「よう」 いつものように開けていた窓からお構い無しに彼が入ってくる。ちなみにここは2階。 「ちょっとリエル、いい加減にそこから入ってくるのはやめてよ」 「いいじゃん。別に誰もいないんだし」 「あのねえ・・・」 昔からの馴染みの彼―リエルはいつもこんな感じだ。どこかつかみ所がないが、心優しいところがある。 「今日だろ?ミニスさんとファミィさんが帰ってくるのは」 「あ・・・。そっか、今日はあの日だったんだ」 「なら出迎えに行こうぜ。今日はそのために抜けてきたんだ」 「・・・は?」 あたしは目を丸く見開いていた。 「そんなことしたらまた師範にどやされるんじゃ・・・」 「大丈夫。今日が何の日か師範も知っているし」 「ならいいけど、あたしを巻き込まないでよ」 「わかってるって」 「・・・ホントに分かっているのかしら」 「そう愚痴らないで急ぐぞ、フィリィ」 「あ、ちょっと待ちなさいよ。リエルってばー」 そうあたしの名を呼ぶと同時にリエルは駆け出していて、あたしは慌てて後を追いかけた。 いつもながら、勘弁してほしいわよ・・・。 聖王国の中心地、ゼラム。はるか昔、この世界<リィインバウム>は異世界のものから侵略を受けていた。異界のものも<リィインバウム>の人々の力になるものもいた。し かし、人々はある力に溺れた。<召喚術>。魔力と誓約により異界のものを召喚獣として呼びだすちから。この世界の人々があこがれ、また恐れるちからでもあった。<召喚 術>により手助けをしていた異界のものは失望し、己が世界へと帰っていった。 しかし、あるとき不思議な召喚術を使う青年が現れた。彼は、呼びだす召喚獣と心をかよわせ協力を仰いだ。その特殊な力から世界を統べる意思<エルゴ>の力も加わり、 <誓約者(リンカー)>と呼ばれ界と界の狭間に結界を張り、異界からの侵略者は二度と現れることはなかった。 その後、誓約者は人々の願いから王位につき<エルゴの王>となり聖王国がうまれた。そして、召喚師は二つの派閥に分かれ、ある者は異界の研究。ある者は利益を得 るために召喚術を使うようになった。 長い年月がたち、再びこの世界は異世界の侵略を受けた。旧王国、かつて聖王国の軍臣たちが創りあげた国家の一国、崖城都市デグレアが悪魔により死人の街と化し た。その侵略により聖王国の盾、三砦都市トライドラもほぼ全滅した。しかし、人々はなんとかその危機を乗り切った。しかし、その裏で何が起こったのかを知るものはほとんど いない。 悪魔の侵略から、20年がもう過ぎようとしていた。 「まったくもう、身だしなみを整えるまで待ってくれたっていいのに」 レモンを入れた紅茶のように鮮やかな長い髪をひとつに束ねながらフィリィはぶつくさ文句を言っていた。 「そう言うなよ。今日はこのくらい早くてもいいんだし」 いつものようにリエルは気楽な口調で言った。左手に皮のバングルを身につけ、特徴的な空に似た鮮やかな瞳が何かを漂わせている。日の光が差し込む庭園をはさみ、二 人は玄関に立っていた。聖王都の中にある召喚師の住む住宅地。ここにフィリィは召喚師の見習いとして生活している。 「あ、フィリィ!リエル!」 ふいに呼ばれたほうを見ると見慣れた人影だった。しかし、その人に大きな耳と尻尾がなければどこにでもいる女性だった。 「ユエルさん!?」 2人とも意外な人で驚きを隠せなかった。二人は以前から知っていたが、彼女も来るとは思っていなかった。 「二人とも元気そうだね」 「え、ええ」 「まあ・・・」 リエル以上に陽気な言葉につられてか、二人ともあっけにとられていた。 「ちょっとユエル、二人を困らせないの」 「えー。せっかく久しぶりに会ったって言うのにー」 ユエルの後ろから聞き慣れた声がした。 「お母さま」 「ミニスさん、ファミィさん」 「ただいま、フィリィ」 フィリィと同じ色の髪の女性、彼女がフィリィの母親にして金の派閥の議長補佐であるミニスだった。フィリィが大人になったら今の彼女と変わらないだろう。そして隣にはフィリ ィと同じ色の髪にまばらに白髪が混じっている女性だった。 