ひとりおもふ
トップ 随想トップ
幻の「キラク」
 『いぐねえ、いぐねえ?』

 映画「スイング・ガールズ」で、主演の上野樹里が山形弁で話すこのセリフが全然山形弁らしくなくて、妙に脳裏に焼きついている。

 山形を舞台にした「ウォーターボーイズ」の女性版であるこの映画に出演した女子高校生役の女優さんたちは、ほとんどが楽器を使いこなせない「素人集団」であったが、猛特訓の末にここまで聴けるようになって、放映後には彼女ら(キーボードの男子1名を含む)によるコンサートが開かれ、それがCD化されて、最後にはスイングの本場アメリカで演奏を行った。

 NHKの朝ドラ「てるてる家族」の3女役としてデビューした上野樹里を見て、僕は将来性のある女性だなと思っていたが、あれよあれよといううちに主演の座を射止めるとは正直思ってもみなかった。

 その彼女がテナーサックスと山形弁をこなしたこの映画をスカパーで観ることができたが、内容は内容として、素直におもしろい映画だと思った。

 なかでも、同年代の竹中直人演ずる「なんちゃってジャズメン」は、これは僕らの世代を象徴するキャラだとほんとうに思った。

 ジャズに傾倒していて、「にわか評論」と「ノリ」はできるものの、楽器演奏ができない。だから、「なんちゃってジャズメン」なのだ。その演技ひとつひとつを見ながら、笑いとともに僕にも少し当たっているなと自覚した。

 少しというのは、結婚前の20代前半はベースとドラムを少々かじっていた時期があり、それはジャズではなかったし、今ではほとんど指が動かないのでまず無理だろうということで、そう表現した。

 話をもとに戻そう。

 この映画に端を発して、高校生らのビッグバンドによるジャズが流行りだしたと言われている。

 一言でいえば、ビッグバンドの「かっこよさ」と、スイングの「ノリのよさ」が受けたのだろう。

 従来の吹奏楽はクラシック中心であり、「繊細さ」や「重厚さ」など、それはそれでいい面もあるのだが、「ゆれる」ことができないし、演奏することによって手拍子する観客と一体化できないという面も持ち合わせている。

 実際、この映画にも典型的な吹奏楽部があって、そのピンチヒッターとしてビッグバンドが誕生するのであるが。

 ジャズファンとしては、若い人たちの間でこういったビッグバンドが流行しているという「日本のご時勢」に戸惑う部分もあるものの、脚光を浴びるのはやはりうれしいし、スイングの王様「ベニー・グッドマン」も、墓の下でさぞかし喜んでおられることだろう。

★★★★★

 軽く触れたように、ジャズの形態のひとつに「ビッグバンド」というスタイルがある。これは、アメリカでは、グレン・ミラー、ベニー・グッドマン、それに秋吉敏子などなどおなじみである。

 日本では、1960年代から70年代にかけてテレビのバックバンドとして常連だった「原信夫とシャープ&フラッツ」「高橋達也と東京ユニオン」「小野満とスイングビーバース」らがビッグバンドとして活躍している。

 日本でのジャズは、戦後の米軍キャンプ内での演奏から始まったものがほとんどであり、時期的にもスイング全盛時代だったことから、ビッグバンドと言えばスイングという答えとなっていた。

 ジャズは、例えば「土の匂い」がしなくてはだめだとか、そういう理屈や理論はそのころにはなかったと思うし、いつのころから頭でっかちの評論家どもが台頭してきたのかもわからないし、特段、わかりたいとも思わない。

 ただ、ジャズにしろ音楽は、TPOのなかで自然と身体が反応するものやハミングしたくなるものもあると思うので、それを恥ずかしいとかそういうことで自制することなく、感じたままを身体で表現することも大事だと思う。

 まして、スイングは聴いているだけで身体が自然と動く人がほとんどだと思うので、無理して自己制御する必要はないと思う。思うがままに手拍子したりスイングしてみることをお薦めする。

 もちろん、ビッグバンドを構成するメンバーですら、自分の「出番」がないときは、観客同様に手拍子をとったりして結構楽しんでいるようだが。

★★★★★

 夏休みで稚内から苫小牧へ移動中に、日本海オロロンラインの真ん中あたりにある「道の駅:ほっとはぼろ」へトイレタイムのため立ち寄ったときのこと。

 物産まつりが開催されていたのでかなりの人出だった。
 8月20日なのたが、暑さがまだ残っているような曇り空の蒸し暑いお天気。

 イベント広場のほうからきれいな歌声がスピーカーをとおして聴こえてくる。

広場へ近づいていくと、沖縄のあの「涙そうそう」を誰か知らないが、屋根もない簡易ステージみたいなところで歌っている赤いミニドレスをまとったスタイルの良い女性歌手らしき姿が見えた。「夏川りみ」でないことはすぐわかった・・・?

 その女性歌手は、僕らから見ると赤いミニドレスが大胆に割れた背中を向けて歌っており、ステージうしろの衝立がないため、歌手目線で観客が丸見えだった。

 その観客はどう見てもお年寄りたちで、パイプ椅子に腰掛けているものの、反応がイマイチ。

 お年寄りたちにとってははじめて聴く曲なのだろうが、この曲は沖縄メロディなのだから、自然と手拍子が出ても不思議はない。が、手拍子する客はおらず、観客席には静けさが漂っていた。

 これでは蒸し暑いなか歌っている歌手が気の毒だなあと同情したし、進行係も気を利かせて彼女が歌うまえに手拍子のお願いをさりげなく伝えるべきではなかったか。これがNHKだと、観客は手拍子するのにねえと僕は思った。

 そう思いながら、トイレのあるビルへ向かったところ、その入り口に今回の歌謡ステージのポスターが貼付されてあった。

 そのポスターの中央には、大きな写真入りの大きな活字で「こまどり姉妹」と印刷されており、今歌っている女性歌手は双子の聞いたこともない名前の歌手であることもわかった。

 『そうかあ、あのお年寄りたちは「こまどり姉妹」を見にきたんだ。』

 『おとうさん、「こまどり姉妹」って・・・?』

 『北海道出身で、昭和30年代がピークだった演歌歌手姉妹さ。おばあちゃんがよく聴いていたので、お父さんもかすかに記憶があるよ。』

 でも、その「こまどり姉妹」が歌うには、あまりにも寂しいステージだし、果たして手拍子は沸き起こるのだろうかと心配になった。

 それと、70歳くらいであろう和服を着た彼女らが、この蒸し暑いステージ上で倒れないかとも心配した。

 演歌にスイングはできないだろうが、しみじみ歌う曲でないのならば、せめて手拍子くらいはとってあげてもいいのではないだろうかと、やる気のなさそうな進行係の姿を思いだした。

 そして、時間があれば、是非、「こまどり姉妹」をこの目で見たかった。