どう見ても自分とは釣り合わないような気がする。 そして自分が今着ているタキシードも。 少年――勇人はどうしてこんなことになったのか、悩んだ。 それは昨日の昼のことであった。 「ねぇ、勇人。明日クラレットと何処か行く予定でもある?」 昼食を作るリプレの手伝いをしながら勇人はそれに答える。 「ん…? 別に無いけど…。どうしたんだよ、いきなり。」 唐突に訊かれたものなので、勇人は困惑する。 「実はイリアスさんから領主さまの城での舞踏会の招待状を貰ったんだけど…。わたしは子供たちの世話をしなくちゃいけないし、レイドやエドスも用があってダメだって言って たし…。」 「ガゼルやローカスさんは?」 「雰囲気が似合わないって拒まれちゃった。まあ、その通りだとは思うけどね。」 思わず、勇人はふきだしてしまう。 「ははっ、確かにな。あの二人に舞踏会は似合わないよ…。…ん?」 しばらく笑っていたが、とあることに気がつき笑いが引きつる。 「…残ったのは俺だけ?」 「そういうことになるわね。ペアで、ってことだからクラレットと一緒に行ってきてよ。このまま行かないっていうのも勿体 無いしね。それに…」 リプレは妖しげな笑みを浮べ、勇人の耳元で囁く。 (クラレットと近づくいいチャンスよ?) 「なな…!?」 リプレの囁きに顔を真っ赤にしてしまう勇人。 リプレはふふん〜♪と上機嫌に鼻歌を歌いだし戸棚から招待状を取り出し、勇人に押し付けるように渡した。 「じゃ、ヨロシクね!」 そしてリプレはそのまま鼻歌を歌ったまま、どこかへと姿を消してしまった。 残されたのは招待状を押し付けられ呆然としている勇人だけだった。 「まいったなぁ…オレは踊りとかやったことないし…やっぱり行かないことにしようかなぁ。」 勇人はベッドの上で寝転んでいた。 踊りがおどれないのをわざわざ見せる馬鹿はどこにもいない。 勇人は行かないことを決めようとしたが…もし行かなかった時のことを想像する。 おそらく、リプレはまず不機嫌になるだろう。そしてその日の夕食は抜きになるだろう。 彼女を怒らせたら何が起こるか分からない。 ここは素直に従っていたほうが得策というものである。 (それに…) 勇人はふと、先ほどのリプレの言葉を思い出していた。 (クラレットと近づくいいチャンスよ?) それを思い出すだけでも頬が火照るのが自分でもわかった。 「…仕方が無い、行くか!」 勇人は勢い良く起き上がり、クラレットを誘うことにした。 「いいんですか、本当に!?」 何故かクラレットは目を輝かせて、招待状を手に取る。 「うん。 イリアスさんから貰ってリプレが言ってた。 どうする、嫌なら別にいいけど・・・」 「行きます!」 勇人の言葉を遮り、クラレットは叫んだ。 しかし、恥ずかしかったのだろうか、だんだん頬は赤くなっていく。 「あぅ…ごめんなさい。 一人ではしゃいでしまって…。」 「いや、別にいいよ…。ええと、ドレスとかはイリアスさんから一緒に届いているそうだから後で、着てみるといいよ。」 「はい!」 クラレットは本当に嬉しそうに頷いた。 自室に戻って勇人は先ほどの彼女の喜んでいる様子を考えた。 「まさかあそこまで喜んでくれるとはなぁ…誘った甲斐があったっていうもんだな。……ッ! そうか…。」 勇人は彼女の事情を思い出していた。 彼女は昔から父親に召喚師として育て上げられ、そういう娯楽とかは一切することがなかった。 だからこそ、あれほどにまで喜んでいたのだった。 「…なら、なおさらクラレットと楽しんでこなきゃな。」 勇人は妙に浮かれながら、そのまま瞼を閉じた。 ―翌日の夕方― 勇人はイリアスから送られてきたタキシードに身を通してみた。 