フランソワーズ・サガン 「悲しみよ こんにちは」



<あらすじ>

若く美貌の父親の再婚を父の愛人と自分の恋人を使って妨害し、聡明で魅力的な相手の女性を死に追いやるセシル…。
太陽がきらめく、美しい南仏の海岸を舞台に、青春期特有の残酷さをもつ少女の感傷にみちた好奇心、愛情の独占欲、完璧なものへの反撥などの微妙な心理を描く。
発売と同時に全世界でベストセラーとなり、文壇に輝かしいデビューを飾ったサガンの処女作である。

[新潮文庫版 「悲しみよ こんにちは」裏表紙より引用]



日本文学が好きな私ですが、これは珍しくすらすらと読めた外国文学です。
翻訳ものって、文章が味気ないような気がしてあまり好きではないのですが、この本は例外でした。

読むきっかけになったのは、森瑶子の「美女たちの神話」という本。
ヴィヴィアン・リーやらブリジット・バルドーやら15人の美女たちの人生を紹介したエッセイなんですが、その中でサガンが取り上げられていたんです。
森瑶子は若い時にサガンの「悲しみよ こんにちは」を読んで非常にショックを受けたそうなんです。
それは小説の内容に衝撃を受けたわけではなく、それを書いたのが18歳の女の子だったから。
「十八歳にして完成された小説世界を持っている人間がすでに存在しているという、歴然とした事実を突きつけられた」から。
森瑶子は35歳の時にデビューした作家さん(って、もう亡くなってますが)。
森氏はサガンを初めて読んだ時の自分を「私は多分、心の深くのどこかで、いつか小説を書きたいと、ひそかに決意をしていた少女だったと思うのだ」と書いています。
しかし、サガンが現れたことによって、森氏はその夢に蓋をしてしまう。
 「サガンが越せないんだったら、小説なんて書いてもしかたがないじゃないの」
と、当時の自分に言い聞かせたといいます。
そして彼女は35歳までペンを取ろうとさえ思わなかったのですから、サガンが森氏に与えた衝撃はかなりのものだったと思われます。

森瑶子は高校時代に好きだった作家なんですが、先日この「美女たちの神話」を読み返し、急にサガンを読みたいと思いまして。
潜在意識の中で「小説を書きたい」と思っていた少女の夢を、根こそぎ奪った作品ですよ?
一体どんな小説なのだろうと思い、手に取ってみました。

主人公はセシルという17歳の女の子。
彼女には素敵な父親がいました。
父親はやもめで、半年ごとに女をとっかえひっかえしているような遊び人。
でもセシルはパパが大好きなんです。

 父は女蕩しで、仕事上手で、いつも好奇心が強く、飽きやすく、そして女にもてた。
 私は苦労せずに、そして優しく、父を愛することができた。
 なぜなら父は親切で、気前が良く、朗らかで、私に溢れるような愛情を持っていたからだ。
 私は、父以上に良い、そしておもしろい友達は想像できない。


セシルと父親は、地中海の海辺に別荘を借り、そこで夏休みを過ごしている。
そこへはエルザという父親の愛人も同伴していた。
セシルはそこでシリルという青年に出会い、恋に落ちる。
楽しく、怠惰なひと夏のバカンス。
…だったはずが、ある日セシルにとっての「邪魔者」が現れる。
彼女の名はアンヌ。セシルの死んだ母親の古い友人。
アンヌは洗練された大人の女性で、上品で頭のよい魅力的な人。
段々とアンヌに惹かれ、ついには彼女と再婚することを決める父親。
父や自分とは正反対の人間であるアンヌ。完璧で、頭が良くて、気位が高くて。
父親を奪われたくないセシルは、エルザとシリルを巻き込んで、アンヌを父から引き離そうと計略する。

話の内容としてはそんなに衝撃的なものではないと思うんです。
しかし、作品全体の雰囲気がすばらしく良い。
地中海の海辺でのバカンス。若い遊び人の父親。ちょっと頭が悪くて憎めないエルザ。セシルとシリルの恋。
「洒脱さ」とでも申しましょうか、湿気の多い日本では味わえない世界がそこにあります。
セシルの父親が素敵なんだな、これまた。
恋多き40男だなんて、フランス人だから容易に想像できるし、許せるのかも(笑)。
そして、父親を独占したいというセシルの心理。
愛人と遊びで付き合うのはかまわないけど、アンヌのような大人の女性が父に近づくのは許せないという微妙な気持ち。
サガンが18歳だったからこそ、セシルの微妙な心理を書けたんでしょう。
しかし、18歳でこの話を書けたのはやっぱりすごいと思うんです。
森瑶子の指摘のとおり、まさに「完成された小説世界」。
特にラスト三章の勢い、巧みさには目を見張るものがあります。
後半部分は貪るように、あっという間に読めてしまいました。
巧いし、面白い。そしてこの話を書いた人は18歳。
森瑶子が「サガンが越せないんだったら、小説なんて書いてもしかたがないじゃないの」と思ったのもわかるような気がします。

先日芥川賞の候補になった島本理生の「リトル・バイ・リトル」を読んだ時も、高校生なのに巧いなあとびっくりしたのですが。
この「悲しみよ こんにちは」はその上を行く衝撃でしたね。
この完成度で、しかも明らかにすらすらと書けている印象を与える文章(翻訳だけど)。
才能って、溢れ出るものなんですね…。としみじみしてしまった。
この小説を原語で味わいたい、この文章を母国語としてもっと理解したい。
ああ、どうして私はフランス人じゃなかったんだろう。
…とさえ思ってしまうくらいの本でした。



★作品からの引用文はこの色で表記しています。
テキスト…朝吹登水子・訳 「悲しみよ こんにちは」(新潮文庫)
参考文献…森瑶子 「美女たちの神話」(講談社文庫)




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