ひとりおもふ
トップ 随想トップ
シルエット・ロマンス

 函館山のふもと、元町にある「旧イギリス領事館」の庭園では、毎年6月下旬から7月上旬にかけて、多数のバラが満開となり、市民や観光客らに癒しを与えてくれる時期がある。

 旧領事館のバラが、いつごろから咲きだして、それが今のように有名となったのかはわからないが、多数のバラで彩られた見事なブリティッシュ・ガーデンを、7月の心地よい初夏の風を受けながら散策するのは、北のマチ函館の風物詩にもなっている。

 函館は、明治時代から水産都市として栄華を極めていたが、1970年代の200カイリ規制の影響をまともに受け、マチの基盤であった北洋サケ・マス事業の規模縮小により、水産都市から観光都市として脱皮を図る時期が到来した。

 最高の財産である「函館山からの夜景」は言うに及ばず、西部地区の建物が観光資源として整備されだしたのは1980年代からであり、特に「金森倉庫群」は、高倉健主演の映画「居酒屋兆冶」で全国紹介されてから、倉庫内に土産品店や飲食店が入居できるように改装するなどして、函館の観光シンボルに変貌をとげた。

 その後、「旧函館区公会堂」をはじめとする歴史的建造物が「お色直し」して生まれ変わり、函館発祥の地である「基(もとい)坂」付近の観光施設も整備された。

 そのなかで、閉鎖されたまま深い眠りについていた旧領事館も観光施設としての「お色直し」が始まった。

 旧領事館は、函館市作成の資料によれば、江戸時代末期の1863年に建築されたが、大火により焼失、その後再建され、1913年から領事館が閉鎖される1934年まで開設されていた。

 「お色直し」が終了し、市民や観光客に一般公開されたのは1992年8月のことであった。

★★★★★

 旧領事館のバラのことは、ホームページを開設していた函館在住の「YURI」さんから教えられた。

 彼女のアドバイスのおかげで、2004年の夏、僕は旧領事館の「顔」ともいうべき「バラ庭園」を眺めることができた。

 正直なところ、僕のバラという認識は、ラグビーのイングランド代表のユニフォーム左胸に刺繍されている程度であり、いろんな品種があることなどの知識は全くといっていいほど兼ね備えていなかった。

 バラ庭園は、札幌では「地崎バラ園」が有名であることは知っており、札幌に住んでいたころに一度訪れたことがあった。

 でも、なんと表現したらいいのだろうか、単純にいろんな品種のバラが区画整理されたエリアで咲いているだけのことで、こんなことを発言すれば「こっぴどく叱られ」そうだが、観賞する側からすれば、なんの感動も起きないような、まさに記憶がすぐ薄れるくらいのものでしかなかった。

 だが、旧領事館のそれは、壁を利用した狭いスペースに咲いているだけの比較のしようもないくらいの規模であり、スケールも全然違うはずなのに、咲き誇るバラの笑顔に思わず感動してしまうのだ。

 つまり、もともとは在函館イギリス領事館という由緒ある敷地内であること、それにその領事館の建物がイギリスというイメージを作り上げていること、この2つの要素が見事に融和しているのだと、僕は思う。

 だから、どんなに素敵なバラ園が国内にあったとしても、旧領事館のバラを函館市民は誇りにすればいいと思う。

 僕は、それだけの価値は十分あると思っている。

 今も企画されているのかどうかわからないが、このバラ庭園を舞台として、付近にある老舗フランス料理店が結婚式を企画しており、ちょうど4年前に偶然にも遭遇したことがあった。

 新郎はさておいて、新婦が着る純白のウェディング・ドレスがものすごく映えた印象が残っている。

 この庭園で式を挙げたカップルは、きっと幸せな家庭を築いていることだろうが、企画した営業マンに対して僕は敬意を表したい。

 どんなに素敵な設備が整った教会よりも、素晴らしいロケーションだと思う。

 季節限定の天候に左右される式場ではあるが、まさに一生の記念になるであろう。

 純白のウェディング・ドレスには、やっぱりバラが一番良く似合う。

 七月のバラって、イメージが良すぎるのかもしれない。

 まだ、その空気に触れておられない方は、来夏に是非どうぞ。