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ベルリンの環境団体との交流


静岡新聞 2008/10/7掲載



ベルリンの自然保護団体と交流
沼津朝日新聞 2007/10/7掲載
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地球温暖化、生態系の危機、絶滅種の危機、種の多様性の保全など地球環境の保護が、国際的課題となっています。
環境先進国ドイツに学び、日本でも国や地方公共団体が環境保護を基本政策として位置づけてほしいものです。
草の根の活動を通じて、国民、市民の意識形成も大切です。





浮世絵 東海道十四 原 (初代広重画)




浮島沼の絵図(部分)




  天 女 の 嘆 き               松下宗柏


 春の名曲として親しまれている謡曲に『羽衣(はごろも)』がある。この天女の舞う舞台
が、実は、ここ原の浮島ケ原であるということを知る人は少ない。謡曲のフィナーレには、
「さるほどに、時移って、天(あま)の羽衣、浦風にたなびきたなびく、三保の松原、浮
島が雲の、愛鷹山や富士の高嶺、かすかになりて、天つ御空(あまつみそら)の、霞にま
ぎれて失(う)せにけーり」と謡われている。三保の松原、浮島ケ原、そして愛鷹山と、
上空を天女が羽衣を優美になびかせて舞う。のどかな浦の景色を謡い、めでたい世を寿ぎ、
地上に七宝を降らせる。やがて富士山の霞にまぎれて消えて行くという美しい場面である。
鎌倉時代の『東関紀行』には「浮島ケ原はいづくよりもまさりてみゆ」と記され、江戸時
代には浮世絵の画題となった。天下の名勝の地であったのである。

 その一方、先人たちは多大な努力を払い放水路を掘削し新田開発をなし浮島沼を美田と
してきた。先人の気概と郷土愛、その実行力に敬意を表し手本としたい。問題は、ここ十
年の目に余る乱開発による景勝の破壊、自然の破壊である。国道添いの広大な沼地という
手っ取り速く安価な土地、このような安易な考えで行政は市民のゴミ捨て場として有害物
質の埋め立て地となし、無秩序に倉庫や工場が建てられていく。今や惨憺たる景色である。

 また、浮島ケ原一帯は、野鳥の楽園とされバードウオッチングのポイントでもある。と
ころが、市の「衛生プラント(し尿処理場)」の建設により数万羽のつばめが乱舞した「つ
ばめのお宿」が危機にひんしている。また流水がさえぎられたことにより、「ビオトープ(動
植物の生息空間)」予定地は水たまりと化し生物は死滅寸前、浮島の稲田は冠水して稲の
収穫量が激減しているという。水は命の源である。湿性植物や魚、野鳥などの立場になって
生態系に思いやりのある自然公園であってほしい。さらに、地盤が固く風光明媚な一本松、
桃里、植田地区が「貨物ヤード」になりそうだという。可能性を秘めた一等地が死に地に
なるのである。余りに失うものが大きすぎる。節度の無い自然破壊、景勝破壊は、巡りめ
ぐって人間の体と心を破壊していく。国土繁栄を願ってやまない天女は、美しかった富士
の裾野の荒廃と行く末を、天上界から見て、さぞかし涙が尽きないことだろう。

(沼津朝日新聞「言いたいほうだい」より。4月1日掲載)



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早春の浮島ケ原 <ノウルシ>
(「郷土史・浮島」 富士市浮島地区まちづくり推進会議編より抜すい)




浮島ケ原



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 浮 島 ケ 原 が 危 な い          松下宗柏


先日、地元の郷土史研究家・望月宏充さん(原ルネッサンスの会・会長)に、富士市が
施工中の「浮島ケ原自然公園」に案内していただいた。国道1号線を車で走り中里信号を
右折、近藤鋼材の倉庫の東側一帯である。4,2hrというスペースではあったが、木道
が設置工事中、水がせせらぐようにに工夫されていた。かつて浮島ケ原の至るところにあっ
たヤナギ、ハンの木、アシ、マコモ、タデ、ノウルシ、ノイバラなど湿性植物、野草が芽
吹き、野鳥が遊んでいた。さながらミニ尾瀬沼といった風情である。

