がなかった。 「・・・考えすぎなのはお互いさま、かな」 何度となくもらしたつぶやきから何も考える気力はもうリエルにはなかった。 建物の中に戻るとリエルはある違和感を感じた。すべてのランプの明かりが消えていたこと、それはリエルがつけたランプも含まれることを意味していた。 (まさか・・・) リエルの中にある答えが浮かぶ。これまでに襲ってきた連中の仕業だと。急いで自分たちのいたところへいき、ランプを置いてあった場所を調べると見事にランプは壊されて いた。 「やられた・・・」 とっさにフィリィの荷物からランプを取り出し、明かりをともす。ランプがあるのはファナンで買ったものを詰め込む際、フィリィの荷物の中にあったのを見ていたので、すぐに取り 出せた。あたりを照らすと、フィリィの姿はなかった。そのうえ、自分の剣がなくなっている。 「ちっ!」 自分を責めながら、フィリィの荷物から誓約されたサモナイト石と銃を取り出す。制約されたサモナイト石なら、召喚術について知識のない者でも扱うことが出来るが危険すぎ る。一応リエルはミニスから自分の力について知るために簡単な召喚術の説明を聞いているため、ある程度の知識はある。後は自分がきちんと出来ればいい。知識があって も、時にそれは暴発というかたちで発動する。そうなれば、この辺り一体は火の海にもなる。急いで外に出ると、五感を研ぎ澄ます。メイトルパの住人は、嗅覚や、聴覚が発達 しており、動物本来の力を生まれつき持っている能力が生き残る本能として働いている。無論、響界種であるリエルの体の半分にはメイトルパの血が流れているので、そのく らいはある程度自分でコントロールできる。わずかながら、いくつもの足音が遠ざかっていくのが聞こえる。その方向を確認すると、一気に駆け出した。フィリィを助けるために。
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