「二人と元気そうでなによりだわ」 「お婆さま、お母さまおかえりなさい」 祖母であり金の派閥の議長であるファミィの言葉に、この日を待っていたと言わんばかりの笑顔でフィリィは笑顔で答えた。 「出迎えって気がきいているわね。ま、どうせリエルが言い出したんでしょ?」 「そうそう、そのせいで身だしなみを整える時間がなくなっちゃって」 「寝坊する人にはこれがいいと思ったんだけど?」 「あのねえ、そうさせているのはあなたでしょ。毎回毎回あそこから勝手に入ってきたあげく、好き放題に話してあたしが寝不足になっているのよ。分かってる?」 「そうだっけ?」 「・・・」 いつものとぼけたリエルの答えにフィリィは硬い何かをリエルの背中に押し付けた。 「・・・わ、悪かった。頼むからそいつをしまってくれ」 「まったくもう・・・」 ぶつくさ言いつつリエルの背中に押し付けていたものを腰のあたりになおした。 「フィリィ、そんなものをいつまでも持っていないの」 「そうよ、女の子がそんなものを持っていてはいけませんよ」 「いいの。召喚術を使えないときになったら身を守れるものが必要でしょ?」 「それは、そうだけど・・・」 「それに、これを使うことはまずないんだし」 そう言って腰のあたりになおしたものを取り出した。15センチくらいの筒に引き金やもち手がある銃だった。一部分を扱い、そこから取り出した弾倉を二人に見せた。それには 銃弾は入っておらずカラだった。 「ね?」 自慢げにフィリィは笑って答え、ミニスは呆れていた。 「だからって俺に押し付けるなよ」 「あんたの場合、こうでもしないと謝らないからよ。普段からきちんと謝ったりしているならあたしだってこんなことしないわよ」 手馴れた手つきで銃をしまいながらいやみっぽくいった。 「ああ、そうだわ。リエル君、貴方に伝言があるの」 つねに笑顔の絶えないファミィが、何かを思い出したような顔でリエルに言った。 「伝言?」 「貴方の師範がね、ここにいたらあとで道場の掃除お願いねって」 「ええっ!?」 「見抜かれていたわね。リエル?」 「あと、しばらく旅に出るから後のことは頼むわねって」 「ま、頑張ってね♪」 いたずらっ子みたいな顔でフィリィはからかった。 「あうう・・・」 師範に行動を見破られ、すべてを任されたリエルは憂鬱なため息を大きくついた。 「あーあ、こんなことになるなんて。第一、後のことを任されてもここに来るのってフィリィぐらいなのに・・・」 親子水入らずの時を過ごすフィリィにとってリエルは邪魔な存在のように思われ、やむをえず道場へとやってきたが、師範以外は誰も住んでおらず静まり返っている。 「大体、こんな所に入ろうとする泥棒なんていやしないのに・・・」 思わず愚痴ってしまうが、一緒に旅に出たこともあるがそういったものが入るようなものは何もないのは知っている。それに今、門下生はリエルだけなのである。 「ったく、師範は何を考えているのだか・・・」 その時だった。植木のうえあたりから気配を感じた。気を探ってみれば師範でもフィリィのものではないことが分かる。まして野良猫といった動物でもない。 「誰だ?出てこい」 静かにしかしどこか強い口調でそのほうに向かって言った。しかし答えは返ってこない。 「そういうつもりなら、容赦はしないぞ」 すっと身構え、警戒する。その構えには隙がなく、なおかつ精神を集中させている。 「・・・チィ」 小さな声と共に木に隠れていた者が降りてくる。人数は3人、リエルでも十分に相手できる数だった。しかし、その者達はコソドロとは違い、投げナイフに似た物を持ち黒装束 で覆っていた。 「なんだ、こいつら!?」 わずかに焦りの色が出る。武器があれば退けられるだろう。しかし、今のリエルは丸腰だった。 「・・・やるしかないか」 そうつぶやいたとき、敵は動いた。1人がこっちに向かって投げナイフに似た投具を放つ。しかしリエルはあっさりとそれをかわす。それを狙っていたかのように2人がリエルと の距離をつめる。その手には短剣が握ってあった。 「くっ」 やむをえず相手との距離をとる。しかし、それを見越していたかのように投具が投げられていた。