鏡で見てみるが、どうもしっくりこない。 生来このような服装を着たこともないのが原因だろうか? 何は兎も角、もうすぐ例の舞踏会が始まってしまうので、彼はクラレットを呼びに彼女の部屋まで赴いた。 コンコンと軽くノックをして、彼女の部屋へと入る。 するとそこには、普段よりも一段と綺麗な彼女の姿があった。 胸にはワンポイントのバラの装飾が飾られている深紅のドレスに身をまとい、また流れるような長髪はリボンで一括りにポニーテイルで仕上げている。 勇人はいつもとは違う彼女の美しさにぽーっと頬を染め呆けていた。 「…あら、勇人。 ふふっ…どうです、似合ってますか?」 「う、うん…!」 穏やかな笑みを浮かべて、部屋に入ってきた勇人に話かける。 彼はあまりの美しさにただただ、首をこくこくと縦に振ることしかできなかった。 クラレットは肯定されたことに気を良くしたのか、くるりとその場で一回転して見せた。 「さあ行きましょう、舞踏会♪」 そして冒頭に戻る。 まさかこれほどまでに豪華なところであるとは思いもしなかった。 勿論、そこはいつもの見慣れた領主の城ではあるのだが、様々な装飾を施されており、ただでさえ巨大な城がますます自分とは場違いな場所だと思わせている。 しかし自分とは違い、隣にいる彼女はそれがピッタリと似合う。 彼女を見知らぬ他人が彼女を見たら、どこかの領主の娘や貴族と間違われるだろう。 勇人はそんな彼女と城と自分を見比べて、あまりにも似合わない自分にすこし悲しくなった。 そんなことを考えていると、隣の彼女が軽く首をかしげて勇人に尋ねる。 「…どうかしたんですか?体の具合でも悪いんですか?」 「…いや、そうじゃないよ。さ、行こうか。」 自分のせいで、この舞踏会を楽しみにしている彼女の笑顔を壊すこともできないので、勇人はクラレットと城内へと歩を進めた。 受付に招待状を見せ、会場に入るとそこにはきらびやかな衣装に身を包んだ人たちで溢れかえっていた。 すると真っ直ぐこちらへ歩みよってくる人物を勇人は見つけた。 「やあ、君たちが来たのかい。」 「イリアスさん、今日はどうもありがとうございます。」 招待主のイリアスに礼を述べる勇人。そして同様にクラレットも軽く頭を下げる。 「これはこれは…、今日は一段と綺麗ですね。クラレットさん。」 イリアスはクラレットの姿を見て、ほほうと唸った。 彼女は恥ずかしそうに顔を俯かせ、ありがとうございます、と小さな声で答えた。 「あ、そういえば今日、サイサリスは?」 「サイサリスは今日は警備にあたっているよ。騎士もこの舞踏会に参加してもいいのだが、彼女には肌に合わなかったらしい。」 イリアスは参ったといった感じで苦笑しながら肩を竦めた。 「じゃあ、もうすぐ舞踏会が始まる。精一杯楽しんでいってくれ。」 彼は爽やかな笑みを浮かべると、その場から去ろうとした…と去り際にこっそり勇人に耳打ちした。 「…気をつけてくれ。実はこの機に貴族たちを狙う不届き者がこの会場に紛れ込んでいるらしい。万に一つもないだろうが、その時は…」 イリアスの言葉に勇人は静かに首を縦に振った。 しばらくすると、会場の一番奥に主催者らしき人物が現れた。 周りは少しざわめいたが、少しするとすぐに静まり返った。 そしてその人物が長い挨拶を終えた後、音楽団が演奏し始め舞踏会は始まった。 「さあ、踊りましょう、勇人!」 いつもよりも行動的なクラレットに手を引っ張られながら会場の中心へと連れられていった。 「…俺、こういうのは初めてで…。」 「いいですよ。私も初めてですし…ゆっくり踊りましょう?」 にこりと微笑むクラレット。 