刻(とき)超える思い〜Episode to riel〜(前編)




 焚き火を囲み、二人は向き合っている。フィリィは銃のベルトをはずし、長い髪をひとまとめにしている。リエルは剣をそばにおき、焚き火を見つめている。しかし、そこには一
本だけ鞘のまま剣が入っていない状態で、あのときの事を鮮明に残している。
「そろそろ話して。このままじゃ進まないよ」
「そうだな」
 焚き火に薪をくべると、少し言いにくそうに口を開いた。
「あの時、俺は死ぬ覚悟だった。けど召喚術をくらう前にメイトルパへ呼ばれたんだ」


 何が起こったのか覚えている。どこかを漂っている、そんな感じだ。
「そうだ……俺はあの召喚術を喰らって……」
 流されながらそんなことを考える。意識だけがはっきりしていることからはっきりと死を感じる。
 目覚めよ――
「……誰だ?」
 聞こえた声に投げかける。
 目覚めよ、我が呼びしものよ――
 その声と共に意識ははっきりと覚醒した。
「……ここ、は……ぐっ」
 広がる青空、少し息苦しいものの、わずかに草木のにおいが感じられる。ゆっくりと体を起こしたつもりだったが、体は限界を超えていた為激痛が支配する。
「気がついたか」
「メイトルパの……竜族」
 声のしたほうを見ると、そこには紅く、硬いうろこに包まれた翼竜、高位召喚術としても名高いゲルニカの種族だった。
「なんで……言葉が?それにここは……?」
 一瞬にして何が起こったのかわからなくなる。
「その答えは簡単だ。私がここメイトルパに呼んだからだ。伝道者の名を継ぐ者よ」
「メイトルパ!?それに伝道者って……リィンバウムじゃ誓約者と同じくらい有名なあの?」
「何も知らぬようだな」
「まさか……母さんが何も言わなかったのは俺が伝道者の末裔だったから……?」
 伝道者――誓約者がリィンバウムに結界を張った後、荒れた大地を元に戻し、人々と召喚獣の力をあわせ、元の美しいリィンバウムに戻すために自らも協力した召喚師の呼
び名。召喚師としてはかなりの力を持っており、その魔力を決して召喚獣の束縛や損得勘定で使うことはなかったとリエルは、リィンバウムの人ならみんな知っている。
「……」
 一気に打ちのめされたように、リエルはただ呆然としていた。
「……なあ」
 ゆっくりと体を起こし、口を開く。
「どうして俺が伝道者の末裔だって知っていたんだ?」
「答えは簡単だ。私は世界の意志、エルゴの代弁者にして見守るもの、エルゴの加護を受けし守護者なり」
「エルゴの……守護者?」
「そうだ。そのため私は本来リィンバウムにいなければならないが、新たな制約者との試練での傷が深すぎた。それだけでなく、歳もとりすぎたがな」
 どこか懐かしむように竜は言った。
「いるのか、誓約者が!?」
「ああ。もっとも、昔の話だがな」
「そんな方が俺を呼んで何をしようというんだ?」
「簡単なことだ。伝道者の名を継ぐ者よ、我と戦い己が力をものにせよ。それがお前の苦しむものから解き放つ術なり。呼んだのはこれから起こることに対し、己の力を正しく扱
えねばお前は死を迎えることになる」
「……!?」
 一瞬なにを言っているのか分からなかった。そんなことで自分の中の強大な力を扱えるとは思ってもいないこともあった。
「怪我している奴に、こんなことをするなんてな」
 どこか疲れた表情で立ち上がり、リエルは剣を抜こうと手を伸ばす。しかし、そこに剣はなかった。
「そうだ、あの時……」
 フィリィをかばったあの瞬間、短剣はやむなく投げ捨てていたし、長剣の方もすでに壊された可能性が高かった。
「やれるだけ、やるしかないか」
 そういいながら身構える。
「いい覚悟だ。それがなければこの試練に打ち勝つことなどできぬ」
「無茶はしたくないけど、一気にいかせてもらうぜ!」
 気合を入れると共にリエルは一気に間合いを詰める。そのまま一気に高く跳び、思いっきり竜の顔面に全てをぶつける。
「その程度か?」
「やっぱりうろこが硬いか」
 分かっていたとはいえ、全てを込めた一撃は何の意味もなかった。
「甘いな」
「……!?」
 嫌な予感を感じ、すぐさま離れ、間合いを取る。
「剣が……」
 さっきまでリエルのいた場所にいくつもの剣が空を切る。
「私はリィンバウムにいた頃、剣竜と呼ばれていた。今目の前にある剣は実際に私と戦い、敗れた者たちの剣だ」
「剣竜……」
「誓約者とは条件が違う。だが、今のお前にはこのくらいがちょうど良いくらいだろう」
 静かにそう言うと、一気に剣がリエルの元へ飛んでくる。
「くっ」
 ほとんど紙一重の状態で剣竜の操る幾多の剣をかわし続ける。
(体が、持たない)
 鈍りつつある動きに剣竜は容赦なく刃を向ける。
「所詮その程度か」
「ぐう……」
 ついにかわしきれず、一つの剣の攻撃を受ける。傷は浅いものの、油断できない状況だった。
「目が……霞んで」
 ぼんやりとしてきた視界に加え、引き出している自分の抑えている力が自然と抑えられなくなってきている。
(力が勝手に引き出されてる……)
 いつの間にか自分の中から無意識にあるもう一つの部分が体を支配しだしているのが分かる。距離をとり、少し目を休める。そのとき、何かを感じた。
(何だ……今の)
 わずかに今までと違う違和感があった。
(試して、みるか)
 覚悟を決め、そっと目を閉じると、はっきりと分かる。剣を操る魔力、剣竜の息づかい、空を切る剣の音、その全てが今までよりはっきりと感じるのだ。
「観念したようだな」
「それは違う」
 目を閉じたまま、リエルは自信ありげに言い放つ。
「ほう……」
 全てを悟っているかのように剣竜は感嘆の声をあげる。
「では、試させてもらおう」
 言葉が終わるより早く、剣がリエルに向かって飛んでくる。しかし、リエルはそれを全てかわし、その中の一本を手にする。
(分かる……魔力の流れが。動きの流れが)
 普段使う要領で向かってきた剣を全てはじく。
「この短時間でつかんだか……」
 感心したように剣竜は魔力で操る剣を何度もリエルに向ける。
「甘い!」
 間合いを詰めつつ、剣を全てさばいていく。
(いける……!?)
 一瞬、嫌な感覚が伝わり、そのまま横に飛ぶ。少し遅れて剣が地面に突き刺さると共に剣竜から火の息がその場に注がれる。
「嫌な予感がしたけど、まさかこんなのを使うなんてな」
 いまだ燃えさかる場所を見てリエルは背筋が凍りつく。後一歩遅れていたら今頃あの炎に身を焼かれていただろう。
(それにしても、こんなに何かがつかめるなんてな……)
 少し冷静になって考える。いまだに普段引き出している力がほとんど制御できないのに、いつものように体が楽に動いている。
(それに、いつもの疲労感がほとんどない)
 いつもだと、そろそろ体が限界に達しているが、そんな感覚もない。それに自分が忘れたいもう一つの、召喚獣の血を引いたとわかる残忍な姿にもならないでいる。
(考えても仕方がない。やれるだけやるだけだ)
 額の汗をぬぐい、剣をしっかりと構える。
「この基本のはあんましやってないから自信ないけど……やるしかない」
 一気に力を解放し、剣竜に近づく。すばやさを生かし、回り込むと共に一つ、また一つと剣戟による傷をつけていく。
「ここまで……つかむとは」
(わかる……これは俺の力の方向。だからこれほどにまで……)
 剣流の言葉の意味をリエルは理解した。今までの自分は『力』から逃れるために、抑えるために頑張ってきた。でもそれは間違いで、自然に力の向かうべきところを見極め
れば何の苦痛もない。それは武術においてもいえることだった。
「決める!我流……」
 剣を高く放り投げ、精神を集中させる。それと共に自然と爪が長く、鋭く伸びる。
(この名は……これだ)
「暫・鉄・爪!!」
「なに!?」
 解き放たれたそれは空気を切り裂き、剣流に深い傷を残す。
「こ……これほど……とは……」
「どんな……もんだ」
 互いに疲れた声をあげながらではあるが、いまだ緊迫した空気が流れる。
「今の心、忘れるなかれ。空にある月のごとく静かに見据えればおのずとその道は見えてくるであろう」
「月のごとく……」
「その極意の名はルナ・フォーチュン。メイトルパの中でも扱える者は数少ない」
「ルナ……フォーチュン……」
「今のおぬしなら大丈夫であろう。さあ、戻るがよい。あるべき場所へ」
「ちょっと待った!これだけのためなら、メイトルパに呼ぶ必要なんて・・・!?」
 抗議の声をあげようとしたとき、リエルの体は不思議な光に包まれていく。
「何だ、これは……」
「――この世界を見届けし者の名において、我が願う。かの者をあるべき場所へいざなわんことを」
「召喚術の……」
「かの者に汝の加護があらんことを――」
「うっ」
 目の前が一気に真っ白になる。