これをなんとかかわすが、右肩あたりをかすめ、わずかにかすり傷ができる。 そのスキをついて一人がリエルとの間合いをつめる。しかし、リエルはその時を待っていた。 「もらった!」 すばやく1人を投げ飛ばし、そのまま急所に一発食らわせて相手を気絶させ短剣を奪い取る。それを身構え、残りの二人に向きなおる。相手も状況が不利になっているのが わかる。1人を軽々と投げ飛ばし、そのうえ武器まで奪った上、構えは熟練した者のものだ。 「さあ、ここから本気でいくぜ!」 叫ぶやいなや相手と間合いをリエルがつめる。普通の人でもこうすると逆に相手にやられてしまう。しかし、リエルの速さは異常だった。つめよると同時に刃を振るい、相手を なぎ倒していた。我流剣・疾風撃―リエルの使う技のひとつで、自分のスピードと、短剣の長さを生かしたけん制用の技。この一撃はリエルの加減しだいで薄い紙一枚すら斬 ることもできる。 「ふう・・・」 あっという間に1人を倒し、残るは投具を投げていた人物だけになっていた。状況が圧倒的にリエルのほうが有利になっていた。不利と分かりその人物は引き上げだした。 「ちっ」 これを逃すことは痛いが、深追いは禁物である。それくらいリエルでも分かる。 「ま、こいつらを憲兵か役人に引き渡せばいいか」 そう言いながら倒した2人を、手ごろな物で手足の自由をなくす。もちろん武器ははずし、彼らの届かないところにしまいこむ。 「な、何よこれぇ」 「フィリィ?」 聞き慣れた声に反応して振り返ってみると、そこには顔面蒼白になりつつあったフィリィの姿だった。おそらくリエルがサボってないかを見るために来たのだろう。 「ちょうどよかった。フィリィ、憲兵を呼んできてくれ。こいつら勝手に入っていたんだ。」 しかし、フィリィはどこか上の空だった。 「・・・フィリィ?」 「え?」 「大丈夫か?」 「う、うん・・・」 「事情はあとで話すから、憲兵を呼んできてくれ。俺はこいつらが逃げないように見張るから」 「わ、分かったわ」 少し戸惑っていたが、何とかわれをとり戻したフィリィは、リエルの頼みを引き受け、憲兵を呼びに走っていった。 フィリィが憲兵を呼んでくるまでたいした時間はかからなかった。この騒ぎを聞きつけてミニスとファミィの2人もやってきた。 「何で道場なんかにあんなやつらなんか来るんだ?」 「いくらなんでもあの人が恨まれるようなことはないでしょ?」 「うーん。これで4件目ね」 「え?」 「お母さま、何か知っているんですか?」 「・・・あ」 ミニスの言葉に2人は驚きにも似た声をあげた。 「・・・ちょっと前からなんだけど、あたしの知り合いのところにそういった人物が狙ってきたの。」 「それも、なぜか20年前の事件の解決に携わった人たちばかりなの」 「あの事件は金の派閥と蒼の派閥、そして聖王家と共同でなんとかのりきったんだけど・・・」 「ちょっと待て」 リエルが話をさえぎる声をあげる。 「ならなんでこの道場にそんな連中がやって来るんだ?」 「そっか、そういえばあの事件ってほとんどの真相は知られてないのよね」 「真相ってなんなんです、お母さま?」 ちらりとミニスはファミィの顔を見た。彼女はその意味に気づいていつもの笑顔のまま小さくうなずいた。 「聖なる大樹は知っているわよね?」 「たしか、この世界の原罪(カスラ)を吸い取っているあの樹ですよね」 「そこまではみんな知っているけど、あの樹はもともと違うものだったの」 「えっ?」 「あの場所は恐ろしいものが封じられていたの。召喚術に関わることがね」 「召喚術に?」 「召喚術を超える力、ゲイル」 「ゲイル?」 「召喚獣を素体としてそれにロレイラルの機械技術をほどこし、誓約とプログラムの二重の鎖で操り、命令を完遂するまで戦い続ける兵器と化すの。痛みも、苦痛も感じないた だの兵器として・・・」 「そんなものが・・・」 「けど、金の派閥ではそういう話は聞いていませんよ」 「それはそうよ。わたしも後で蒼の派閥が意図的に真実を曲げて作った話だって知ったんだから」 「あれ、なんでそこで蒼の派閥が出てくるんだ?それに違う派閥のミニスさんが知っているんです?」 