「あふ・・・おはよう」 寝ぼけた声でリエルが広間へとやってきた。そこにはすでにフィリィとその家族が食事を済ませていた。 「相変わらずよく寝るわね」 ナイフとフォークをお皿の上に置きながらフィリィがあきれた声でリエルを見ていた。 「どう、ぐっすりと眠れた?」 「ええ、まあ」 「今すぐ貴方の食事の用意をさせるからちょっと待ってて」 そういうと同時にそばにいた使用人の一人が厨房へと向かって行った。 ゼラムの中にある高級住宅地の一画に金の派閥としても名高いマーン家の本宅、こここそフィリィの家であり、リエルが出入りできる数少ない場所でもある。昨日の騒動もあ り、やむなくリエルは厄介になっていたのだ。 「それで、何か対策はできたのですか?」 テーブルにあったパンを口に運びつつ、リエルはたずねた。 「とりあえず、このことは蒼の派閥と聖王家にも報告ね。あの事件は三つの勢力がひとつになって戦ったからね」 「たしか、悪魔の軍団を倒すために召喚術の炎と、各都市から選抜された兵士の包囲網で戦ったのよね?」 「ええ」 「たしかに真相とか関係なく、その事件の解決に力を貸した人達も、狙われるかもしれないな」 「あとは昨日捕まえた連中が白状すればいいけど・・・」 「まず無理なんじゃ・・・」 「・・・だよな」 フィリィの言葉にリエルも納得していた。 「普通ならね。でも、今回は報告する際に両派閥の意見として尋問を請求しようと思うの」 「でもそれって・・・」 「大丈夫、向こうもその被害にあっているから役人も文句は言えないわよ。それに・・・」 「それに?」 「その尋問は私にさせてもらえるよう、蒼の派閥の総帥にもお願いするつもりですし」 「いいんですか?そんなことをして・・・」 「大丈夫、死なない程度にお母さまがおしおきしてからするのは向こうも知っているし」 「もしかして・・・カミナリどっかーん、ですか?」 「ええ、そうよ」 おそるおそるフィリィが言った言葉にファミィは笑顔で言ったのを見て、リエルにもその恐ろしさが伝わり背筋に寒気が走った。 「それでもダメだったらどうするんですか?」 「うーん・・・。ユエルにおもいっきり噛み付いてもらうとか」 「うあ・・・。カミナリに噛み付きはきついぞ」 思わずリエルはこの場から逃げ出したくなっていた。よくフィリィは平気でいられると思ってもいたが、実際彼女も顔から血の気を失いかけていた。 「・・・まあ相手が自供してくれればいいんだけどね」 「結果を待つしかないのね」 「ま、これじゃ修行どころじゃなくなったな。・・・あ」 フィリィを見たリエルは言葉を発してバツの悪い子供の顔になっていた。フィリィはまだ見習いの召喚師で、ミニスとファミィが帰ってきたときにいろいろと指導を受けてている。 そのため、今日みたいに一日中いるときはフィリィにとって、日ごろの成果を見てもらういい機会なのだ。それがこんなことになっては修行と言っていられなくなってしまった。こ れがフィリィにとってつらいものはない。 「いいのよ、リエル。こうなったらきちんとあきらめないとね。また次のときでもできるし」 「大丈夫、尋問が終わったら見てあげるわ。あたしもフィリィくらいの歳に、そういう思いしているから分かるの」 「お母さま・・・」 「とにかく、俺は道場に戻るよ。何か仕掛けているかもしれないし」 食事を済ませたリエルは席を立ち、この場を離れようとした。 「あ、待って。あたしも行くわ」 後を追うようにフィリィも席を立つ。 「いいのか?」 「どうせ時間もあるし。あたしの召喚術も場合によっては役立つわよ?」 「あんまし過信するなよ・・・」 「その通りよ、いくら召喚術が使えるからって時と場合によっては恐ろしいものなんだからね?」 リエルとともにミニスもフィリィに釘を刺す。 「分かってます。持っていくのはこれだけですから」 そういって取り出した無色の鮮やかな石だった。しかし、その中には何か不思議なものが感じられる。この世界で召喚術を使う際、誓約という儀式で召喚獣に名前をつける 時に使うサモナイト石の一種だ。誓約さえしてしまえば、召喚術についてのノウハウがないものでも扱うことができる。だからこそ時に召喚術は恐ろしい破壊の道具となる。 