価格破壊の恐怖

不況のトンネルから、いまだ抜け出ることのできない日本経済。
まるで80年代後半の阪神タイガースのようである(タイガースファンの人、怒んないで)。

給与引き下げ、ボーナスカットは当たり前の一般サラリーマン。公務員とてそれは同じ。収入が減れば、どこか切り詰めるのが普通である。

そのニーズにこたえるかのように、最近はあらゆる商品が安い。15年も前だと、1台40万円が当たり前だったパソコン本体が、今や7万程度で買えてしまう。そこに至るまで、開発はもちろんのこと、部品調達などの流通経路の開拓にも、企業はかなり努力してきたのだろう。

明らかに本体が変わったなと思ったのは、Windows95が出たときである。

それまで本体カバーを固定するネジは、指で回せるツマミのついたものだったが、それ以降は普通のドライバーであける、ちっちゃいネジに変わった。しかも本体内部に使われているネジとほとんど同じで、部品の共有化が行われていたのである。
たかがネジ、されどネジ。こんなところまでコストダウンしていたとは驚きである。

さらに最近幅を利かせているのが、ユニ○ロである。
ユ○クロは実用性重視でありながら、それなりのファッション性を備えている。しかも価格がべらぼうに安い。1万円分買おうと思ったら、フリースが5着も手に入る。まさに不況の世の中にあって、すばらしいお店だ。

自分ももちろんユニク○愛用者である。しかし、いつも不安に思うことがある。
それは、人口の少ない地方都市で、週末ともなれば多くの人が買い物に来るともなれば、自分が買ったのと同じものを買う人がいるはずである。そして町中でなにげなくすれ違った人が、自分と同じものを着ていたら、思わず「あっ!」と声を上げて立ち止まることだろう。

しかしそんなことは些細な問題だ。
それよりも、安くていいものを求める人間の欲求が、不況の現代をさらに不況に導いているのではないかということだ。

現在の日本の製品は、ほとんどが輸入品である。電化製品を例にとると、本体はMADE IN JAPANでも、個々の部品を見ると韓国、中国、マレーシア、コスタリカなどと書いてある。生産コストを下げるため、人件費の安い外国に部品をするのが当たり前となっている。

そうなると、日本の町工場のような部品工場は採算割れギリギリまで値切られ、人員整理や給与カットで何とかしのがなければならない。収入少なくなれば、支出を抑えるのが当然の行為だから、安いものを求める。すると市場は消費者の要求に応えようと、さらに低価格化を進める。そしてまた国内産業が弱体化し、消費は安いものへとシフトしていく・・・

自由競争経済の宿命といえばそれまでだが、安いものを求めれば求めるほど、自分の懐に跳ね返ってくるのが怖い。

トンネルを抜けると、そこはさらに長いトンネルの始まりだった・・・
タイガースが、こんな風に揶揄されていた時代のほうがよかったのだろうか?