それはとても可憐で美しいものであり、こう何回も笑顔を見せられては、彼の胸の鼓動は早くなるばかりであった。 他の人たちの踊りを見よう見まねで踊り真似てみた。 最初は全然合わなくとても踊りとはいえないものだったが、飲み込みが早いのかしばらくすると、ほかの人たちの踊りとさほど変わらないものへと昇華した。 そして彼らは踊りながら会話を交わしていた。 「…本当に今日はありがとうございます。」 「どうしたんだよ、急に改まって…?」 クラレットの言葉に反応して、勇人は彼女の顔を見て、驚いた。 彼女は微笑みながら涙を流していた。 「こんなに楽しい日々が過ごせるのは貴方がいてくれたから…。貴方がいなかったら私は生きていないのも同然でした …貴方が私に生きる勇気を与えてくれた。私は貴方のことが、す……」 クラレットが頬を赤らめながら言葉を紡いでいたその時、爆発音が鳴り響く。 同じに会場は騒然となるが、野太い怒声によって静まり返る。 「テメェら静かにしやがれ! 殺されたくなきゃ金を差し出しな!」 どうやらイリアスの言っていた不届き者らしく、その場にいた女性を人質にとっている。 警備にあたっていた騎士団がその不届き者を囲むが、そいつは不敵にもにやりと口の端をつりあげた。 「へへぇ、この女がどうなってもいいのか?ほら…」 「ひっ…!」 そいつは女性の喉に刃を近づける。 騎士団はどうすることもできず、ただ見守るしかなかった。 と… 「待ってください!人質にするなら私にしてください! だからその女性を放してください!」 クラレットがそいつの前まで歩み寄る。 勇人は突然のことに茫然となっていたので彼女を止める暇が無かった。 「ふん、いいだろう…、こっちにきな、お嬢ちゃん。」 人質となっていた女性は突き飛ばされ、代わりにクラレットが男に人質に取られる。 だが、その女性とクラレットがすれ違った時、クラレットは言葉を交わしていた。 大丈夫、私たちが何とかしますから、と。 次々と貴族らの所持品が差し出される中、勇人はクラレットが自分に目配せをしているのが分かった。 「…………」 「………よし。」 クラレットの意思が理解できた勇人はにやりと笑っていた。 「…久々に暴れますか。」 「よおし!その調子だ!言っておくがな、変なマネをしたらこのお嬢ちゃんの命は無ぇからな!」 愉快そうに笑う男。 クラレットはその男の服の端を引っ張って注意をひきつける。 「ん? なんだよ!」 男はクラレットに顔を顔を向けるその瞬間――― 「力を貸してくれ!雷練の精霊、タケシーよっ! 放て!霊幽の紫電(ゲレサンダー)!!」 勇人の声が鳴り響いたかと思うと、不気味な幽霊――タケシーが空間の歪みから姿を現し、タケシーは轟音とともに紫電を放った。 それはまともに男の顔に命中し、男は思わず退ける。 その瞬間をつき、クラレットは男から逃れ勇人の元へと駆けつける。 「…よく分かりましたね?」 「君と出会ってから結構立つからね。」 お互いに笑みを交し合うふたり。 と、怒り狂った男が叫びわめく。 「もう許さねぇ…!野郎ども、皆殺しだ!!」 その叫びとともに、十数人が変装を解き、武器を構える。 会場は悲鳴で一杯となり、逃げ惑う。 それを襲う男たちを抑える騎士団たち。 勇人たちはそれを冷静に見ながら、攻撃体勢に移った。 「いくぞっ、クラレット!」 「はいッ!」 息の合った呼応を交わし、ふたりは呪文を詠唱しはじめた。 「――至源の時より生じて悠久へと響き渡るこの声を聞け 誓約者たるハヤトが汝の力を望む…! 力を貸してくれ・・・・いでよ!」 「――護界の意味を知り、その命を果たす者へと大いなる力を! セルボルトの名の下にクラレットが命じる・・・いでよっ!」 