新たな旅立ち〜new restart〜(後編)



 ゼラム城は以前の悪魔の侵略以来の危機的状況になっていた。昨日捕らえられた人物を尋問しようとファミィがやってきたとたん、どこからか侵入者が襲撃してきたのだ。こ
れに対し、城の中にいた兵士たちは突然の襲撃になすすべもなかった。

「あらあら、せっかちな方たちですわねぇ」

 このような不利な状況でも、ファミィは笑顔を絶やすことはなかった。

「私が召喚術を使えないようにこういった場所でしかけるなんて、よく考えますわねぇ」

 彼女はいつも召喚術の力を抑えて使っている。本気になれば、ここにいる刺客もあっというまに倒すことができる。しかし、そんなことをしたら、この場所が崩れる恐れがある。

「ん〜。困りましたわねぇ」

 どう見てもそうは思えない場違いな声で言っているものの、その中にわずかに、焦りが見える。そのときだった。扉の近くにいた男が声もなく倒れた。

「なんとか間に合ったかな?」

 聞きなれた声にファミィは扉のほうを見た。そこには二つの剣を手にしていた少年と、狼のように特徴のある大きな耳と尻尾のついた女性が扉にいた。

「あらまぁ、ずいぶんと早かったですわねぇ」

「そこから離れてて。ミニス達が来るから」

 ユエルが別の敵を倒しながらファミィに注意を促す。

「それはかまいませんけど、ここにいる人達を何とか・・・」

 言い終らぬうちに残りの人間を二人は倒していた。

「これでいいですよね?」

 剣を鞘に収め、リエルはファミィに尋ねた。

「あら、また腕を上げたみたいですわねぇ」

 のほほんとした口調でリエルたちをほめると同時に、壁の一部が崩れ、強い光が差し込んだ。

「お婆さま、大丈夫ですか?」

「あらまぁ、ミニスちゃん、いくらなんでもやりすぎですよ」

 フィリィの声で振り向くと、光に包まれて消えるワイバーンを見て、無事なのを言うよりも早く、ミニスをしかっていた。

「この場合は仕方ないわ。こうでもしないとまだ中や外にもだいぶ残っているんだから」

「とにかく、ご無事で何よりです」

「ええ、二人が早くこの人たちを懲らしめてくれたおかげですわ」

「長居は無用よ。さっきの攻撃でシルヴァーナは警戒されているから呼んで逃げることはできないけど、今しかないわ。相手の目をこっちに向けるからユエルはお母さまをお願
い」

