曲:新条ゆきの「金の星」
入院している女房の「母の日」のプレゼントをどうしようかと、帰省して付き添っている娘へ話をもちかけた。
『お母さんは、退院するときに着るジャケットが欲しいと言っていたから、それにしようよ。』
『・・・、そんなこと言ったって、お母さんは、もう、退院できないよ。』
『それはわかっているけど、お母さんが欲しいと言っているんだから。』
『わかった。それじゃあ、明日にでもヨーカドーへ買いに行こう。』
おそらくは、女房にとっては最後の母の日となるのだろう。
入院患者が、病院から貸与されているパジャマばかり着ていると、気がめいってくるから、市販のパジャマを着たほうが気晴らしになると、ある方が話してくれた。
さっそく女房へその話をすると、
『いらない。』
と、あっさり返答された。
病院のパジャマで十分だとのことであり、僕としてもそれ以上のことは話さなかった。
せっかくの母の日なんだから、ピアスはどうかとも聞いてみたが、耳に穴がないからいらないと、これもあっさり言われた。
病室のベッドで寝たきり状態となり、もう退院できないだろうと悟った女房が、あえて退院するときに着るジャケットを欲しいと言ったのは、おそらくはそれが「生きる希望」にしたかったのだろう。
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娘と二人でショッピングするということは今までなかった。
近くの「せいきょう」や「マックス・バリュー」へは、食料の買出しに出かけることはあっても、衣類を買いに出かけるということは初めてだった。
ヨーカドーの婦人服売り場なんて女房としか来たことがなかったのに、今はその入院中の女房のためにジャケットを探している僕と娘がいた。
『白だと、おかあさん、病院っぽくていやだというだろうなあ。』
『ちょっと、クリームがかったほうがいいかもしれないね。』
『だんだんやせてきたから、今サイズはどうなんだろ。』
『・・・、Mでちょうどいいと思うよ。』
あまり高価だと怒られそうなので、それなりのものにした。
病室で着る厚手のアンダーシャツも欲しいと言っていたので、男性用のものを買った。
女房が言うには、男性用のほうが着やすいとのこと。
昼から付き添うことになっていた娘に、そのサマー・ジャケットとアンダーシャツを渡した。
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『おかあさん、気に入ったって。・・・着れなかったけど、すごく喜んでた。』
ジャケットは壁にハンガーでかけておいたともメールにあった。
仕事を終えて病院へ向かい、病室に入ると、そのジャケットはハンガーにかかってあった。
『おかあさん、いい色でしょ。良かったね。』
『うん、ありがとう。これ着て退院できるようにがんばる。』
そのときの、痩せこけた女房の笑顔を今でも忘れることができない。
女性の納棺師が、女房に「死装束」を着せているのを見ていたら、涙があとからあとからあふれでてきて止まらなかった。
病魔に侵され、痩せこけた女房の顔にうっすらと化粧をしているのを見ていると、なおさら泣けてきた。
棺に収められた女房に、納棺師が、天国へ持たせるものを納めだした。
女房が一度も袖をとおすことがなかったあのサマー・ジャケットを、是非に着せてやろうと思った。
『すてきなサマー・ジャケットですね。』
女房の身体にそれをかけながら、納棺師が話した。
『はい、今年の「母の日」のプレゼントなんです。娘が選んでくれて、・・・いちども着ることなく、・・・。』
嗚咽して言葉がつまり、それ以上、言葉にならなかった。