ひとりおもふ
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シルエット・ロマンス

 『ちょっと、聴いてくださいよ。』

 『どうしたんですか。』

 土曜の午後7時ころに、市内に住むA新聞の支局長からケータイに電話が入った。かなりの興奮状態で、一気にまくし上げた。

 『さっき、北防波堤ドームで催し物をやっているというんで行ってみたんですよ。そしたら、屋台みたいのがあって、一杯ひっかけながらおかずを頼んだら、納豆入り厚揚げが480円なんですよ。いくらなんでもこれはひどすぎる。東京だってこんなに高くない。で、高いと文句を言ったら、「お客さんどこからきたの」だって。たいしてうまいもんでもないのにさ。』

 『期待するほうがおかしいんだよ。このマチはいいかげんなことが多いから、期待しないほうがいいよ。名産もないし、味覚だって「はてな」とクビをかしげるものばかりだし、「薄くて文句を言われるくらいなら、最初から濃くしておいたほうがいい」って、全体に味付けの濃いこと。まったく、誇れるものがあるのかなあと思うよ。』

 『それでさ、地元「勇知産」のじゃがいもが売られていたんで、東京の家族に送ろうと思って宅配便で頼んだのよ。そしたら、「勇知産」と表示されたダンボールがなくて、なんと「長野」と表示された別のダンボールに詰め込みだしたんだよ。「おいおい、稚内って書いたダンボールないのかよ。」って文句言ったら、またまた、「あんたどこからきたの。」だって。地元でないとだめなんかい。ったく、話にならないよ。』

 『他のマチでは当たり前のことが、ここではそうでないんだよ。だから、こんなもんだって苦笑いするかしかないでしょ。怒ってみても、何の得にもなりませんよ。おおよそのレベルってものが1年も住めばわかってきますよ。僕は住んで1年たったけど、こんなもんだってあきらめていますよ。あと9ケ月でおさらばする予定ですから、その9ケ月はじっと我慢の子ですよ。』

 『あなたはそれでいいよね。僕はまだ1年半も暮らさなきゃなんないんだよね。あ〜あ、いやになった。』

 ほんとうに苦笑いするしかない。

 僕も最初は、「?」「?」の連続だった。転勤人生なので、今までにいろんなマチに住んだが、このマチほど疑問だらけのマチはない。地元の方にはすまないと思うが、ほんとうのことを言わせてもらえれば、現在までの結論としては、「このマチはいいかげんなことが多すぎる。」

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 このマチの丘には「稚内公園」があり、そこには「開基100年記念塔」というものがある。この丘へのアクセスはクルマか徒歩しかない。今年3月末まで「日本一短いロープウェイ」が営業していたが、市の財政見直し策で廃止となった。

 冬は、もちろんロードヒーティングも施していないので、クルマは通行止めで、手段は徒歩しかない。だから、必然的に「開基100年記念塔」は雪が降れば閉鎖となる。建設費は約4億円とか。

 地元の方に聞いてみた。

 『稚内公園って、何があるんですか。』

 『そうですねえ・・・、南極物語で有名なタロ、ジロの記念碑と、氷雪の門くらいですかねえ。』

 4億円もかかった「開基100年記念塔」の言葉は出なかった。

 『ああ、記念塔ね。あった、あった。でも、あれは、NHKのお天気カメラしかメリットがないようですね。あれで赤字の穴埋めしているんでしょうね。』

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 このマチには、全国的に名のとおった「全日空ホテル」がある。しかし、経営母体は稚内市だという。

 シングル1泊朝食付のお値段は、夏は約21,000円である。これも昨年6月に知床が世界遺産に指定されるまでは約26,000円で、利用客離れからこの値段に下げたといわれている。

それにしても、ビジネスホテルに「毛」が生えた程度のシティホテルでこの利用料金は、はっきり言って高すぎる。

詮索するつもりはないが、おそらく、市内同業者との「取り決め」みたいな何らかの理由が絶対にあるのだろうと考えていたら、同ホテルが開業する条件として、同業者が倒れないように宿泊料金を上乗せ設定したという噂を聞いた。