「まあ、その術でも不安だけどしかたないわね」 「それじゃ、お母さま?」 「今回は街中で何かあったとき、使用するのをあたしが許可するわ」 その言葉にフィリィの顔が明るくなる。 「いいでしょ、お母さま?」 「ええ、そうなったら大変ですもの。リエル君、そうなった時、この娘のフォローをお願いね」 「わかってます。まあ、召喚術を使うより先に、銃が出るからな」 「・・・ほかの人に絶対当てないように!」 リエルのおどけた言葉に、ミニスは厳しい目でフィリィに忠告を下した。 お昼前の市民公園の道を二人は歩いていた。道場に言ってみたもののリエルの予感したものはなく、道場においてあった自分の使っている一組の短剣と長剣を持ち出し、 それを身に付けている。 「結局、無駄足だったね」 「そう言うなよ。師範にあの道場を任されているんだから」 リエルが買ってきた飲み物を飲みながら、二人は話していた。 「で、どうする?」 飲み終わった容器を鮮やかにゴミ箱へ投げ入れ、リエルは容器がきちんと入ったのを音で確かめると同時にフィリィに尋ねた。 「とりあえず、お屋敷に戻りましょう。もしかしたら尋問が終っているかもしれないし」 飲み終えた容器を手の中で遊ばせながらフィリィは答えた。 「なあ、時々フィリィがぼろぼろになっていたのはもしかして・・・」 「そうよ。お婆さまって召喚術に関してはものすごく厳しいの。呪文の言葉をひとつでも間違えたらカミナリどかーん、だもの」 そう自分で言ったフィリィは、背筋に寒気が走っていた。 「それで自分で言っていてもああなったわけか・・・」 「どういう意味よ?」 「もしかして・・・気づいてないのか!?」 リエルは呆れかけていた。 「あのとき、自分で言って血の気が引き始めていたぞ」 「ウソ!?」 「お前に嘘をついてどーする。からかえるわけないだろう」 本人は気づいていないが、あれは誰がどう見ても見間違えるはずはない。 「よっぽどやられていないと、ああいう反応は出ないからな」 「あう〜」 実はリエルも師範になまけているのが見つかると、コテンパンにグーで殴られている。そのためか、リエルは師範に苦手意識が自然とできていた。 「ま、いったん帰るか」 リエルも実は昨日の連中が何者か気になっていたので、フィリィの意見に賛成だった。 陽がだいぶ高く上るころ、フィリィの家についていた。中庭の花を手入れしている使用人の何人かの姿が見られる。 「あ、二人とも早かったわね」 二人は最初に広間に顔を出すと、ミニスと誰かが話をしていた。 「へえ、この子がミニスちゃんの子供ね。昔のお母さんそっくりね」 向かいに座っていたメガネをかけた女性がフィリィを見て感想を漏らした。 「紹介するわね。この子があたしの娘のフィリィで、こっちがモーリンの道場の門下生のリエル」 「見習いのフィリィ・マーンです」 「どうも」 フィリィは召喚師の家系なのできちんと名乗ってはいるが、リエルはいつものように気楽に答えた。 「こちらはあたしの知り合いで、蒼の派閥のミモザさんとギブソンさん」 「ミモザ・ロランジュよ。よろしくね」 「蒼の派閥のギブソン・ジラールだ」 フードのついたローブを着ているギブソンは丁寧に、ラフないでたちのミモザは愛想のいい笑顔で名乗った。フィリィもそうだが、召喚師が名乗るのには理由がある。名字には その家の者の力を現す。つまり、派閥内でも重役についているときは、どんな立場の人間かすぐにわかるのだ。 「もしかして・・・。ミニスさんの言ってた蒼の派閥の知り合いって・・・」 「そうよ。あの事件について昔のことをいろいろ教えてくれたの。」 「後でそのときあたしたちが追っていた事件と関連性が出てきてね、あたしの後輩とミニスちゃんが見た人物と追っていた人物が一致したの」 「それって、召喚師を?代にした悪魔ですよね?」 「その通りだ。当時、召喚師が立て続けに失踪する事件が起きてね、わたしたちはその調査をしていたんだ」 「後で聞いた話なんだけど・・・。昨日あの森について教えたわよね?」 「たしか、ゲイルだっけ?」 「ちょっと、ミニスちゃん!?まさか教えたの?」 リエルが口にした言葉に、ミモザは目を丸くしてミニスに問いかけた。 「ごめんなさい。