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ひとりおもふ
幻の「キラク」

  数あるユーミンの曲のなかで、この「緑の町に舞い降りて」は僕のお気に入りの1曲。

この曲は、名曲「DESTINY」を含む中期の傑作アルバム「悲しいほどお天気」に収録されていて、コンサートか私的旅行だったのかはわからないが、盛岡を訪れるために花巻空港へ降り立ったときの様子が素敵なほどに描かれている。と同時に、みちのくの新緑のあざやかさが目に浮かんでくるようだ。

『輝く五月の草原を さざなみ遥かに渡っていく

 飛行機のかげと雲のかげ 山すそかけ降りおりる

着陸間近のイアホンが お天気知らせるささやき

 「Morioka」というその響きがロシア語みたいだった

三つ編みの髪をほどいてごらん タラップの風が肩に集まる

 もしも、もしもこの季節 尋ね来ればきっとわかるはず

あなたが気になりだしてから 世界が息づいている』

 彼女が搭乗したと思われる羽田・花巻間の航空便は、東北新幹線の開業により廃止の運命となったが、「海を見ていた午後」の歌詞同様にこの曲もイメージで地名を変えている。

 つまり、機内では到着空港の天候をアナウンスするので、この場合は「Hanamaki」の天候をアナウンスしたはずである。

が、彼女曰く、「ハナマキ」という言葉はどう考えてもロシア語のような気がしないということで、結局はロシア語的な地名の「モリオカ」に変えたそうである。

ロシアの首都が「モスクワ」であり、語尾が「a」で終わるいわゆる「女性名詞」がロシア語のイメージだったのかどうかよくわからないが、「モリオカ」という言葉の響きがロシア語っぽかったのだろう。「観音崎」が「三浦岬」に変わったのと同じである。

 また、「みちのく」に対する彼女のイメージはどうやら緑色らしい。個人的に思うには、それはおそらく松尾芭蕉の「奥の細道」というイメージが同居しているような気がしないでもないが。

 北海道人からすれば、「みちのく」に対して緑色のイメージはほとんどなく、どちらかと言えば「若葉」あるいは「若草色」のような薄い緑色のイメージがあり、北海道こそが緑色か青色のイメージであると主張するであろう。

 北海道人である僕がそう主張するのは当然であって、この曲を聴いて「新緑」を思い浮かべたのは必然的でもある。東北の方には申しわけないが、「みちのく」から濃い緑色はイメージできない。

 さて、この曲で僕が一番好きなのは、「三つ編みの髪をほどいてごらん、タラップの風が肩に集まる」という歌詞。

当時の花巻便は、おそらくYS−11型のプロペラ機だったのだろう。ジェット機だとほとんどが搭乗スポットに横付けされるので、タラップを利用するのは稀だろう。

 
プロペラ機だとタラップ使用なので、いったんエプロンに降りなければならない。それも屋根付きでないタラップなので、飛行機のドアを出ると歌詞のとおり風が肩に集まってきて、歓迎してくれる。

そのとき、女性は編んでいた髪をほどくことによって生ずるであろう解放感がたまらなくいいのだろうか、その微妙な女性の心理状態がこの歌詞に込められているような感じがする。

ユーミンのこの時期に発表された曲には、「余裕」というものを感じる。もしかして一番充実していたときだったのだろうか。

彼女の歌には色彩が常に想像される。それも赤・緑・青などのはっきりした原色ではなくて、例えば青っぽい緑とか、赤っぽい青みたいな表現にちょっと戸惑うような色彩である。

彼女の歌で最初にドキッとしたのは、デビューアルバム「ひこうき雲」に納められている「雨の街を」であり、さすがは美術大生と感心した。

「夜明けの空はぶどう色 街の灯りをひとつひとつ消していく 妖精たちよ」

夜明けの空がぶどう色っていう表現がすげえと思った。普通の表現であれば、ここは「むらさき」か「あかむらさき」、あるいは「あおむらさき」だろう。

船釣りがおもしろくて「ハマって」いたときに、夜明けとともに船が港を出るので、いつも夜明けの空を見てはブドウ色だなって思っていた。

ブドウ色って人それぞれに思っている濃さが違うと思うが、だいたいこういうものだろうと一致する表現だし、これが「むらさき」とかになってくると、そこには「むらさき」しか存在しないことになり、かなりつまらなくなるような気がする。

「三つ編みの髪をほどく」ということも、例えば女性がタラップを降りながら、アタマを軽く振って黒髪を風で自然にほどくというテレビCMに出てきそうなイメージが浮かぶし、その光景はおそらく新緑の若草色につつまれているに違いない。

こういったように、歌詞から無限に想像できる楽しさが彼女の歌にはあり、それが彼女を支持する理由のひとつとなっているのかもしれない。

 
加えて、新緑のモリオカをイメージした心に残るメロディラインの余韻が、なおさら印象深くしている。