eternal promise





 何気なく私は屋根の上から星空を見上げることが多くなった。彼が帰ってからもう半年が経つのに、まだ心に穴が開いたように感じてしまう。

「ハヤト・・・」

 その名前を口にするたび張り詰めていたものが一気に解けてしまう。

約束するよ―

「守ってください。あのときの約束を」

 私はただ泣き続けるしかなかった。彼が帰っていったあの時のように・・・





「・・・と。勇人」

「ふぇ、何?」

 昔から仲のよい夏美の声で現実に引き戻される。

「なんか最近ボーとしているのが多いよ?」

「なんか一週間前と比べても雰囲気が変わっているしな」

 籐矢も同じ疑問の声があがる。

「そ、そうか?」

「でも、2人のことももっともですね」

 夏美の横に座っていた綾も口を開く。まあ、確かに綾とは同じクラスだけど。

「そこんとこ、どうなのかなー勇人」

「う・・・」

(ヤバイ・・・)

 思わず冷や汗が出そうになる。仲の良い三人に話しても俺がリィンバウムのことは信用してはくれないと思うからだ。わずかな時間でも俺にとっては覚めることのない大切な
人達と過ごした思い出が確かにある。

「そ、それよりそろそろ行こうぜ」

「ごまかさないで教えなさいよ」

(な、なんか夏美がリプレみたいに見える・・・)

 思わず懐かしい名前が出る。リィンバウムで世話になった人物が浮かぶ。

(みんな、元気にしているかな?)

 なんとか逃れながらそんなことを考える。

(クラレットは、やっぱり泣いているかな・・・)

 ふと、彼女のことを考えてしまう。忘れられない最後の決戦の後、彼女と交わした約束を思い出す。

約束、してください。また、どこか出会えると、私を見つけてくれると―

(それを、俺は破ってしまったんだ)

 いまだにあのときの約束が俺を苦しめているのは事実だった。それを無視して俺は誓約者としてリィンバウムの結界を張りなおした。けど、それがいかなる召喚術を受け付け
ない強固なものだけに、それを破るには俺がもう一度張りなおすしかないのだ。






「はあ・・・」

「ん、どうした?ため息なんかついて」

 フラットの広間には子供たちを除いて全員が集まっていた。一人を除いて。

「なんか、見てられなくて・・・」

 手に持っていたマグカップをテーブルに置くとリプレは席につく。

「クラレットか」

「うん。昼間はいつもと変わらないんだけど、ここ最近ああやっていることが多いから・・・」

「そうだな」

「無理もねえよ。あいつが帰ってもう半年になろうとしているんだ。今までああならないほうが異常だったのかもな」

「ガゼル、それは言いすぎよ」

 すかさずリプレの反撃をガゼルは食らう。

「確かにあれから二、三日はみんな落ち込んでいたけど、クラレットは必死だったじゃない。ハヤトの世界に行く方法を」

「そりゃ、そうだけどよ」

 リプレの言うとおり、ハヤトが帰って暫くはみんな元気がなかった。今まで当たり前のようについていた明かりがいきなり消えたように。

「けど、召喚術を使えない以上どうしようもないのはあいつが一番分かっておるんじゃろう?」

「ああ」

「なんでアニキはそこまでしたのか今となっちゃ分かんないもんなあ」

 重い空気が辺りを包む。それから誰もそのことに話すことはなかった。






「なんか久しぶりだね、みんなでここに来るなんてさ」

 夏美が周りを見渡しながら三人に声をかける。

「確かに小学校以来ですね」

 綾も懐かしそうに見ている。四人がやってきたのは日の暮れた公園だった。

(・・・ここから、始まったんだ)

 三人が懐かしい話で盛り上がっているとき、勇人は一週間前のことを思い出す。

(ここでクラレットの声が聞こえて、リィンバウムに召喚され・・・)

「なーにたそがれてるのよ」

「いてっ」

 いつの間にか夏美から背中を叩かれていた。

「新堂君、何か思いつめているような顔をしていましたけど」

「え、そお?」

「そうだな、何か後悔している、って感じだしな」

 籐矢も勇人の顔を見て同じことを考えていた。

「・・・どゆ意味?」

「僕達の知らないところで何かあったってことさ」

(まあ、確かに)

 苦笑にも似た顔で勇人は話を聞いている。

「あ、もしかして誰か好きななった人がいるとか」

「なっ」

「図星・・・みたいですね」

 夏美からそのような言葉が出るとは思わなかったこともあり、みんなに自分の悩みの種をさらけ出すことになってしまった。

「で、相手は誰?エミ?あ、もしかして綾だったりして」

 図に乗り出したらしく、夏美一人で盛り上がっている。何気なく出た一言に綾は少し顔を赤くしている。

「どこでそうなるんだ?」

「そ、そうですよ。わたしじゃなくて夏美だったりするんですよ」

「あ、そっか・・・」

 とりあえず標的になりかけた勇人は安堵に似た気持ちになる。

・・・よ―

(・・・エルゴ!?)

 わずかに聞こえる声に聞き覚えがあった。

誓約者よ、お前は望むか?―

(望むって、何を?)