でもさすがに黙っていたらあの時みたいになりそうで・・・」 「まあ、無理もあるまい。君もわたし達も狙われているのかもしれないのだからな」 ミニスの言葉に、ギブソンは納得した声でミモザをなだめた。 「あの場所は禁忌の森として蒼の派閥で意図的に真実を曲げ、最高機密としてあの場所をそのときゲイルとなった天使の力の残りを利用して結界をつくり、二十年前までその 遺跡と侵略していた悪魔の軍勢を封じていたの」 「天使の力の残りっていってもどうやって?」 フィリィがふとその答えに疑問の声を上げた。 「侵略していた悪魔の軍勢を率いていた大悪魔を倒すために、天使のゲイルを出撃させたんだ。そのときに天使の力が残っていてそこから結界を創ったんだよ」 フィリィの疑問にギブソンがミニスの変わりに答えた。 「その後、その事件より前にデグレアがどこからかゲイルの話を知って、あの場所に調査団を出したの。でもその調査団もそこが悪魔の巣靴だって知らなくて、ただ一人を除い て全滅したの」 「その人は?」 「今はレルム村に木こりとして生活しているの」 「わたしたちもはじめは知らなかったけど、その人は森でゲイルにされ転生の資格をなくした天使の魂のかけらが人の形をとってあの場所に残されていたのを、つれていった の」 「・・・なんか、どんどん話が大事になってきている」 「そうね、なんだか頭が混乱いてきちゃった」 リエルとフィリィはまた話が大きくなりすでに整理しきれなくなっていた。 「お昼にしてまた後で話し合いましょう」 「そうね、さすがにこの子たちには突拍子過ぎて混乱しちゃうものね」 「よかったら一緒に食べません?」 「ああ、お言葉に甘えさせてもらうよ」 ミニスの言葉でその場の話は打ち切られた。 その日、少し遅い昼食をとりながらギブソンとミモザの二人からミニスの意外な話にフィリィとリエルは笑ったりしたが、いろいろ聞けて十分頭の中で整理できるようになって いた。当の本人はムキになって怒っていたが、笑っているフィリィを見ているとどこか安心感を覚えていた。 「そういえば、尋問のほうはどうなったんですか?」 ふと、リエルが思い出しミニスに尋ねた。 「もうそろそろ終ると思うけど・・・」 そのとき、いきなり聞き覚えのある声が屋敷内に響き渡った。 「いまのって・・・」 「ユエルの声だわ!」 そう確信したとき、扉が勢いよく開いた。 「ミニス、大変だよ!!」 「お母さまに何かあったの!?」 ユエルの慌てようにミニスは感づいた。ファミィと一緒にいたユエルが一人で戻ってくるとしたらそうとしか考えられなかった。 「うん。あいつら、ユエル達の後に仲間をつけさせていたんだ」 「場所はどこなの、ユエル?」 「お城の中だよ。でも兵士たちでもかなわないんだ」 「とにかく急ぎましょう。あの時の思いはもうたくさんだわ!」 「ギブソン」 「分かっている。わたし達も力を貸す必要があるからな」 「二人も一緒に来て。フィリィはあたしと、リエルはユエルと一緒に向かって」 「はいっ」 「しかしよくまあ城の中でそんなことを起こすなんて考えたもんだよな、まったく」 リエルの口から珍しく愚痴が出ていた。 『ぼやかないの!』 「は、はい・・・」 母子そろって出た一言にリエルはたじろいでしまった。 「みんな急がないと!」 「分かっているわよ、それくらい!」 せかすユエルをなだめながらミニスは窓から中庭に出る。 「出てきて、シルヴァーナ!」 普段ミニスが身に着けているエメラルドのように輝く大きな石のついたペンダントに、魔力を注ぎ、対象の名を呼ぶと、竜の眷属であるワイバーンが咆哮を上げるとともに地面 に降り立つ。 「うはあ、これがミニスさんの・・・」 「すごい・・・」 思わずリエルとフィリィは見とれてしまった。 「さ、乗って!」 一瞬見とれていたが、すぐに切り替えてフィリィとギブソン、ミモザの二人もシルヴァーナの背中に乗っている。 「しっかりつかまってて!」 そう言うと同時に、シルヴァーナは宙に浮くと、城の方角を目指して飛んでいった。その少し前に、ユエルとリエルの二人は城を目指して走っていた。普通では出せない速さ で。 後編へ
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