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ひとりおもふ
雪無し正月
 人生50年の節目の正月は、雪のない相模原で迎えた。北海道以外の地ではじめて年を越し
たことになる。

 
北海道に住んでいると、クリスマスや正月には雪が降り積もり、景色は白一色に埋もれる。それが当たり前のことだし、当然のことである。

 
師走の吹雪模様の稚内を離陸して広がる眼下の景色は見慣れた冬景色だったが、羽田に近づくにつれてその景色は「白」を脱色し、「秋」へと戻っていった。

 
雪がないということは、路面状況を気にせずに歩けるということである。本州の方からすれば「当たり前のことを」と不思議がるかもしれないが、北海道では路面は圧雪かアイスバーンとなっているので、足をとられないよう結構神経を使って歩いているのが普通である。

 
また、当然のごとく雪かきの心配も要らなくなる。

 
雪から解放されたという安堵感をどう表現したらいいのかわからないが、冬の日常生活での当たり前が当たり前でなくなったというふうに片付けるのが適当かもしれない。

                   
★★★
 
 2日の初売りで、昨春、大学へ進学した一人娘と女房殿と三人で、JR横浜駅に隣接したデパートへ向かった。

 
昨年までは函館市内のデパートへ足を運んでおり、2日の初売りデパートめぐりは我が家では正月の恒例行事となっている。

 
JR横浜線のホームはさほど混雑はしていなかったが、連絡通路を進み、デパートが近づくにつれて混み具合がひどくなっていった。

 
デパートへ入店すると1階フロアに客があふれていて、そのわずかな隙間をアリの隊列のようにエスカレータ方向へ進まざるを得なかった。

 
各階ごとのバーゲンコーナーでの主役は女性であり、僕を含む男性は連れの女性が購入した品物が入った買物袋を両手に、あきらめ顔で壁か柱にもたれかかっていた。

 
娘はお目当てのブーツが見つからなかったため、隣りのデパートへ行きたいと言ってきたので、仕方なく女房とつきあった。

 
が、こちらはさらに人口密度がかなり高くなっていて、入り口から前へ進まない状態。また、女性客の熱気で館内の暖房が要らないのではないかと思うほど。

 
ここでもお目当てのブーツがなく、娘は仕方なくバッグを購入し、レジの行列に並ぶ。レジは1ヶ所しかないのでここで時間を相当費やしてしまう。

 
密集したこんな光景を真上から眺めると、おそらく幾何学的な模様に見えるだろうと想像したし、そのなかに、自分の意志どおりに動けない哀れな自分というちっぽけな存在が浮き沈みしているような光景も同時に想像した。

 
息がつまって発狂しそうなこの密集空間から解放され、やっとの思いでJR横浜駅のホームにたどりついたとき、僕はもう二度と初売りへは行かねえぞと決意した。

 
その話を湘南マリリンさんへしたら、

 
「ばかだねえ、エジちゃん。初売りで混むのはまず新宿、そして横浜なんだから。」

 
はやく言ってほしかった。

                             ★★★

 「三が日」が明けた4日は、湘南マリリンさんと約束していた「湘南ツアー」。

 
相模原まで真っ赤な愛車で迎えにきていただき、僕と女房と娘が乗り込む。
 
初対面の彼女は、やさしい瞳のショートカットが似合うナイス・ミディだった。

 
国道16号線を進み、大和・藤沢を通り過ぎ、茅ヶ崎へ向かう。

 
北海道の気候で言えば、初雪が舞うころの11月初旬くらいだろうか。地元の方には失礼だが、道路沿いには、限られたスペースに窮屈そうな家々が立ち並んだ風景が延々と続いていた。

 
藤沢に入ると、工場群が目につくようになった。僕はワクワクしていた。
 
「この景色の先には湘南の海が広がっているんだなあ。いつ、その水平線が見えてくるのだろうか。」
と、窓の向こうに見える景色を背伸びしながら眺め続けていた。

 
茅ヶ崎の酒造メーカーが経営するレストハウスで昼食をとったが、僕は烏帽子岩をデザインしたラベルの「湘南ビール」を主食とした。

 
さて、「湘南ツアー」の前半は、娘のニーズにお答えしたかたちの「巡礼の旅」である。・・・そう、SMAPのリーダー中居くんは藤沢の辻堂出身。マリリンさんに無理を言って、中居くんの卒業した小学校、中学校、高校を巡った。女房曰く、この中学校はあの今井翼くんの出身校でもあるとのこと。よく知っているというか、なんて表現したらいいか・・・。女房と娘は、こぞって記念写真に納まった。

 
それから、中居くんがよく立ち寄るという辻堂の某ラーメン店前に駐車して、パチリ。・・・いるわけないって。

 
次はツアーの後半、江ノ島巡りである。

 
午後4時をまわっているというのに、まだ明るい。稚内ではもう真っ暗になっている時刻である。134号線を鎌倉方向へ進む。両脇の松並木というか防風林がどこまでも続く。この流れる景色は、夏の季節にはまた格別なんだろうなと目を細め眺めていた。

 
江ノ島へ続く遊歩道は、人でごったがえしていた。ご利益を求めて参拝に来たのだろうその行列に逆らいながら江ノ島をめざす。

 
「エジちゃん、ほら富士山が見えるよ。」

と、マリリンさんが指差す彼方に富士山がぼんやり見えていた。

 
「曇り空だから、はっきり見えないね。きっと、『また、いらっしゃい』なんだろうね。」

 
タワー最上階から眺める湘南の海岸は、夕暮れの青色に染まり、街の灯や道路沿いの外灯、クルマのヘッドライトが海岸線を形成しているようだった。

 
「カラオケにはまだ時間があるから、辻堂で食事しましょう。」

 
彼女が家族単位でたまに食事するという辻堂駅付近の居酒屋で夕食を済ます。
 
当然、僕はビールだったが、串焼きがおいしかった。肉食系の娘はこれ幸いとばかり食していた。

 
カラオケは、マリリンさんが友人とよく行くという辻堂の海岸沿いにあるスナックだった。その友人を途中でひろって、スナックへ向かう。

 
「ここの並びにあるおでん屋さんにも、中居くんがときどき出没しているらしいよ。」

 
・・・だから、いるわけないって。

 
カラオケを終えて、相模原へ戻ったときはすでに「午前様」近かった。マリリンさん、ありがとうございました。なんとお礼申したら良いか。やっぱり、先着3名様限定の「北海道・美瑛の丘ツアー」を企画しないといけないかな。

 
それから、帰る日までのあいだ、娘のブーツ探しに町田、八王子と結局はデパートめぐりをする日々を過ごした。そう、親愛なるユーミンこと松任谷由実の実家があるあの八王子というマチにはじめて降り立ったわけで、彼女のファンになって、32年目の快挙?であった。

                  
★★★

 「こっちですか。普段どおりの雪ですよ。この状態だと、稚内に降りられなくて、旭川着陸のバス旅行付きですね。はっ、はっ、お気の毒。」

 
案の定、羽田空港のボードには「天候調査中」が掲示されていた。現実に戻った瞬間であった。

 
しかし、ひとときとはいえ雪のない冬を過ごした満足感があったし、湘南へも行ったし、残りの冬をなんとか乗り切れそうな気分でもあった。

 
そして、今年の大晦日はサザンの年越しライブに是非行こうと誓った。

 北海道人からすれば、何を言ったって、やっぱり雪のない冬が一番いいに決まっているべさ。