つまり、冬場は閑散期なので問題はないが、稼ぎ時の夏場では設備や知名度で勝っている同ホテルが絶対的に有利であり、客足が向くことは当然であることから、同業者が倒れないように、料金をあらかじめ高く設定したということらしいのである。

どおりで、極端に高いと思った。

どう考えても、この程度のマチの規模では、高くて1泊12,000円〜15,000円が相場であろう。

 が、冬期料金は、ななんと、約7,500円である・・・。冗談じゃあないよと言いたくなる。冬と夏とでは、一体何が変わるというのだろうか。

 『さいはてには、夏しか観光客がこないんですよ。ですから、全日空ホテルに限らず、市内のホテルは夏場がかきいれどきで、その収入で1年をまかなうんですよ。ですから、料金も高く設定しているんです。いやだったら違うところに泊まりなさいって言っても、泊まるところがないですからねえ。』

 『え〜っ、冬ですか。冬は何も観るところがないですよ。宿泊者のほとんどはビジネス客なので、この料金でご利用いただいているんです。』

 この話を聞いて、がく然とした。
 
冬場のほうが、暖房費などでむしろ高く設定すべきではないのか。

 市内の宿泊施設の多くがこうした料金設定をおこなっているというが、これではパックツアー以外の観光客は、「言いなり価格」に我慢して宿泊せざるを得ないことになるので、リピーターの確率は低くなる一方だろうと思う。

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 一番最悪な現実は、道内や本州からの観光客らが、稚内市内の観光施設である「宗谷岬」や「ノシャップ岬」を中心とした観光に来ているわけではないという危機感を、どれだけの関係者が抱いているのだろうかということ。

 観光客側から見れば、このマチの位置付けは、はっきり言えば「ついで」であり、利尻・礼文・サロベツ国立公園への「ベースキャンプ」という表現がピッタリであろう。

 「宗谷岬」へ赴いて、観光客は一体何を求めるのだろう。

 ただ、国境の海である宗谷海峡があって、その向こうに、うまくいけばサハリンが見えるかもしれないだけの場所であり、精神的なものとしては、日本のさいはて、最北端だという「肩書き」があることだけの場所だと思う。

ましてこの岬は、地形的には「半楕円のかたちをしているゆるい海岸線上にある平地」であり、「岬」と表現するには「断崖」とか雄大な眺めは全く期待できない。

 また、「ノシャップ岬」って、何が観光のシンボルなのだろうか。僕にはこちらのほうが全く理解できない。

 このマチには、あとは「北防波堤ドーム」があるだけだ・・・。

 でも、もしかして、観光でメシを食べている地元の人たちは、すでに「ついで」「ベースキャンプ」としての位置付けを十分理解しているから、宿泊料金をあえて高く設定しているのかもしれないと思えてきた。

 観光資源を自ら持っていなくとも、利尻・礼文・サロベツ国立公園を訪れる観光客をあてこんで、それでメシを食べているのだから、案外、ファジーでいいと思っているのかもしれない。

 だとすれば、そのうち「しっぺがえし」は絶対にやってくると思う。世の中の法則は、おおよそそんなふうにできているということに気づいてほしい。

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 『またですよ〜。今度は、足代わりに利用しているタクシー会社で集金に来たときに、領収書をお願いしたら、一ケ月分なんで、収入印紙を貼付しなくちゃいけない金額なんですけど、集金の人、何て言ったと思います? 「あんたのほうで貼っておいてよ。」だって。これはもう、あきれたとしかいいようがないですよ。一体、このマチはどうなっているんだろうねえ。』

 「旅人」の僕ら転勤族は、こういった現状にやっぱり苦笑いするしかない、か。僕らでさえ、なんだかいいかげんな気持ちになってしまうような気がする。

 こうやって、このエッセイを一気に書き上げたが、地元の方がこれを読まれて心証を害する可能性は十分にあると察する。

 しかし、事実は事実として受け止めて、対応していただきたいと、そして独自性等を醸成されることを僕は願っている。