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ひとりおもふ
宇宙の法則

 「せっかく日本のてっぺんにきたんだから、ゆっくりしていけばいいしょー」

 稚内市が発行するガイドブックの冒頭には、こう書かれている。

 「稚内は日本のてっぺん北の果てなので、ここより北に日本のまちや土地はありません。だから、もう急ぐことはないのでゆっくりしていくといいですよ。美味しい魚・海岸・草原・野の花・空・・・全部全部最北端。時間さえもゆっくりゆっくり動いています。」

 
なるほどとうなずいてしまった。
 
人口約42,000人の小さなマチ。これより北にマチはない。ほんとうに毎日の時間がゆっくりとゆっくりと動いているような気がする。

 
職場の人たちと飲んでいて、「日本の最北端はどこか」ということが話題となった。つまり、稚内の東側にある宗谷岬と、礼文島のスコトン岬はいったいどちらが最北端なのだろうかという話題であった。というのも、宗谷岬は「日本の最北端」と表示されているし、スコトン岬には「最北限」という表示がされているからだ。

 
「『最北限』は『日本』のではなく、『日本最北の島』礼文島の『最北限』ということだろう。」
 
「それじゃ、『最北端』と『最北限』って、どうちがうんだよ。」
 
「単に『最北端』とか『最北限』とかの表示ではなくて、そのうえに『日本の』とか『北海道の』とかつかないとわかんないよな。」

 
結論は、宗谷岬が日本の最北端ということで落ち着いたのもつかの間、この最北端説に爆弾が落とされた。それは居酒屋のマスターだった。

 
「日本の最北端は、択捉(えとろふ)島の東端『ラッキベツ岬』ですよ。宗谷岬よりも1分くらい北にあるそうです。」

 
皆の眼が点になった。僕は球状の日本地図を思い出した。東側は吊り上っているはずだ。言われてみればたしかである。ということは、日本の最東端も「ラッキベツ岬」となるのだろうか。
 
マスターの一言で、酔いがさめたような気がした。

 
それにしても、このマチには「最北端」「さいほく」「さいはて」という看板がやたらと目に付く。挙句のはてには宗谷岬に「最北端」という食事の店があり、メニューに「最北端ラーメン」というものまである。一体何が入っているのだろうかというイメージが全然湧いてこない。お値段は1,300円だから、おそらく、カニ・ウニ・ホタテなどここでの定番ものが入っているのだろう。それであれば、「豪華!海鮮ラーメン」でもいいのではないかと思うが、気分の問題か。ちなみに、同じ宗谷岬にある「間宮堂(まみやどう)」の「ほたてラーメン」は大絶賛に値するほどチョー美味い。

 
市内南西の日本海側には、稚内温泉「童夢(どうむ)」という「日本最北端」の温泉施設がある。日帰り入浴客専門なのであるが、ここの露天風呂から眺める夕暮れの日本海と利尻富士は最高である。真冬のそれはまだ体験していないが、おそらくは温泉に浸かる部分はあったまっているだろうが、外気に露出した部分は「しばれるねえ」の世界だろう。

 
さて、地元の人が話す冬の話をしよう。

 
当然、僕がこれから体験せざるを得ない未知の世界であるから、現状はこれからの「さいはて倶楽部」の掲載写真を楽しみにされたい。

 
稚内は、最北にあるわりには気温は極端に寒いということではなくて、ただ、「体感温度」が非常に冷たく感じるということらしい。たしかに現在の気温を、250キロ南下した旭川と比較した場合、最低気温ははるかに旭川のほうが低い。これは、旭川が盆地であるという理由からかもしれないが。

 
このマチは「かぜ」が強いことで有名である。自然が作る山などの障害物というものがほとんどない。要するに「吹きっさらし」なのである。したがって、日本海を渡ってくる「かぜ」がそのまま通り過ぎていくといった感じである。

 
「体感温度」が厳しいというのは気温のわりに「かぜ」が強く吹くので、そのぶん寒く感じるということ。雪も風向きによって「吹き溜まり」ができたりするらしい。「ブリザード」状態になると、マチなかの道路でもクルマが立ち往生してしまうらしい。そういう話を聞くと、楽しみというよりは恐怖を覚える。「陸の孤島」とはよく言ったものだ。

 
でも、冬の季節はまた別の楽しみがあるらしい。

 
空が晴れわたる天気の良い日は、その青空と白い雪のロケーションが最高だと聞いている。都会人があこがれる「ダイヤモンド・ダスト」は旭川や富良野といった「内陸部」におまかせするとして、毎年、極寒の2月に開催される「全国犬そり稚内大会」がおもしろいという。国内最大の犬ぞりレースだけあって、かなりの迫力があり、思わず興奮してしまうらしい。主にシベリアンハスキーやカラフト犬などが活躍するようであり、ペットと違う野性的な一面を見ることができるので、今から楽しみにしている。

 
冬が過ぎて、春がきて、夏がきて・・・。

 
利尻・礼文島行きのフェリーに乗船すると、「宗谷岬」という曲が流れる。

   
流氷とけて 春風吹いて
   
ハマナス咲いて カモメも鳴いて
   
はるか沖ゆく 外国船の
   
けむりもうれし 宗谷の岬
   
流氷とけて 春風吹いて
   
ハマナス揺れる 宗谷の岬

 
来年の6月は礼文島へ渡って、島じゅうをかけめぐり、「レブンアツモリソウ」などの高山植物をこの目に焼きつけてみたい。
 
それから、利尻島へ渡り、険しい利尻富士へ登ってみたい。そのために僕は、日本最北端の温水プールとアスレチックジムで汗を流す日々を送っている。島の走破と登山ができる体力をつけるために、努力をし続けておこうと思っている。せっかく日本のてっぺんにきたんだから。

 
「流氷とけて、春風吹いて・・・」

 
この歌詞の意味がわかる1年目の冬がもうすぐやってくる。