ふたりは静かにその者の名を叫んだ。 「ブラックラック!」 「パラ・ダリオ!」 「「黄泉の獄縛ッ!」」 空間が歪み、その歪みから暗闇が広がる。 逃げ惑う人々も騎士団も、そして男たちもそれに気を取られ、一瞬立ち止まってしまう。 そしてその暗闇からは大きな何かが覗きこんでいるのと、巨大な魔物の姿が見て取れた。 次の瞬間、その2つの魔物から閃光が迸ったかと思うと、男どもは皆倒れていた。 「うぐぐ…なんだこりゃあ…っ!?」 勇人は全身麻痺し倒れているリーダー格の男の問いに、独り言を呟くように答えた。 「刹那に攻撃するブラックラックの≪黄泉の瞬き≫と敵の動きを封縛するパラ・ダリオの≪永劫の獄縛≫… どうだ? そのお味は?」 「くっそおっ…!」 男が悔しそうに叫ぶと同じに会場からはわっと沸き上がり、皆、勇人とクラレットを褒め称えた。 その後、男どもは騎士団によってひっ捕えられ無事に事件は終わった。 勇人たちはリプレに事情を話すと、大層驚いていたが、ふたりが無事ならそれで良いと言ってくれた。 ―その夜― ふたりは普段着に着替え、屋根の上で星を眺めていた。 「…ごめんな、今日はあんなことがあって。」 勇人はすまなさそうに謝ると、クラレットは微笑んで横に首を振った。 「いえ、ふたりとも無事だったんだし良かったじゃないですか。それに…舞踏会は楽しかったですし。」 「そう言ってもらえれば嬉しいよ。 それに…」 「それに?」 言葉を詰まらせた勇人にクラレットは首を傾げる。 だが、勇人はその先を言うことが出来なかった。 まさか、君のドレス姿が綺麗だった――なんて言えるはずがない。 「い、いや、なんでもないっ…!それはそうと、あの時なんて言おうとしたんだ?」 「…あっ、そ、それは…」 次はクラレットが言葉を詰まらせる番となった。 頬を紅潮させ、何故か手をもじもじさせている。 「そ、それは…秘密、です♪」 「なんだよ…それ。」 笑ってごまかすクラレットに、勇人は重いため息をつくと、ふっと笑った。 「まあいいや。それはそれで。また今度機会があったら、また踊ろうな?」 「ええ、楽しみにしておきます。」 お互い笑みをかわして、夜空の星々を見上げた。 そしてクラレットは星を見上げる勇人の横顔を見ながら、彼に聴こえないようにそっと心の中で呟いた。 ――貴方のことが好きなんです―― 後書き 相葉翔さんのキリリクでハヤクラ小説です。 同じ舞踏会の話を前に書いたことがあるんですが、それとは全く違いますです。 ハヤクラスキーとしてはこれを書いていて楽しかったです♪ 裏テーマとしてはカッコいいハヤクラで。(召喚するあたりとか。) ちなみに題名はガンパレのサウンドトラックCD『幻想楽曲』の中に収められている曲の一つから取りました。 全然使用されているシーンとはまったく違いますが。(笑 どちらかというと『常春学園』や召喚のシーンは『戦巫女王』がイメージですな。 masterの感想 この小説は5000hit獲得した際にリクしたのですが、やっぱり真之進さんの小説の文章力はすごいです。自分はこう表現できないなあ、と思いますね。 それはさておき、恋愛という面ではあまり進展しそうにないのですが、自分も真之進さんもクラレットのほうが好きという気持ちを伝えたい、というのが強いですね(今短編を考 えてますが)。実際リィンバウムにいけるならクラレットのドレス姿を見てみたいです。 ハヤクラスキーとしても楽しめました小説です。
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