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ひとりおもふ
続・煙草のけむり
「煙草のけむり」という僕と煙草との決別の模様を昨年末に書いたが、今回はその続編である。

 
煙草をやめてもう9ケ月になろうとしている。すこぶる順調というか、既に安定期である。よくここまでこれたと自分をほめてあげたい。

 
煙草に対する今のご時勢を見越したのか、それとも先見の眼を僕がもっていたのかどうかわからないが、JR北海道は今年3月のダイヤ改正で、特急車両自体を禁煙化した。もちろん全席禁煙はいうまでもなく、デッキやトイレでの例外場所もない。
 
これは非常に良い決断である。

 
「この間、JRで札幌へ行ったんですよ。で、トイレを利用したらやけに煙草臭いんですよ。きっと、誰かがトイレで一服したんでしょうね。」

 
そう話した職場の後輩はもちろん煙草は吸わない。

 
この話を聞いて、非常に情けなくなった。喫煙者が世間で肩身の狭い思いをしていることはOBとして同情するが、喫煙者はルールを厳守しなければならないはずなのに、こういうことをしている輩がいるからこそ、ますますバッシングされるのだということを肝に命じてほしいと思う。

 
たしかに、稚内〜札幌は片道5時間もかかるので、全車両禁煙措置は愛煙者にとっては地獄であろう。故に、途中駅の比較的停車時間が長い音威子府(おといねっぷ)や旭川のホームで、「マイ灰皿」持参で吸うしか救済措置はないだろう。ただし、その駅によってはホーム全体も禁煙対象となっている場合があるので要注意ではあるが。

 
JRを利用して出張する場合、稚内〜札幌間は「スーパー宗谷」という特急を、札幌〜函館間は「スーパー北斗」という特急をそれぞれ利用することになるが、全車両禁煙措置の前は、指定席の喫煙車両はいずれの特急も1号車であった。

 
最近では今年の2月に利用したので、そのときはまだ喫煙車両が存在していた。
 
僕は煙草をやめてからJRを利用する機会がなかったので、そのときはじめて禁煙車両へ乗車することになった。

 
札幌行きの「スーパー宗谷」の僕の指定席は2号車であり、それもほとんど1号車に近かった。なお、1号車は後方に連結されていた。

 
1号車に通じる自動ドアが開くたびに、煙草の臭いがしてきた。進行方向の後方にある車両の臭いが、前方の車両に流れてくることを不思議に思ってしまったが、それにしても2号車の後方に煙草の臭いが充満してくるのがはっきりとわかった。

 
「頭のいい乗客は、禁煙車両に指定席を取って、煙草が吸いたくなったときに喫煙車両へ移って煙草を吸っていますよ。」
 
「何故って? 我々喫煙者が喫煙車両に座っていても、煙草の煙が充満しているのがはっきりとわかるし、そのうち目が痛くなってきますからね。いくら喫煙者でも、あの状況では健康を害しますよ。」

 
全車両禁煙措置でそういう話も過去の話となったが、喫煙者自らが「健康を害する」とのコメントをどう受け止めたらいいのだろう。
 
やっぱり、煙草は健康に悪いということを自覚しているんだろうが、そう思っていてもやめられないんだろうね。

 
週末にジムでベルトコンベア上を30分走っている。
 
ベルトコンベアは複数設置されているし、走る人もいれば歩く人もいる。
 
この間、僕がいつものように走っていると、40代と思われる女性が隣りのベルトコンベアで歩きだした。
 
とたん、煙草の臭いがしてきた。

 
喫煙者はそんなに敏感にわからないだろうが、煙草を吸わない人にはその人が吸っているかどうかがすぐにわかる。もっとひどくなると、体臭自体が煙草臭くなっている男性もいる。

 
よく中年男性が「臭い」といわれるのは、煙草の臭いやアルコール類が体内に蓄積されて体臭となっている場合や、それを消すために臭いの強い男性化粧品を愛用しているからであろう。要するに悪循環が招いている結果なのだろうと思う。

 
吸わない人との共存を模索するのであれば、まず、ルールを守るのが先だろう。お互いに歩み寄ることが大事であることは言うまでもなく、どちらが優位に立つとかそういう話ではない。

 
加えて、吸わない側からすれば、絶対に吸うなということでなく、吸わない人たちへの配慮を十分考慮して、節度ある喫煙をお願いしたいということなのである。

 
僕自身も喫煙を否定しているわけではない。ただ、ルールを守って喫煙することによって、お互いが共存できるという前提が確立されるのだから、まず、ルールを守ってほしいと思う

 パーティとかで着席のテーブル上に灰皿があるからといって、遠慮せずに吸うのはもってのほかであり、吸わない同席者に対して「吸ってもいいでしょうか。」と一言確認することはあたりまえのルールであろう。

 
そのときに「遠慮してください。」と言われたら、退室のうえ決められた喫煙場所で吸うことが懸命であるのは、誰もの常識である。

 
それすらもできない喫煙者は、排除されて当然である。