ひとりおもふ
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シルエット・ロマンス

  山陰地方の洋上に浮かぶ「隠岐ノ島」へ行ってみたい。

 そう思い続けて、もう30年になろうとしている。

 だが、その夢はいまだに果たされていない。

 その夢に、一番接近したのが新婚旅行の選定のときだから、25年前か。

 しかし、女房殿が海外へ一度も渡航したことがなかったので、隠岐ノ島行きはあっけなくボツとなった。

 友人たちからも、『新婚旅行で、なんであんな不便なところへ行くんだよ。』『じゅんちゃんがかわいそうだよ。』『おまえは、ほんと変人28号だよなあ。』と、バッシングの嵐だったことは言うまでもない。

 で、僕は何故、「隠岐ノ島」へ行きたいのか。

 理由は、ふたつある。

ひとつは、隠岐ノ島が「後醍醐天皇が流された島」であり、神秘的な魅力を感じていたこと。

 もうひとつは、吉田拓郎のアルバム「たくろうライブ‘73」に収められている「都万(つま)の秋」という曲の舞台となったところであること。

 本州から見れば、北海道も隠岐ノ島も海を隔てた島であることは間違いないだろうが、逆に北海道側から見れば、津軽海峡という「しょっぱい河」を渡って本州へ上陸し、隠岐ノ島へもう一つの海を渡ることになる。

 四国や九州から見ても同じことになるが、そういった単純に二つの海を渡るという行程が旅のロマンとして映っていたことも確かにあった。

 ただ、最近では、インターネットにアクセスすれば、隠岐ノ島の動画や写真が関連サイト上で簡単に見られるので、世の中便利になったものだとつくづく感心する。

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 スカパーの旅チャンネルで、「秘境駅の旅」という番組があるが、自分の性格を分析すれば、どちらかというと「秘境」とか「離島」とかそういった言葉にぐらりときてしまうことが多い。

 だが、例えば「小笠原諸島」や「伊豆大島」、それに「大東島」とかには全く興味がなく、どうしても日本海側に浮かぶ離島に断然興味がある。

 それはおそらく、「南国」という「暑くて碧い海」のイメージがあって、リゾートやレジャーといった言葉が次に浮かんでくるからであり、「離島」というよりは、そういったイメージがどうしても先行してしまうので、積極的に行きたいという気持ちになれない。

 要するに、「人があまりいない」「俗化されていない」しかも「もの悲しい」という自然のままの風景を期待しているのだろうと思う。

 生まれてから52年になるが、この間に離島へ足を運んだのは、あの「利尻島」と「礼文島」のみであり、函館の近場にある「奥尻島」へも渡ったことがなかった。

 若いころは、効率的な旅行行程を優先する考えがあったので、飛行機利用を前提としていたが、50を過ぎた今では、のんびりとフェリーの旅もいいかなと思うようになってきた。

 礼文島へ渡るときの、1時間50分の船旅が妙になつかしくて、そのワクワクしている時間が長ければ長いほど、いい旅になるのかなという気持ちをもちあわせていることに違いはない。

 そして、あの水平線上に見えてくる島影が、まるで旅愁を誘っているかのように愛しく思えてくるのだ。

 そういった雰囲気の時間に長く浸ることができる船旅も、おそらくは僕にとって魅力的になったのだろうと思う。

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 隠岐ノ島へは、フェリーで、いったいどのくらいの時間がかかるのだろう。

 そう思うだけでドキドキしてくるし、どんな光景のなかで、あこがれの隠岐ノ島が水平線上に姿を現してくるのだろうか。

 利尻島や礼文島のように、観光客が大勢押しかけてくるような島ではないだろうが、島へ渡る人たちって、住んでいる人たちはもとより、仕事で渡る人たちの他に、いったいどんな人たちがいるのだろうか。

 そういった人たちと、フェリーのなかでお話をしてみたい。

 話を聞いているだけで、僕はきっとしあわせな気分になれるだろう。

 『あの空気なんだよねえ。忘れてしまった素朴さがあるんだよ。』
 『とにかく、のどかなんだよ。時間がスローに動いているって感じ。』
 『風がさあ、さわやかに舞っているんで、すごく気持ちいいんだよ。』
 『なんたって、刺身だよ。イキがいいからね。』

 きっと、僕のように、この島が好きで好きで、そして、あこがれてやってくる人たちばかりなのだろうと思っている。

 そういう強い想いを抱く僕を待っているかのように、隠岐ノ島の人たちは、岡本おさみさんが作詞した「都万の秋」みたいに、きっと、素敵な人たちばかりで、大歓迎してくれるのだろう。

 いつか、きっと行ってみせる。



 イカ釣り船が帰ると

 小さなおかみさんたちが

 エプロン姿で防波堤を駈けてくるよ

 都万の朝は眠ったまま

 向こうの島じゃ大きなイカが

 手ですくえるんだよ



 おかみさんは待っている

 亭主の自慢話をね

 だまって洗うイカを手にして

 相づち打ってね

 隠岐の島は逃げることなし

 ぬすびとだってここじゃどこにも

 隠れられない



 海の機嫌をとってきた

 小さなおかみさんたち

 一荒れすりゃ今年もふけていく

 明日の朝は去ってしまおう

 だって僕はなまけものの

 渡り鳥だから



「都万の秋」

               作詞 岡本おさみ

               
作曲 吉田拓郎