前略おふくろ様 倉本聰コレクションTU


著者 倉本 聰
出版 理論社

 前略おふくろ様といっても、今の若い人たちは知らないと思う。「北の国から」を書いた倉本聰さんの代表作であり、たいへんなヒット作だった。テレビで放映されたのは、昭和50年(1975年)の秋だから、ぼくは15歳、中学3年の頃だ。同じ世代から上の人なら、たいがいの人は夢中で見て、思い切り笑ったり泣いたりしていたと思う。

 さてこの本は1989年に理論社の倉本聰コレクションの第1巻として出版されている。シナリオ作家の全集は珍しいし、まして倉本さんはテレビ中心の作家だったから、これだけまとめて出版されるというのはすごいことだと思う。
 今ならレンタルビデオで、たいがいのテレビドラマを見ることができる。でも昔のドラマまではなかなか見られない、この前略おふくろ様もビデオ屋でなかなか見つけることができない。ぼくはこの全集を図書館で見つけて、懐かしくて借り出して読んでみた。確かに覚えのあるストーリーで懐かしく感じたが、読み進むにつれて、実に不思議な感じが強くなってくるのだ。
 ドラマを目で見るのと、シナリオを読んで、シーンを脳裏に再現するのでは、驚くほど違う印象なのだ。最近ようやくビデオを借りて見るチャンスがあって、興味深く見たが、「こんな感じだったっけ?」という印象で、なんだかリアルタイムで見ていたときと印象が微妙に違う感じなのだ。久しぶりにビデオで見てみると、シナリオで読んでいたときの方が、鮮明にイメージがわいてくるような気がする。確かに映像の方が細部まで具体的だし、役者のやりとりもそれなりにおもしろく見られる。でも、ぼくにはシナリオの方が好ましく感じられた。

 シナリオを読んだことのある人は、よほどの演劇マニアか実際に演劇に関わりのある人だろうと思う。ぼく自身、このドラマに愛着があったから手に取っただけで、別の脚本だったらたぶん読んでいないと思う。しかし、シナリオを読むのはなかなかおもしろい体験だと思う。
 シナリオは小説と違って、会話は台詞のみ、地の文章などは原則的に無いから、わずかなト書きから状況を想像するしかない。ところがこのわずかなト書きがじつにリアルにその場の情景や空気を感じさせてくれるのだ。これは小説の饒舌な文章に慣れていたぼくからすると、すごく新鮮な気がするのだ。シンプルな台詞で、しかも小説と違って会話だってきちんと最後まで言い切るわけでもない。それなのに、登場人物の感情はびんびん伝わってくるのだね。
例えば、次のような部分。

サブの顔。
−ゴクンと唾をのむ。
効果音 − 衝撃
サブの声「来タアー!」

ろの章 52p

 倉本さんは、よく知られているように北海道の富良野で演劇塾を経営している。富良野は夏だったが行ったことがある。夏は実にのどかで広々したいいところだと思ったが、冬は寒さの厳しいところで、いわば何もない所にこもって、劇作をしていこうというストイックな姿勢が作品にも表れているような気がする。
 ともかく、ぼくはこの本でシナリオを読む楽しみを知ることができた。これからも他のシナリオをいろいろ読んでみたいと思うのだ。