1997年度重大ニュースランキング
「続・復活の年」  別名「ひろみの年」

 第1位T 太田裕美さん再ブーム衰えず。TV出演した裕美さんを観て萌えてしまい、ライブにも参加する。
  昨年11月に再ブームを巻き起こた太田裕美さんは、年が変わっても勢いは衰えなかった。
  それどころか昨年以上の盛り上がりになり、殿堂入りまで果たしてしまった。
  1月に「失恋魔術師」のオリジナルアルバムバージョンを聴き、これにけっこう萌えてしまった私だったが、
  その時はまだ現在の太田裕美さんの姿を、TVでも観たことがなかった。
  そして2月、TXで放送されたとある音楽スペシャル番組に、太田裕美さんがゲスト出演してくださり、
  初めて今の太田裕美さんを観たのだった。当時既に40を越えていた(失礼)にもかかわらず、
  太田裕美さんは私の美的感覚ではとてつもなくかわいく、まさに萌え萌えになってしまった。
  それまで歌声だけで大ブームを起こしていた太田裕美さんだったが、本人もかわいいということで、
  とてつもない大ブームになっていった。
  その後は嬉しいことにTVの出演が相次ぎ、幾度もそのお姿を拝見することができた。
  またCD化されていないシングル曲を、レコード(EP)で購入する計画も立ち上げ、
  実際に蒲田の中古レコード屋までいって購入するなどもした。
  そして3月下旬。私の人生で初めてのライブに参加し、太田裕美さんを生で観ることができたのだった。
  このブームで太田裕美さんは私にとってのNo,1ソロ歌手となり、
  「青空の翳り」「満月の夜君んちへ行ったよ」などの名曲も発掘するのだった。

 第1位T ラジアメ復活!。スピークスピリッツで斉藤洋美さんが4年ぶりにリターンズ放送。
  今年の前半が太田裕美さんのブームだったが、後半のブームというと、やっぱり斉藤洋美さんであった。
  つまり今年の話題の中心は2人の「ひろみ」さんだったことであり、「ひろみの年」であったわけだ。
  4年前ラジアメを引退して一線を退いた斉藤洋美さん。去年ラジアメが最終回を迎えるにあたってゲスト出演し、
  実に3年ぶりにお声を聴くことができ、さらに12月には3年半ぶりに生で見る機会があったわけだが、
  今年はそれをはるかに上回る衝撃の展開となった。
  1997年6月28日。TBSラジオ深夜3〜5時に放送していた「スピークスピリッツ」にて、一夜限りの復活を果たし、
  初代DJ大橋照子さんとともに、「斉藤洋美のラジオはアメリカンリターンズ」が放送されたのだった。
  まさか洋アメをまた聴くことができるとは思ってもいなかったため、この日の放送はまさに感激しっぱなしだった。
  そしてこの日から、斉藤洋美さんは私のなかで完全復活を果たすのだった。
  その一夜限りのラジアメ復活を果たしたまさにその日、
  ワンダーエッグのWE2ステーションにて、「斉藤洋美パフォーマンス・パティオ ラジアメふれ愛同窓会」が放送された。
  当時、毎週日曜にワンダーエッグにて園内放送「パフォーマンス・パティオ」を担当していたのだが、
  私はうすうすそのことは知っていたものの、行く機会がなかった。
  しかし、私が加入していたラジアメのファンクラブ「ふれ愛クラブ」の会員を集めて、洋美さんと同窓会をすることになり、
  リターンズ放送の日だけラジアメの話題中心の「パフォーマンス・パティオ」が放送され、聴きにいったのだった。
  ここに毎週日曜くれば、洋美さんに会えて放送が聴ける。
  それがわかってから、洋美さんに会いにワンダーエッグに行くことが週課になった。
  7月第1週に観に行った時は、先週とはうってかわってラジアメリスナーは数人しかおらず、
  私のお便りも放送内で読んでくださり、放送後には洋美さんとお話まですることができたのだった。
  その後はワンダーエッグでイベントがあるために放送がお休みになっていたが、
  10月からまた行き始めると、毎週のように顔を出し、すっかり洋美さんに顔を覚えられるまでになったのだった。
  結局今年だけで洋美さんに会いに10回ほどもワンダーエッグに通い、楽しいひとときを過ごしたのだった。