「わかった!こっちだよ」

 ミニスが指示を出すとともに、ユエルはファミィの手をとり、城門とは別のほうへと消えていった。

「ある程度こっちにも注意が向くから大丈夫だと思うけど、みんなは敵の足止めと騎士団の援護をお願い」

「ミニスちゃんも気をつけてね」

「心配しなくても引き際は心得ていますから」

 そういうとふたたびシルヴァーナを召喚し、空高く舞い上がった。

「さあ、こっちも気合入れてやるわよ!」

 ミモザがリエルたちに呼びかけると同時に、ことの張本人たちが次々と出てきた。

「とはいえ、ちょっと多くねーか?」

 その人数を見てリエルはつぶやいた。敵は三ダースを軽く超えている。召喚術を使えば、勝てるだろう。しかし、相手はそれを簡単に許すほどの間抜けではない。

「リエル、こうなったら徹底的にやるしかないわよ」

 銃に弾を込めながらフィリィが言った。彼女は召喚術で戦うのは危険と判断し、自分の得意な射撃に切り替えている。

「わかってる。サポートたのむぜっ!」

 そう叫ぶと一気に詰め寄り、一人が反応する間もなくリエルの正拳突きが決まっていた。

「あのバカ、本当に問答無用ね」

 フィリィは呆れていたが、それは理にかなっていた。思わぬ一撃に、相手を脅かすには十分すぎるほどの効果があった。

「あたしもしっかりしないとねっ!」

 そう自分に言い聞かせると、迫っている人物にむかって放ち、次々と一発でしとめ動きを封じる。

「やるわね、あの子達」

「わたしたちもまだまだ負けていられないな、ミモザ?」

「ええ、久しぶりにいきますか!」

 リエルたちに負けぬとばかりに召喚術の呪文の詠唱に入る。高められた魔力がその対象を呼ぶ門を開く。

「いでよ!」

 一足先に唱え終わっていたギブソンが、召喚術を発動させる。漆黒にも似たローブを身に着けているが、いくつもの顔の骨がフードのところを埋めていた。その目に当たる部
分から幾つもの奇妙な光が出るとともに、その近くにいた者たちは突然の爆発と、闇が襲った。

「さあ、いくわよ」

 ミモザが呼び出したのはペンギンに似た頭になぜかひもみたいなものがある動物だった。しかし、それは動くことなく召喚されると同時に、ギブソンの召喚術にやられた者た
ちのところへポトンと落ちる。刹那、大地を揺るがす爆発と共に次々と吹っ飛ばしていった。

「みんな、引き上げるわよ!」

 ちょうどそのとき、上のほうから様子を見ていたミニスの声がした。見上げてみると、そばにいる者たちを警戒してか、ミニスの呼んだワイバーンは降りてこない。

「引き上げるって・・・」

「このままじゃお城が・・・」

「大丈夫、その心配はもうないわ」

 不安な声をあげたリエルたちをよそに、ミニスは自身ありげに言った。

「いくつかがお城から離れるのを見たわ。残った連中も時期に捕まるわ」

それを聞くと二人は納得し、ミニスのワイバーンにつかまり、その場から離れた。



「あー疲れたぁ」

大きなあくびとともに、フィリィは眠そうに目をこすった。

「疲れた、じゃないわよ、フィリィ。あそこでも使おうとすれば召喚術は使えたわよ!?」

 友であるワイバーンを送り返し、さっそうとミニスはしかっていた。

「でも・・・」

「言い訳しないの!召喚術は時に自分の身を守るために使うものなのよ。今回みたいなことがまた起こるかもしれないのに、なんで銃を使ったの!」

「・・・ごめんなさい」

 どんどん険しくなるミニスを見て、フィリィはなんとか一言いうのがやっとなほどになっている。

「ミニスちゃん、落ち着いて」

「落ち着いています!」

「確かに彼女はまだ召喚師としてはまだ未熟よ。だけど、彼女が銃のサポートをしてくれたおかげで、攻撃できるチャンスができたのよ?」

「それは、そうだけど・・・」

「召喚術が使えないときの心得を彼女は習得している。彼女は立派だとわたしは思うが違うかい、ミニス?」

 ギブソン、ミモザの言葉にミニスははっとした。

「あなただってあの子達に助けられたでしょ?」

「・・・そうね。なんか、情けない。そんなこと忘れてるなんて」

「あのさ、それよりも二人は大丈夫かな?」

 リエルが話を進めている三人にもっともな声をあげた。

「そうね、お婆さま大丈夫かしら」

「その心配はなさそうよ。ほら」

 ミニスの指差すほうを見ると、元気に手を振っているユエルと、ファミィがいた。

「さ、お屋敷に入りましょう」

 さっきとは違い、その顔は二人が知っているいつもの優しいミニスだった。



「それにしても、まさかお城に仕掛けるなんて考えもしなかったわ」

 広間に集まり、さっきのことを思い返していた。しかし、そこにはフィリィの姿はなかった。広間に入らないで、奥の厨房へお茶の用意にさっさと行ったのだ。使用人がいるにも
かかわらず、そうしたのには理由があった。