今一度、新たな結界をつむぐか今のままか―

(どうして?)

お前は迷っていた。今の結界をつむいだ後も―

本来望んでいたものとは違っていることを分かっているであろう―

 その言葉に勇人は何も返すことは出来なかった。本当はただ単に結界を修復するだけだった。だが、クラレットから真相を聞かされ、目の前でバノッサが毒牙にかけられたと
き、迷ってしまった。強力な結界を張ることを考えたのはこのことがあったからなのだ。

(分かってる。けど、そうしたくてもリィンバウムにはいけない)

その心配はない。お前が望むなら我らが導こう―

(俺は・・・)

「勇人?」

 籐矢の声に一時的にエルゴとの話が途絶える。

「やっぱおかしいよ、勇人」

望むか?―

「もし、よろしかったらお話してもらえませんか?」

決めるのはお前次第―

 三人の顔を見た後、勇人は決意を固めた。

「ごめん、多分話しても無理なことだから」

(・・・導いてくれ、仲間が、大切な人がいるあの場所へ!)

「なによ、そ・・・うっ」

「なんだ?」

 隼人を包むように光が集まっている。

よいのか?―

「もう、決めたんだ。俺は戻るんだ、リィンバウムへ!」

 そう叫ぶとまばゆい光が辺りを包んだ。

「今の、何だったのでしょうか?」

「・・・勇人?」

「・・・消えた・・・?」

 光がやむと同時に勇人はそこからいなくなっていた。






「・・・おい、外を見ろ!」

 ガゼルの声に全員が窓のほうを見る。そこには幾多もの光の粒が降り注いでいる。

「これは、あの時の」

 全員この光に見覚えがあった。ハヤトが帰っていったあの日、彼が結界をつむぎ、召喚獣を送還した光。

「どうなってんだ?アニキが帰っているからこんなことは起きないはずだろ!?」

「・・・まさか!?」

「レイド、お前もそう思うか?」

「ああ、間違いない。そうでなければ・・・」

 そのとき、地震と間違えるほどの衝撃が伝わる。それと共に召喚術の光が見える。

「・・・出てみようぜ」

 確信に変わった一同は外に出た。







「・・・これは?」

 降りしきる光の粒にクラレットは信じられなかった。召喚術はもう使えないうえ、ハヤトがいない限り、このようなことが起こらないはずだから。

「・・・こんなの、見たくない」

・・・ト―

「私をこれ以上苦しめないで・・・」

クラレット!―

「・・・ハヤト!?」

 空には召喚術の光が浮かんでいた。現実にはありえない光景が続いている。

「クラレット!」

「ハヤト!」

 召喚術の光が消え、降りしきる光の粒と一緒にハヤトが降りてくる。

「おわっ」

 下りた場所が屋根の上ということもあり、情けないことにハヤトは着地と同時にバランスを崩す。

「危な・・・きゃ」

 慌ててクラレットが支えようとするが、女の力ではどうしようもなかった。

「くそっ」

 とっさにクラレットをかばい、落ちる寸前で空いた手で屋根のふちをつかむ。しかし、もろくなっていたのか、その場所が2人の重さに耐えられなかったのかすぐに崩れる。

「間に合ってくれ!」

―テテ、ライザー!

 やぶれかぶれに近い状態でハヤトは召喚術を使う。間一髪のところで呼ばれてた二匹が支える。

「ふう・・・危なかった」

「大丈夫か、ハヤト!?」

「ああ、なんとか間に合って怪我はないよ」

 力ない笑顔でハヤトは話す。

「ったく、心配かけさせやがって」

 呆れながらもガゼルのその顔は笑っていた。

「もう、びっくりしちゃったよ」

 涙目のままリプレはほっと胸をなでおろす。

「まあ、お前さんらしいがな」

 そういってエドスは笑っている。

「とにかく怪我がなくてよかったよ」

「そうだぜ、せっかく帰ってきたんだからさ」

「レイド、ジンガ・・・」

 懐かしい人達がそこにいた。熟睡している子供達を除いて。

「ハヤト・・・」

 クラレットの声にハヤトは視線を落とす。

「あの・・・離してくれませんか」

 頬をわずかに赤らませ、困惑した表情で訴えてくる。落ちてからずっとハヤトに抱かれているような状態だった。

「ご、ごめん」

 状況を理解したらしく、ハヤトも顔を真っ赤にして手を離す。

「あー、取り込み中のところ悪いがどうやって戻ってきたんだ?」

「エルゴだよ、俺があの結界を張るのを望んでいないことを知っていたんだ」

「エルゴが君を呼んだというのか」

「まあ、なんにせよこう言わなきゃな」

『お帰りなさい』

「ただいま」






俺は決めたんだ。もう彼女の手を離さない。何があってもそばにいるって―


私は、うれしかった。彼のそばが、私の居場所だから―


そんな事を話すのはまた別の話。





あとがき

これを書いていた頃もそうですが、今見返してもかなり無理がありますね。ハヤクラなのにどこかハヤクラっぽくないですし、「メインは何?」という声が聞こえてきそうです。
master初の短編ものでした。



トップへ
トップへ
戻る
戻る