製紙工場の公害対策に取り組んで来た富士市は、すでに平成元年から20年間の長期計画
を策定、13億円の予算を投じて、都市整備部みどりの課の仕事として、浮島沼の植性保
護に着手しているわけである。その近く、植田にはフェンスに囲まれた盛り土、沼津市の
不燃ゴミの捨て場跡がある、残念なことである。これ以上拡大しないことを願う。

 昨年まで、浮島沼にはバスで寒鮒釣りの人々が押し寄せていたが、最近、パタリと来な
くなったという。鮒がいなくなったのである。先般、原の工場によるダイオキシンの垂れ
流しが大騒ぎになった。沼津保健所に浮島沼や沼川の水質検査とモニターを常時お願いし
たいものである。水は命の源であり、汚染された水は駿河湾に流入し、やがて死の海とな
る。そして命の連鎖により、人間に及ぶことは言うまでもない。

 今、浮島ケ原では、無秩序に沼地や沼川の埋め立てが加速し、廃車や家電用品が捨てら
れ野積み、山積みとなっている。浮島ケ原が急速に死につつあるのである。しかも、県の
認可を受けて、合法的に、自然の破壊、自然の汚染が進行しているのである。

 このまま放置しておけば、浮島ケ原は「ゴミケ原」になってしまう。まだ間に合う。斎
藤衛沼津市長にも御理解いただき、市民と行政が一丸となり、富士市とも歩調を合わせ、
環境庁、静岡県にも陳情し、本腰を入れて廃棄物の撤去、湿原の生態系の保存と富士山麗
の景観保存のために、県立の自然公園の設置をすることが緊急の課題だと思う。

 古来、日本人は自然と共に生き、草木国土には神々や精霊が宿るとし、感謝し畏怖して
祭ってきた。水や空気、自然の保護は、人間の命に密着した問題に他ならないのである。


写真






沼津市の「浮島ケ原」の現状。






現在施工中の富士市の「浮島ケ原自然公園」



04.5.6

 シンポジウム・「浮島沼の自然・里作り」開催   望月 宏充


平成十六年四月二十五日、原地区センターで「浮島沼の自然・里作りシンポジウム」が
開催されました。「浮島沼の自然・里作り会」が発足して6ヶ月足らずの、十分な準備もで
きない中での企画でした。

当日は好天に恵まれ、約二百五十人の方々が参加されました。ここで、今回のシンポジウ
ムを開催するまでに至った簡単な経緯を記してみたいと思います。

昨年五月に突然、勝井明憲東海大開発工学部教授から私のところに電話があり、原町商
工会から浮島沼・浮島ケ原のことに関し、私と鈴木昌宙先生、神谷芳郎先生を紹介された
ので、浮島沼・浮島ケ原のことや現状を教えてもらいたいとの内容でした。

教授は日ごろから大学のキャンパスからの素晴らしい浮島ケ原の風景と、その中で行わ
れている乱開発の現状を見て心を痛め、保護・保存の必要性を感じているとのこと。十月
に再び教授から「一度皆で会い、浮島沼・浮島ケ原のことについて話し合いを持ちたい」
との連絡があり、その後、月一回の会合を重ね、保存に関する会を発足させました。

新たな会員も加わり、会発足六ヶ月を機に、皆様に浮島沼・浮島ケ原の自然保護の大切
さを訴え、考える契機にして頂きたいとの思いから今回の開催に至りました。

当日のシンポジウムでは長興寺の松下宗柏住職による「羽衣の夢・天から見た浮島ケ原」
と題した基調講演が行われ、その中で、夢ある羽衣の謡曲の舞台が浮島ケ原であること、
その美しい舞台の夢を破るような嘆かわしい現状に警鐘を鳴らし、生態系の保存を訴えられ
ました。

私は皆様に、浮島沼・浮島ケ原を理解して頂くために、浮島沼・浮島ケ原とはどんな所
だったかを歴史・文学などから、その素晴らしさや開拓の苦労などを話しました。

鈴木先生は消え行く浮島沼・浮島ケ原の貴重な植物の現状・保存を、神谷芳郎先生は乱
開発による日本有数の野鳥の生息地「ツバメのお宿」であるアシ原が奪われて行く現状か
ら、早急の保護の必要性を話されました

このシンポジウムが浮島沼・浮島ケ原に関心を持ち、今後の保存に少しでもつながって
いく契機になって頂けたらと願っています。

(沼津朝日「言いたいほうだい」より。平成16年5月6日より抜すい)