「そうだな。普通、仕掛けたら返り討ちにあうものだからな」

「だけど、ちょっとおかしくないですか?」

「おかしいって何が?」

 リエルの発言にミニスが問いかけた。

「王宮の騎士たちがいくら急襲を受けたとしても苦戦していたのに、俺達のときはそんなの感じなかったんだ」

「そうよね、フィリィの腕はたしかにいいけど普通かわせるはずだし・・・」

「俺はちょっと違うけど、どう考えたって不自然すぎるよ」

「ちがうって・・・貴方、ひょっとして!」

 リエルの言葉にミモザはあることに気づいた。

「ええ、リエルはメイトルパの種族、そして召喚師の血を引いた響界種よ」

 混血児(アロザイト)−リィンバウムの人間と、異世界の者との間に生まれた子供で、ある条件を満たすと、時に力を抑えられなくなり暴走する。その力は強大で、召喚術や、
事情により野生化した召喚獣、<はぐれ召喚獣>の被害と同じくらいのものがある。そのため、人によってその力に肉体が耐えられず、死に至ることもある。リエルも昔、響界
種とは知らず、あるとき力を抑えられなくなったことがあった。

「召喚師と!?」

 ミモザから驚きの声が上がる。

「まあ、そう思うのは当たり前だけどホントなの。母親が召喚師なんだけど、彼もわたしも家名は知らないの」

「どういうことだい、ミニス?」

「本人が拒否したの。聞こうと思ってももういないし・・・」

「そうか。だが、よくあそこまでしても影響が出ないとは・・・」

「一度メイトルパの知識を教えたから普段でもその力を一時的に使うことが出来るの」

「まあ、今は満月の晩さえ気をつけていればおきないし」

 ちょうどそのとき、ドアをノックする音がした。

「お茶をお持ちしました」

 入ってきたフィリィは、ワゴンの上に人数分のティーカップにおいしそうなアップルパイ、そしてそれを取り分ける皿などがのっている。早速目の前で切り分け、皿に盛ると紅茶
と一緒にみんなに配る。

「ちょうどいいわ。一息入れましょう」

 そう言いつつミニスはフィリィが切り分けたアップルパイを口に入れた。少し熱かったが、リンゴ独得の酸味の後から程よい甘さがくる。

「これって、焼きたてね」

 ミモザが口にして、それが焼いてあら熱をとって出していることに気づいた。

「またレパートリー増えたんじゃねーか、フィリィ?」

「え、これ貴女が作ったの!?」

「驚いたな」

 リエルが何気なく言った言葉に二人は驚いた。甘党として知られているギブソンもこのできには満足だった。

「たいしたことないですよ。作り方と何度かこなせばこれくらい作れますし」

 控えめに言ったフィリィを見てリエルとミニスは、嘘をつくなといわんばかりの目で見ていた。どう考えてもパイ生地はフィリィの作ったものではないことにリエルとミニスは見破
っていた。作ったのは中の具の部分だろう。短時間でこれほどのものを作るのは不可能なのだ。



