札幌から函館行きのJR車中で、30代前半と思われる女性と合い席になった。
ショートカットの(あきらかに)ボサボサ茶髪だが化粧っけが全然なく、赤い縁付きメガネをかけている。
彼女には失礼だが、これはどうみても「女性」を捨てているかなと考えてしまった。
その彼女と、函館までのおよそ3時間30分の道中がはじまった。
札幌駅を発車すると同時に防寒衣を脱ぎ、それをきれにたたんで「肘掛け」にした。
そこまでは、ごく普通の女性かなと思っていたのだが・・・。
「白石」あたりを過ぎるころに、いきなり買い物バッグから取り出したのが、2リットル入りのペットボトル「ポカリスウェット」。
キャップを開けて、それを直接ゴクゴクと飲みだした。
500ミリリットルの「ラッパ飲み」は問題ないが、2リットルの「ラッパ飲み」は「はしたない」の部類に入るだろう。
のどごしを通るときのあの「ゴク、ゴク」という音が5回くらい、僕にも聞こえた。
推定ではあるが、おそらく500ミリリットルは飲んだと思う。
コメントできないくらい、まさに「ハトに豆鉄砲」という感じで、僕はその光景をあっけにとられたように眺めていた。
ポカリを飲み終えると、今度は、またその買い物バッグから、ショートケーキみたいな生クリームのついた大きめのお菓子を取り出し、それをムシャムシャと食べはじめた。
僕をはじめとする「周囲の眼」を全く気にしない様子であった。
芸術作品というのだろうか、その生クリームが全然口元に付着しないような見事な食べっぷりだった。
ポカリの飲みっぷりも良かったが、ケーキの食べっぷりもなかなかだった。
包みホイルを折りたたんでいるうちに、右隣りに座る僕の視線を感じたのだろうか、僕のほうに顔を向けた。
そのとき、僕の表情は、彼女にはどう映っていたのだろう。
『おいしそうでしたね。』
と、思わず飛び出た僕の言葉だった。
その言葉に、彼女はニコッとほほ笑んだ。
恥じらいも見せずに、ニコッとほほ笑んだのだ。
やっぱり、「女性」を捨てたのだろうか。
一段落して、次は、「ヨドバシカメラ」という包装袋からミュージックプレイヤーを取り出した。
ソニーとかの有名ブランドではないと思われる「見た目安物」だったが、SDカードを入れて聞き始めたのだが、イヤーフォンから音がはみ出ていた。
それから、大きなバッグから紙袋を取り出し、コピー文章を読んでいた。
「××学×大会・・・」
という文字が片隅に見えたので、この女性はきっと学校の先生だろう・・・と思った。
化粧っ気もなく、周囲の眼を全く気にしない2リットルのラッパ飲みの30代前半の女性像。
こういった現象から推定しても、結論は学者としか考えられない。
でも、なんだか魅かれるものを感じていたことは確かだった。
左隣りの女性に対する観察をやめて、僕は深い眠りについた。特急「北斗」は、恵庭を通過していた。
★★★★★
車内アナウンスの「苫小牧」という案内で目がさめた。
とたん、左隣りの女性が折りたたみのテーブルに猫背状態で何やら筆記している姿が飛び込んできた。
あの赤い縁付きメガネをはずした横顔は、相変わらず化粧っ気がないものの、「自前」のまつげがクルッとしていて、かわいい顔をしていた。
彼女が何を書いているのか、遠目で何気なくのぞいてみた。
英語だった。
それも、きれいな筆記体で、短い単語が並べられた立派な文章形体だった。
「ほほう、英語の先生か。」
メガネをはずしているためか、折りたたみ机と顔との距離がほとんどないような、はたから見れば「ガリ勉」姿のようだった。
「いったい、彼女はいくつなんだろう。」
ふと、その言葉が脳裏を横切った。
女性の年齢を当てることは、はっきり言って不可能だと思う。
だが、僕の今までの経験値からすれば、おそらくは30代前半と思っているだけで、実は20代後半、いや20代半ばかもしれない。
学校の先生ではなくて、バリバリの大学生かもしれない。
そういった迷いが生じたのも、メガネをはずしたかわいい顔を見たからであって、そのまま通りすぎれば、30代前半でストーリーは完結したはずだった。
頭のなかで、僕はいろんなバリエーションを想像した。
それも、今まで確認できた「キーワード」を並べながら。
でも、一番強烈だったのは、「ポカリのガブ飲み」と「ケーキのムシャムシャ喰い」。
アメリカナイズされた女性は、けっこういる。
アクティブな男っぽい女性。
たとえば、山口智子や篠原涼子。
彼女もボサボサ頭をちゃんときれいにして、化粧をしたら、おそらくそれなりの女性として見ることができるだろう。
その彼女の右隣りで想像するオヤジって、いったい何なんだ。
車中のたいくつさを、単純に転嫁しているだけではないのか。
そんなこと考えないで、帰宅してからブログの掲載音楽を考えなければ。
頭を切り替えようとしたら・・・。
「おお、数学の図形を描いている。そして、それに英単語を書き込んでいる。」
「こ、こいつ、いったいなんなんだ!」
直感的に、日本人ではないと思った。
日本人なら日本語を記すだろう。
じゃ、中国? 台湾? 韓国? だったら、漢字かハングル文字を記すだろう。
もしかして、日系アメリカ人?
だったら、話は簡単だ。
アメリカナイズされたのではなくて、アメリカ人だから当り前の「ガブ飲み」「ムシャ喰い」だったのだろう。
頭が混乱状態になっていた。
『まもなく登別、登別です。』
前のシートに座っていた2人が立ち上がり、そして去った。
左隣りの彼女と見合わせた。
僕は、無言で前のシートを指差した。
すると、彼女はニコッとまた微笑んだ。
その笑顔が、すごくコケティッシュに映ったので、年甲斐もなくドキッとした。。
「おいおい、身振り手振りじゃあ、やっぱり日系人かよ。」
そう思ったら、今まで考えていたことが、雪崩のような勢いで一瞬に流れ去った。
彼女、さっさと前のシートに移動した。
★★★★★
伊達駅に着くころ、前のシートから「いびき」が聞こえてきた。
ほれぼれする女性って、こういうタイプなんだなと苦笑いした僕の顔が車窓の暗闇に怪しく映っていた。
函館駅のひとつ手前の五稜郭駅で、彼女は降りた。
降りるとき、僕と目が合った。
やっぱり、また、ニコッとほほ笑んでくれた。
三回目のほほ笑みだった。
僕も軽く会釈して、それに応えた。