――後は……むぞ。……な……者よ――

 遠くなる意識の中、リエルはその声を聞いた。願いにも似た剣竜の声を。


 気がつくと、広い草原に倒れていた。
「……さっきのは……夢?」
 暗い夜空を一人見上げる。いつもと変わらず空には満月が浮かんでいる。
「……満月!?」
 その月を見て違和感を覚える。あの日は半月に近い形だった。
「どうなっているんだ……」
 周りを見渡せば、そこにはあの壮絶な光景はどこにもなかった。しばらく周辺をうろついていると何かが見えた。
「……花が添えられている。それに……これは墓だ」
 夜の視界にある程度なれているため、はっきりしなくても形を捉えることは出来た。
「多分、あの悪魔との戦いで死んだ人達だろうな」
 そんな事をつぶやきながら墓のほうへと近づく。だが、そこには己の目を疑うことになった。
「まだ新しい。誰かが今日持ってきたって感じだな……!?」
 墓に刻まれている文字を見て絶句した。


巡麗の暦十二年、今から二十二年前に倒された悪魔の手により命を落としたものをここに記す
巡麗の暦十四年 動地の節 二の月 十八日


「今、巡麗の暦十二年じゃないのか……」
 信じたくない答えが頭の中に浮かぶ。今いる場所はあの日から二年進んだ場所。
「メイトルパに呼ばれた間にこれだけ進んでいた?」
 打ちのめされたような感覚がずっと縛り続けていた。


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