五稜郭公園

函館・石崎地主海神社

季節のなかで

 春のうららかな風にまとわれて、満開の桜咲く五稜郭の小高い堤を独り歩く。

 
見上げた青空を覆うように桜吹雪が舞い、そこに手のひらを差し出せば指先から桜色に染まっていくようだ。

 
一年で一番好きな季節。

 
4歳のときに父が突然死んだ。

 
父の実家は函館郊外にある裕福な商家だったので、祖父が一緒に住むよう何度も説得にきた。が、母は断った。

 
母は、結婚間もないころから祖母にいじめられ、とうとう我慢できなくなり、実家のある函館へ独り逃げてきた。追いかけてきた父は、家督を捨てて母と函館で暮らした。

 
そういう理由があって、母は祖父の誘いを何度も断り、食べていくために働きに出た。

 
母は桜が好きだった。

 
函館公園や五稜郭公園の桜を眺めに連れて行かれた記憶が幼心にある。

 
その母は60歳のときに難病を患い、郊外の病院のベッドで寝たきりの身となった。

 
そして、いつも春になると、病室の窓から満開の桜を眺め、

 
「五稜郭のお堀に咲く桜が見たい。」

と、いつも口癖だった。

 
その母は、80歳で他界した。

 
死期を悟ったとき、母は、
 
 
「祖母が眠る墓には絶対入りたくない。」

と、遺言した。

 
母は、函館郊外の七飯町にある共同墓地に眠っている。遺言どおり、兄と僕とで建立した新しい墓に。

 
「お母さんはたった独りで眠っているのだから、きっと寂しいと思います。お父さんが眠る墓の近くの土とお父さんの写真を用意して、お墓に入れれば夫婦一緒に眠ることができます。そうすれば、お母さんも寂しくないでしょう。」

 
住職の教えで、母は父と一緒に眠ることとなった。

 
母と父が眠るその墓からは、函館山と函館湾、それに大野平野が一望できる。

 
そして、春には、付近の桜の樹々が見事なくらい咲き誇るので、きっと二人で花見を楽しんでいることだろう。


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