地球人のお荷物

「だまされたつもりでやるか!」スリックはつぶやくようにいった。テックスとモンティさえも、彼らなりに厳粛な顔つきになった。
 突然、スリックは事務所内でとんぼ返りを打ちながら、叫びだした。「ヤッホーッ!おれはやくざな渡り鳥、生まれおちたら両手にピストル、口にくわえたがらがら蛇!」
 くるくるっと横向きにとんぼを切ると、「豹がおやじ、鰐がおふくろ。だれが前に走るよりもはやく後ろへ走り、背中に手をあてたままで、月へ一っ跳び、引っこぬいたら、一発必中、相手のどてっ腹、うそだというなら、おれの前へ出ろ、鉛鉱じゃないが全身鉛漬けだ!」
「どういうわけだね?」アレックスは体をかわしながらたずねた。
「昔の人間のときのこえだよ」テックスはもう、この英雄の無知にはただあきれたという顔で、そう説明した。

原題 Earthman's Burden
著者 ポール・アンダースン&ゴードン・R・ディクスン
訳 稲葉明雄・伊藤典夫
出版 ハヤカワ文庫

2・3年前に新規文庫本の出版がブームになり、見慣れない文庫本が書店にあふれるようになった。その分老舗の文庫のスペースは減ってきて、ぼくの好きな創元やハヤカワも店頭から減り、実にさびしい気持ちになる。その創元やハヤカワももうだいぶ前から表紙のイラストが現代風になり、特に重版の時に、イラスト自体が変わってしまうことが多くなった。
 この本もハヤカワではロングセラーの方だが、いつの間にかイラストが変わっていて、雰囲気が一変している。今のイラストは天野嘉孝さんで、かなりアニメ風になっている。天野さんといえば、ハヤカワの装丁で登場したころは、ヒロイックファンタジーのイラストが多く、華麗な雰囲気が持ち味だった。この本のイラストはアニメ風で女の子の好きそうなキャラクターになっていて、ぼくはどうも好みではない。というのも初版のイラストは新井苑子さんだったからだ。新井さんといっても思い出せない人が多いと思うけど、はパルコ風のスタイリッシュな画風で、とてもふんわかしたいいムードの装丁が多かった。SFマガジンでも時折挿絵になっていて、作品に都会風なしゃれた雰囲気を添えていた。新井さんのイラストは、SFには一見そぐわない感じで、ぼくも最初は違和感を感じていたのだが、いつのまにかすっかりファンになっていた。

 さて物語は星間調査部隊少尉アレグザンダー・ジョーンズが未開の惑星探査中に不時着してしまうところから始まる。ジョーンズは飛行機が不時着しても何とかなると思っていた。通信機や非常食などがつまったバッグをなんとか持ち出せたからだ。ところが非常バッグの中から出てきたのは、役所へ提出する書類の束!他には何も入っていない。荷物の係員が勘違いをしたらしい。がっかりしたジョーンズはしかたなく、とぼとぼと歩き出す。何時間も歩き、疲れはてたあげく、のどの渇きと空腹で倒れ込んでいると、頭上で声がする。しかも英語で!。はっとして見上げたジョーンズのかすんだ目に、二体の生き物が目に入る。
「うそだ!」
 ジョーンズの目に入ったのは、テディベアそっくりの異星人。しかも二人はテンガロンハットにチョッキをつけ、拍車付きのブーツを履いていた。しかも腰には二丁拳銃!。
 実はこのときから三十年前、第1次探検隊がこの惑星を探索したとき、原始人同然のこの生き物が意外に理解力があることに気づいた隊員たちが、文明の利器の作り方などを教えていたのだ。そして生き物たちは、偶然上映された西部劇映画に夢中になる。探検隊が去った後、生き物たちは尊敬する地球人にあやかろうと、それまでの風俗習慣を捨てて、西部劇そのままのスタイルをもとに生活するようになっていたのだ。
 ホーカというこの惑星のホーカ人はかくして、カウボーイに生まれ変わり、牛(に似た動物)を飼育し、天敵のスリッカー族という生き物を駆逐し、勢力を広げていた。
 ジョーンズが地球人だと知ったホーカ人たちは、尊敬する地球人に再会できたことに有頂天になる。なぜなら、ホーカ人は知力には優れているが、大酒飲みで楽天的なため、インディアン(スリッカー族)に逆襲され、今や種族として存亡の危機にあったのだ。
 ここで、ホーカを指揮してスリッカー族を撃退すれば、地球人としてさらに尊敬されるのは必然。しかも母船はスリッカー族の集落の向こうに着陸しているはずだ。スリッカー族をやっつけて、ホーカに送ってもらわねば、母船と連絡を取ることも地球に帰ることもできないのだ。
 そこで、ジョーンズは地球人としていいところを見せようとするが、馬(に似た動物)に乗ろうとしては転げ落ち、拳銃の腕を見せようとしては反動でひっくり返ってしまう。頼りにしていたジョーンズがこんな様なので、すっかり失望したホーカたちは、ジョーンズに「保安官」のバッジを付ける。なぜなら保安官こそ、町で一番の抜け作だと決まっているからだ。そして町のリーダーは???。それはもちろん酒場の賭博師だ。一事が万事で、現実よりロマンチックな幻想を好むホーカたちは、西部劇をホーカ流に解釈して、それでも本人たちは幸せに暮らしていた。
 さて、すっかり信用を落としたジョーンズは、なすすべもなく酒場で飲んだくれる。ホーカ人は何より酒が好きで、しかもその酒ときたら、地球では考えられないくらいアルコールが強いのだ。すっかりへべれけになったジョーンズは、とんでもない行動に出る。さてその結果は??????。

 これが第1話「ガルチ渓谷の決闘」の前半だ。物語は、幸か不幸か助かってしまったジョーンズがやがて駐ホーカ大使に任命され、妄想の虜であるホーカ人に翻弄されるお話が続く。各短編は有名な物語、オペラ「ドン・ジョバンニ」、宇宙パトロール、シャーロック・ホームズなどに夢中になったホーカ人の暴走を止めようと奮闘するジョーンズの活躍?が描かれる。

 初版の「地球人のお荷物」では、これらのコメディが新井苑子さんのイラストに彩られて展開し、とっても上品な物語になっていた。返す返すも、初版の装丁はよかったなあと思うのだ。たぶん今の読者には、現行の天野さんのイラストの方が、キャラクターとしてコメディ風でわかりやすいとは思う。それでも、ぼくにはあのイラストが懐かしい気がするのだ。特に「地球人のお荷物」が出版されてからだいぶ経って、単行本に未収録の短編がハヤカワから出たときは、「これが新井さんのイラストだったら、ムードもだいぶ違ってただろうな」と、つい思ってしまったのだ。

おすすめ

 古今の名作を読んだことのある人。そして上品なパロディが好きな人。
 SFだからこそのイメージの暴走がテンポ良く展開して飽きさせません。
 もし、古本屋で新井さんのイラスト入りの版を見つけたら、迷わず買ってください。

P.S.

 ホーカシリーズは、ハヤカワ文庫から3冊出ている。
1、「地球人のお荷物」 短編集
2、「くたばれスネイクス」 短編集
3、「がんばれチャーリー」 長編
 でも、まずは最初の「地球人のお荷物」を読むのがいいと思います。