話を聞いていたリエルは疑問の声をあげた。 「わたしはその事件の真実に関わった人間の1人なの」 「ええ〜っ!」 フィリィにも話してなかったらしく、ぽかんと口を開けていた。 「知り合った人の中に蒼の派閥の人がいてね、一緒に旅をして知ったの。今は派閥をやめてあの樹の護人をしているの。20年前のちょうど今日の日、そのときの仲間がそろう ことになっているの」 「だからって・・・もしかして!」 「気づいたみたいね」 「師範もその関係者だってことか!?」 「そういうこと。多分、場所は突き止めたんだろうけど、修行の旅に出るとは連中も思ってなかったわけなの」 「それで、何でその関係者が狙われるんだ?」 「そこまではまだ分からないの。知り合いに調べてくれるように頼んでおいたけど、今以上にそういった連中が来るのは間違いないの」 「なんか・・・信じられない」 「ま、無理もないわね」 「大丈夫かな、師範・・・」 「心配いらないわよ、リエル」 リエルの不安をあっけらかんとミニスは答えた。 「あの人の強さは貴方が1番分かっているでしょ?」 「それはそうだけど・・・」 「それに、あたしも連中を警戒してユエルに来てもらったんだから」 「金の派閥も蒼の派閥もその関係者が狙われるとなると、なんか話が大きくなってきたなあ」 他人事のようにリエルは気楽に言った。 「何他人事みたいに言っているのよ。今回のことで貴方も狙われるかもしれないのよ?」 「けど俺はその関係者じゃないんだぜ?そういう理由はないと思うけど」 「フィリィのいうとおり気をつけたほうがいいわ。リエル」 ミニスの顔に珍しく緊張の色が見える。 「ああいう連中って目的や秘密を知った人達には容赦なく襲ってくるわ。たとえ今回は相手が違ってすぐ引き上げたからいいけど、その気になれば貴方を本気で殺すこともでき たんだからね」 ミニスの言葉にさすがのリエルにも不安になりつつあった。 「ともかく、今日はお屋敷にいたほうがいいわよ。この後のことは明日にでも対策を立てないといけないわね」 この日、リエルはミニスの言葉を受けて フィリィの家に厄介になることにした。 思いがけない話だった。そんなことに巻き込まれていたとは信じられなかった。ミニスさんから聞いた二十年前の真相と関係者へ向けられた暗殺者たち。もしそれが本当な ら、あの場にいたやつらは俺に気づかれたとしても、すぐに引き上げるはずだ。下手をすれば大きな騒ぎとなり、動きにくくなるものだ。それを覚悟であそこまでするとは思えな かった。フィリィの家であてられた部屋の中で俺はそんなことを考えていた。 「リエル、まだ起きてる?」 「ああ」 扉の向こうからフィリィの声が聞こえた。 「入ってもいい?」 「ああ」 入ってきたフィリィはパジャマの上にローブをまとい、まとめてあったリボンをほどいている。もともとの顔立ちがいいためか、その姿もよく似合っていた。 「なんか大事になっちゃったね」 「ああ、それにあの話にそんなことが裏であったなんてな・・・」 「あたし・・・まだ信じられない。お母さまも関わっていたなんて・・・」 「たぶん、あんまり言いふらしてもいいものでもなかったんだろう。だからフィリィにも話してなかったんだと思う」 「でも・・・」 「俺だって師範があんなことをしていたなんて知らなかったんだ。きっと、まだ何かあるかもしれない。」 「疑っているの?」 「そうじゃないけど・・・なんとなく、な」 フィリィの言葉に歯切れの悪い返事をする。決して疑っているわけじゃない。でもどこかでそんなことを考えている自分がいた。 「ま、まだ何かあるならいつか話してくれるさ」 「なら、いいんだけど・・・」 その日はここで話は終わった。フィリィも俺も何かを感じていた。それはまだはっきりと分からないまま、暗闇の中にいた。 このとき、誰もがこの事件の裏であのときの事件が再び起ころうとは思いもしなかった。 20年前についた決着が、あるものの手でその惨劇が起こることを・・・ 第1話前編へ
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