 その日の夕方、ミニスに呼ばれリエルとフィリィはふたたび広間にやってきていた。それまでファミィに召喚術の勉強をしていたのだろう、フィリィの服は少し焦げていた。

「話って何ですか?お母さま」

「二人にちょっと修行の旅に出てもらいたいの」

『・・・は?』

 ミニスから出た言葉に二人そろって目を丸くした。

「ど、どうしてこんなときにそんなことをするんです?」

「そうですよ。フィリィが旅に出るならわかるけど、何で俺まで?」

 もっともな意見がリエルから出る。確かに召喚師の見習いが旅をして経験をつむのも珍しくない。とはいえ、リエルは現在道場の留守を任されているうえ、派閥とは無関係
だ。

「今回のこともあるけど、フィリィには早めに一人前にならないといけないところもあるからね。それに・・・」

「それに?」

「貴方はモーリンからサボらないように手を打ってほしいって言われてるの」

「あうぅ・・・」

 思いもしなかった人物の頼みが入っていたと知ると、リエルの顔から露骨にいやなものが出ていた。

「今後、今みたいなことが続いたらわたしでも守りきる自身はないわ」

「それで旅に?」

「そういうこと」

「でも・・・」

「わたしも貴女と同じ歳で修行の旅に出ていたんだから。それに、リエルも一緒だから心強いはずよ」

「それは、そうだけど」

 フィリィはリエルの強さを知っている。確かに彼なら頼りにできる。彼女も護身術程度だが、武術を習っているからわかるのだ。

「ともかく、これからは自分たちで乗り越えないといけないのよ。それだけは忘れないで・・・」

 ミニスの言葉に二人は何も言えなかった。



 翌朝、旅支度を整えたリエルはフィリィの家に来ていた。まだ商店街は閉まっているため、薬などの必需品を買いにいけないこともあった。

「あら、リエル早いわね」

 名前を呼ばれ振り返るとミニスが近づいてきている。ミニスの服装を見て、いつもよりラフないでたちだったので散歩でもしていたのだろうとリエルは思った。

「おはようございます」

 少し大きなリュックをおろして挨拶をすると、ここにいるはずの人物がいないことに気がついた。

「フィリィは?」

「多分まだ寝てるわ。遅くまで準備していたみたいだし」

「まあ、慣れてないから仕方ないけど」

「で、どこに行くつもり?」

「南か西ですね。これからファナンである程度必要なものを買っていこうかなって」

「もしかして、今から出発する気なの?」

 リエルの計画にさすがのミニスも驚いた。

「ええ、師範の実家に言って道場をあけることを知ってもらったほうがいいかなって」

「・・・まあ、そうね。一応モーリンもあそこには顔を出してるし」

「じゃ、ちょっと起こしてきます」

「え、ち、ちょっと!」

 ミニスが止めるより早く、リエルはフィリィの部屋の窓に向かって跳躍した。ちなみにフィリィの部屋は二階にある。響界種であるリエルはメイトルパの生き物の能力を少しだけ
持っている。それがこのスピードと跳躍力、そして腕力なのだ。そのため本気になれば、二階まで軽々とジャンプすることができる。

「よっと」

 あっという間にフィリィの部屋の窓のふちにつかまると軽くノックして窓を開けた。

「えっ?」

 起きていたフィリィは着替えの真っ最中だった。

「あ・・・」

 知らなかったリエルはフィリィと一緒に硬直していた。ややあって。

「きゃあ〜!なにやってるのよ!」

「あわ、ごめ・・・」

「リエルの・・・バカーっ!!」

 謝るよりも先に、リエルに向かって枕や自分の荷物などを投げつけていた。

「いいっ!?わっわっお、おお落ちる!」

 いろいろなものが飛び交うせいもあり、リエルは降りにくくなり当然バランスを崩し始めている。

「早く、降りなさいよー!!」

「う、うわあ!」

 いうやいなや、激しい銃弾の雨が降った。さすがにびっくりしたリエルはそのまま文字通り、落ちていった。

「まったくもう、こんなところにでも平気であがりこむんだから。・・・あーっ!」

 このとき、彼女はあることに気づいた。ここは二階、骨折だけではすまない高さだ。無意識で銃を抜いていたが、あの状態では身のこなしのいいリエルでも大怪我する。あわ
てて窓の外を見ると、リエルはミニスがとっさに呼び出したシルヴァーナの背中にいた。

「リエル、大丈夫!?」

「あ、あのなあ。自分が撃っておいて、大丈夫?じゃないだろうが!!あたたたた」

 珍しくリエルは完全に怒っていた。着替えているとは知らなかったが、普通銃を使うなんてことはしない。最初の行動で終わるだろう。

「とにかく、早く降りてきなさい」

「は、はいっ」

 ミニスの声に怒りを感じたフィリィは、身だしなみもそこそこに急いで降りていった。



「とりあえず、これはわたし達からの餞別ね」

 フィリィが降りてくるまで、何とか動けるようになったリエルにお金の入った袋を手渡した。

「すみません、なんだかお世話になっちゃって」

「いいのよ。・・・出来の悪い娘だけど、何かあったら守ってあげて。まだ自分の力で貴方みたいに、きちんとやれるわけじゃないから」

「わかってます。フィリィとも長い付き合いだけど、あいつはミニスさんが思っているほど弱くないし、自分でちゃんと解決してる。無茶をさせるような真似はさせませんよ」

「ふふ、そうよね」

 そうリエルが言うと、ミニスはクスクスと笑っていた。

「それから、あのことは早めに対策をしておいたほうがいいわよ?何かあってからじゃ遅いんだからね」

「・・・・・・ええ」

 重い沈黙の後からリエルは苦い返事をした。実はリエルが響界種だとフィリィには話していないし、本人も覚えていない。そのため、リエルはそれが元でフィリィが距離を置く
のではないかとずっと不安でいた。

