安藤広重 東海道五十三次(保永堂版)
浮島沼と朝富士の図


白隠禅師のふるさとの寺

ここは十返舎十九の『東海道中膝栗毛』に
「ぬ(飲)まず食わずではらへった」と出てくる
東海道・五十三次のうち十三番目の原の宿。
「駿河には過ぎたるものが二つあり、
富士のお山に原の白隠」とうたわれているように
日本臨済宗中興の祖・白隠禅師(*注1)の
ふるさとであります。

長興寺は白隠禅師のお寺・松蔭寺(*注2)より
歩いて五分の位置にあります。
一時、火事や高潮で荒廃していましたが、
白隠禅師の道友・大義和尚によって再建され、
全国各地から集まって来た修行者たちの宿坊として
使われました。
謡曲「羽衣(はごろも)」の舞台になっている
浮島沼(うきしまぬま)や愛鷹山(あしたかやま)の
近くです。


長興寺本堂  撮影:窪野 晃子
裏庭から、かつて茶畑であった処に
松蔭寺へと続く一筋の道があります。
これが修行者たちが松蔭寺へと参禅に通い、
白隠さんが経行(きんひん、散歩)したという
通称「白隠道」(はくいんみち)に他なりません。
(左の地図をクリックすると、別画面で
拡大表示されます)。

*注1:白隠禅師
貞享2年(1685年)12月25日生まれ。
明和5年(1768年)12月11日、84歳で入寂。
(詳しくは白隠禅師の足跡のページで書かれています)。


*注2:松蔭寺
約680年前に建てられた、臨済宗白隠派大本山のお寺。
白隠禅師が住職になってから「原の松蔭寺」の名前が全国に広まる。
境内には白隠禅師のお墓(静岡県指定史跡)の他に、
備前岡山の城主・池田候から白隠禅師に贈られた、備前焼の大擂鉢がある。


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