ひとりおもふ
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シルエット・ロマンス

 稚内で仕事をしていたころ、出張で札幌や函館へ行くときに、JRをよく利用した。

 北海道では、旭川より北部に位置する地域を「道北(どうほく)」と呼んでいる。

 旭川と札幌との間は「空知(そらち)地方」と呼ばれ、北海道の一大米作地帯であることから、豊かに実った稲穂の田園風景が延々と車窓を駆け抜けていく。

 一方、旭川と稚内との間は、「名寄(なよろ)」あたりまでが米作の北限であり、それよりも北は、畑作か酪農地帯となっているので、車窓からの景色はそれプラス日本海へ流れ出る天塩(てしお)川と延々と続く原生林との、大自然のパノラマのくりかえしということになる。

 水田地帯は、米が主食である日本やアジアの国々に広がる見慣れた風景であるが、畑作や酪農地帯は世界のいたるところに見かけることができる風景であろう。

 特に、酪農地帯独特の牛と牧草ののどかな光景は、サイロや家屋など建物の造りに微妙な違いがあるくらいで、他に変化がほとんどないと言っても過言ではないだろう。

 旅行や温泉、食文化ばかりを取り上げた番組を、一日中放送するスカパーの「旅チャンネル」で、イギリスの田園風景を放送した番組を観たことがあった。

 そのタイトルを思い出せないが、小説家の荒俣宏さんと女優の野村佑香さんのお二人が、「ハリーポッター」ゆかりの土地を鉄道で旅するという内容だった。

 ハリーポッター自体に興味があったわけではないが、その車窓を流れる田園風景に引かれた。

 同時に僕は、井上陽水の名曲「ロンドン急行」のメロディを口づさんでいた。

 〜 あこがれの ロンロンロンロン ロンドン急行 〜

 もちろん、イギリスへ行ったことはない。

 だが、テレビに映るその田園風景を眺めていると、道北の畑作や酪農地帯が何故かオーバーラップしてしまった。

 緑色の深さはイギリスのそれにかなわないかもしれないが、空の青さやのどかな感じはほとんど変わりがないと思った。

 いつかはこの目で、そのイングランドの空と田園風景を、あこがれのロンドン急行の車窓から眺めてみたいと思っているが、これはかなわぬ夢かもしれない。

 かなうことができるという可能性があるのは、吉幾三の「津軽平野」に出てくる「ストーブ列車」の旅だろう。

白一色の真冬の厳冬期に凍えながら乗車して、列車内に設置されたストーブで「スルメ」を焼く。

これで、熱燗なんぞをひっかけたら、サイコーだろうなあ。

銘柄は地酒の横綱格「田酒(でんしゅ)」に限るが、ここは「津軽娘」のほうがなんとなくベターのような気がして・・・。

 でも、いくらなんでも、

 〜 あこがれの ツンツンツンツン つがる急行 〜

なんて口ずさむことはないだろうから、

 〜 ちがるぅ へいやあにぃ ゆぎふーる ころはよーぅ 〜

と、「スルメ」の焼けた匂いがプンプンする車内で、赤ら顔で白い車窓を眺めることにしよう。

★★★★★

 いつごろだったか覚えていないが、30代のころだったろうか、JRのコマーシャルで、高峰三枝子さんと上原謙さんが出演された「フルムーン」の素敵な映像が、今でも僕の脳裏にこびりついている。

 そのころは、フルムーンなんてまだまだ先のことだと思っていたのだが、50代に乗ったとき、その言葉と現実感とがクロスしてきて、だんだんと身近になってきているような感じがしてきた。

 定年後は、例えば北東北、南東北などのように区分けして、鉄道で巡ってみたいなと思っているのだが、自動車以外は「乗り物酔い」する女房殿なので、その実現の可能性は非常に低いと思う。

 僕のサイトへ訪問してくださる「める姉」さんは、封印していた鉄道の旅を最近再開し、めでたく「鉄子」に復帰されたそうだ。

 彼女の場合は、各駅に備えられている記念スタンプの収集がメインだとおっしゃっていたが、非常にうらやましく思っている。

 冒頭にも書いたとおり、僕の場合は、そのほとんどが仕事でのJR利用なので、当然のごとく旅行バッグを携えた背広にネクタイ姿のビジネスマンとなる。

 だから、リュックを背負って、ジーンズにスニーカーというごく自然ないでたちのきままな旅にあこがれている。

 車内では、缶ビールなどのアルコールはほとんど口にしないので、プライベートでは、みなみらんぼうの歌のように「ウイスキーの小瓶」を引っ掛けて車窓の景色を眺めてみたいと思う。



   ウイスキーの小瓶を 口に運びながら

   涙と思い出を 肴にして

   酔いつぶれてみたいなどと

   思っているこの僕を

   貴女が見たら 子供のようだと

   きっと 僕を笑うでしょうね

   わかっていながら 飲む男の気持ちなど

   貴女は 知りもせず


   列車の窓に 僕の顔が映る

   なんて みじめな姿なんだろう

   戯れだと思っていた恋に

   打ちのめされてしまうなんて

   こうして誰もが大人になってゆく

   そんな話をどこかで聞いたっけ

   人間どうしの つらい別れという劇を

   僕が演じている


         「ウイスキーの小瓶」(作詞・作曲 みなみらんぼう)



 鉄道の旅には、ウイスキーの小瓶のほかに、文庫本と「ウォークマン」が友達になる。

そのウォークマンも、ひと昔は「カセットテーププレイヤー」。

 
ちょっと前は、「MDプレイヤー」。

今は、「ミュージックプレイヤー」。

だんだんと小型化されているが、ヘッドフォンを使用するのに変わりはない。

実は、僕は「初代ウォークマン世代」である。

「初代ウォークマン」は、1979年の初冬に劇的なデビューをした。

当時、僕は24歳目前で、オセアニアへ向かう「青年の船」に翌年1月に乗船することとなっていた。

だから、その乗船直前に「初代」が発売されたのをはっきりと覚えている。

あのころは、今のように家電量販店がなかったし、劇的な新製品の入荷待ち状態だったので、面識のあるソニー特約店の「オヤジ」を拝み倒して、とうとう入手した。

船の旅に「初代」が大活躍したことはいうまでもないが、その「初代」は5年くらい使用されたあと、僕の宝物箱で深い眠りについている。

オーストラリアの首都・キャンベラへ向かうバスのなかで、「初代」で聴いた「ロンドン急行」と、車窓を流れていった砂漠のように荒涼とした「褐色」の景色を今でも覚えている。

 「鉄子」に復帰しためる姉さんが、すごくうらやましい秋の夜長の想い。

 かなわぬ夢であっても、いつか、ウォークマン片手にロンドン急行へ乗車して、流れゆくイングランドの田園風景を、ウイスキーの小瓶を友として深く堪能したい。

〜 あこがれの ロンロンロンロン ロンドン急行 〜