 第1位T 今年で最後のおニャン子クラブ解散10周年記念フィルムコンサートに参加。
  10周年をひとくぎりにして、来年からはフィルムコンサートはやらないとのことで、
  最後のフィルムコンサートとなった今年。
  ここ2年はファイナルの上映だけでなく、モニターでのビデオ上映とかいろいろやっていたが、
  今年はファイナルだけのシンプルなイベントに戻った。
  また私が参加しだした7周年から9周年までは9月23日に行っていて、
  おニャン子が解散した9月20日にはおこなっていなかった。
  9月20日が平日だったからで、多くの人が参加できるようにと休日に行っていたのだった。
  しかし10周年だけは9月20日にやらなければしょうがないわけで、今年は土曜日ということもあり、
  9月20日の開催となった。
  さすがに10周年だけあって、会場におニャン子の幟が立てられたりして意気込みのすごさを感じたが、
  それに負けない程の本当に多くのファンが詰めかけ、最終的に2〜300人も集まったのだった。
  私も本当に燃え尽きるほどの声援を送り、最後のフィルムコンサートを存分楽しんだのだった。

 第4位 「出没!アド街ック天国」でついに神田神保町が登場する。
  昨年の「蒲田」に続いて今年もやってほしかった「神田神保町」がアド街に登場。

 第5位 封印

 第6位 ゲーマー用語のバックナンバー’92’93’94を古同人誌屋で手に入れる。
  今年もSCCでゲーマー用語の新刊97年度版を、夏コミで+α、冬コミで.5を手に入れたのだが、
  それとは別に94年以前のゲーマー用語も読んでみたいと常々思っていたところ、
  秋葉原の某古同人誌屋に’92〜94年度版が置いてあるのを見付け、大喜びでそれを買ったのだった。
  文字本なので、いくら古同人誌屋でも需要がないから置いてないだろうと思っていたので、
  本当に嬉しかったのだった。

 第7位 12,000円の大枚をはたいて佐野量子さんのポスターを購入。
  神田神保町に新しくオープンしたアイドルのポスターの店に入ったところ、
  1万を超す高値がぞろぞろついていて、とてもじゃないが手を出せる店じゃないと思っていた。
  しかしその中の佐野量子さんのとあるポスターに心を奪われ、かなり悩んだあげくに後日再びその店にいき、
  思いきって13,000円もだして購入してしまった。これこそ事件であろう。

 第8位 竹本泉のゲームが続々発売される。が既に死んだゲーム機からの発売が多く困る。
  95年に「ゆみみみっくす」がセガサターンに移植され、96年に「ルプ☆さらだ」がPSで発売されたが、
  今年はさらに竹本ゲームが発売されたのだった。
  SSからは「だいなあいらん」、PC Engine Super CD-ROM2からは「てきぱき☆ワーキンラブ」が、
  さらにFM-TOWNSからも「ぱらPARAパラダイス」が発売、と相次いだのだった。
  しかしサターンはまだいいとして、PCE-SCDやFM-TOWNSはもう完全に死んだ機種だったため、
  ソフトを買ってもプレイできずに困ることになった。

 第9位 CX「われめDEポン」を観て麻雀を覚え始める。
  今年取り上げておかなければいけないものは、麻雀であろう。
  CXでたびたび放送している深夜の麻雀番組「芸能界麻雀最強位決定戦 THEわれめDEポン」を、
  麻雀のことはなにひとつ知らないのにふと観たのがきっかけだった。
  あまりに面白く、その日の放送を途中から録画し始めるほどであった。
  そのあと麻雀の本を買ってきて勉強をし、さらにFCの「4人打ち麻雀」を友達から借りてプレイするなど、
  麻雀を必死に覚え、「われポン」の放送もかかさずチェックして毎回観るほどのめりこんだのだった。

第10位 エヴァの劇場版2作が公開される。それより「PEPPY ANGEL」との出会いのほうが評価大。
  いちおうこのことについても触れておかなければならないだろう。ま、あえて作品の評価はかかないけど。
  エヴァといえば今年のSCCにて、アスカとシンジを中心にしたもうひとつのエヴァを描いた同人誌サークル、
  「PEPPY ANGEL」と出会ったことが特筆すべきことであろう。
  既にこの頃、「いずみみっくる」が作品リストを更新していなかったため、
  この「PEPPY〜」が事実上コミケNo,2サークルにまで加速、絵のうまさと構成力の高さ、
  そしてなによりストーリーがすばらしく、本編以上にハマっていったのであった。

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