ひとりおもふ
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シルエット・ロマンス

 『稚内人は、おせっかいで、コンプレックスの塊なんです。

だって、こんなところなんですヨ! 企業努力ないし、競争原理が働かないし、セブン・イレブンないし、有名デパートもないし、エステもないし、他力本願だし、風が強いし・・・
 
 でもネ、私は稚内の風が大好きなんです! 

こんなに、いつも空気が動いているところって、ないと思うんです。

もう少し寒くなると、この稚内にもオオワシやオジロワシなんかがやってきます。

天然記念物がわざわざ稚内に寄るんだから、何か気に入るところがあるんですヨ!

今度、オオワシが来たら聞いてみます!』

 このメールを読んだとき、僕は彼女の素直な気持ちに感動した。

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 彼女は、仕事でおつきあいのある会社の専務をされている。
 もちろん、チャキチャキの稚内っ子である。
 苦しいときも、困ったときも、社員を心配させまいと『ガハハ、心配すんな!』と、いつも豪快に笑っている。

 初対面のとき、その笑顔をみて僕は、この人は苦労人なんだなと直感的にそう思った。

正月が明けて、会社訪問をして懇談したときに、僕のHPをときどきのぞいていらっしゃることを話してくれた。

 最近の僕のエッセイでは、このマチの悪口を書きすぎているきらいがあったので、なにかいいことを書きたいと思っていた。

 そう思っていたところへ、前述のメールが送信されてきたのだった。

 うれしかった。

 僕が知っている稚内人は、本音を言わない、常に一線を置く、そう言った方々ばかりであったので、やっとめぐりあえたという気持ちが強かった。

 「オオワシが舞い降りるマチ・・・」

 なんて、響きの良い「たとえ」なんだろうか。

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 このマチのことを、「さいはて」「最北端」と比喩することが多く、それを看板にして商売をされている人たちもいる。

 でも、そのフレーズに納得するような現実を感じるものと言ったら、JRに揺られてはるばるきたということくらいだろうか。

 なにが「さいはて」で、なにが「最北端」なのだろうか、それを肌で感じるものが、このマチにあるのだろうか。

 逆に、そのフレーズをここで生まれたときから「耳にタコができるくらい」聞かされていたので、それがいやでいやでしょうがなくて、高校を卒業したら出て行こうと思っていた人たちも多かったのではないだろうか。

 彼女のメールに、「コンプレックスの塊」と記されていた。

 どこのマチでもそうだと思うが、地元から一度も外へ出て生活してみたことがないという人たちと、若いときに外へ出て、ある程度年月が経過してUターンしてきた人たちとでは、地元に対するものごとの考え方というものが全然違うと僕は思う。

 彼女は、若いときに本州へ出て生活したことがあるとのことで、「コンプレックスの塊」という表現でこのマチのことを的確にとらえている。

 コンプレックスがあるから見栄をはる。でも、ウラへまわってみれば、何もない。でも、コンプレックスを抱き続ける限り、見栄の世界は終わらない。

 だから、Uターン組はコンプレックスを捨てて、素直に生きようとし、同時にこのマチで誇りに思えることを必死に探そうと努力している。

『こんなに、いつも空気が動いているところって、ないと思うんです。』

 このマチの強い風が好きだと彼女は言うが、反面、風力発電の風車は嫌いだと言う。

 あの宗谷丘陵の風車群を見れば、その言葉は理解できる。

 なんで、あんなにそびえたっているのだろう。
 なんで、そんなに必要なのだろうか。
 必要なのは、宗谷丘陵の見事な自然景観ではないのだろうか。

 台湾から訪れる観光客は、その宗谷丘陵の見事さに、

 『どうやって、あんなふうに斜面を削ったのですか。』

と、質問するそうだ。

 『人間が削ったのではなくて、氷河期にえぐられたそのなごりなんですよ。』

と、回答すると、彼らは驚くとともに感動するそうだ。

 日本人観光客が求めるものと、外国人観光客が求めるものとでは全然違うかもしれないが、僕は、「さいはて」とか「最北端」とかの言葉はいらないと思う。

 ありのままの自然が、このマチの観光資源ではないだろうか。
 だから、利尻・礼文とサロベツへ毎年のように「巡礼」するリピーターが多いのだと思う。

 それならば、宗谷丘陵をハイキングできるようなツアーを作れないのだろうか。

 どこでどう曲がってしまったのか、本州から稚内へ観光に来られる客の多くは、カニを食べることがメインと捉えているのかもしれない。

が、それは観光客とは呼べないだろう。

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 『ここの風は、はんぱじゃないからね。』

 たしかに、はんぱじゃない。
 でも、風が吹かないと、なんだかここにいる感じがしなくなる。

 『港がベタなぎだよね。風がないから稚内らしくないよね。』
 『やっぱり、ビューンビューンと吹かないとね。』

 今冬は、温暖な気候が続いていて、横殴りの吹雪も数える程度の状態だ。

 彼女が言うように、港内が凍結する厳冬の時期となると、雄大な翼を広げてオオワシが舞い降りてくる。

 だが、今年はまだ見かけていない。

『天然記念物がわざわざ稚内に寄るんだから、何か気に入るところがあるんですヨ!』

 そのオオワシが気に入っている稚内の良いところを見つけよう!

 『でもね、稚内の人は私を含めて「他力本願」だから、やっぱり、オオワシが来たら聞いてみます!』

と、きっと言うだろうなあ。彼女のことだから。