「・・・ん?やっと来たみたいだな」

 バタバタと走ってくるフィリィはある意味何かにおびえているようにも見えた。

「まったく、のぞかれたからって銃を使うなんて何を考えているの?」

 フィリィが来るなり、早速ミニスの説教が始まった。

「ご、ごめんなさい・・・」

「今回はわたしがすぐシルヴァーナを呼べたからいいけど、これからは気がついた時には遅いんだからね」

「はい・・・」

「いい?これからは二人で乗り越えていくことになるのよ。絶対に危険なことに首を突っ込まないこと、相手を信じることを忘れないで。特に、旅をすればいろんな人とも行動す
るようになるから、ちゃんと相手を認めてあげること。二人ともいいわね?」

『はい』

 ミニスの話を聞き、二人は新たな気持ちになった。今の自分より強くなり、なおかつ互いを信じて助け合わないといけない。まだ幼い二人には厳しいものでもあった。

「フィリィ、これはわたしからよ。」

 そういって、サプレス、メイトルパのサモナイト石を手渡した。

「あと、これはお母さまから。リエルに路銀を預けさせたけど、もしなくなったときは各街の金の派閥の支部をたずねて。これを見せれば少しは援助してくれるわ」

 受け取った紙を広げてみるとそこにはファミィの字で何か書いてあった。

「『この書状を持つものに金の派閥の議長の名の下に、旅の資金の援助を要請する』・・・ってこれ!?」

 一通り目を通したフィリィはあることに気づいた。この書面の中には期限について何も書いていないのだ。

「そうよ、この旅はあくまで期限はないの。さまざまな経験をして、自分がもう大丈夫だと思ったらこのゼラムに戻ってきなさい。それを持って貴方を正式な派閥の召喚師の一員
とみなします。・・・頑張りなさい」

「・・・はい!」

「リエルもそのあたりは忘れないでね」


「はい。必ず帰ってきます」

「まずはファナンね。そこである程度準備をしてどこへ行くのかは、貴方たちしだいよ」

「はい!それじゃお母さま、いってきます!」

「ええ、気をつけてね」

 ミニスに見送られ、二人は一路ファナンを目指した。



 こうして、あたしたちは旅に出た。今でも自分で乗り越えられるのか不安なところがある。二十年前の関係者を狙った今回の事件、お母さまはあんなこと言っていたけど、あ
たしはその意味をなんとなく感じていた。もしかしたらこの旅をしても、きちんと一人前の召喚師になれるのか分からない。でも、お母さまの言葉を信じていきたい。

 相手を信じること―それは当たり前だけど難しい。一人前になったとき、信じていても相手はそうは思わないかもしれない。でも、それを忘れたら本当の自分ではなくなる気
がしていた。


「どうした?さっそく顔が曇ってるぞ」

「え?」

 リエルに言われてふとわれを取り戻すと、呆れた顔であたしを見ていた。

「旅は始まったばかりなんだ。そんなんじゃ体がいくつあってももたないぞ」

「うん、やっぱり不安は残っちゃって」

「気楽に行こう、まだ先は長いんだし」

「そうね・・・そうだよね。ここからいろいろ考えていても仕方ないもんね」

 そう答えたけど、もうひとつ気になることがあった。お母さまがリエルにいったあの一言、それはあたしの中に知りたいという部分と知りたくないという部分があった。今のあた
したちの関係が崩れるんじゃないか、問いかけることも出来ず、あたしはその不安の中で揺れていた・・・。


いまのままでいたい・・・


このときはそう願うしかなかった。でも、それを彼の口から聞く前に知ってしまった。ううん、思い出した。あたしたちの前に、大きな闇が目の前に広がり始めたときに・・・。



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