以前、「短いおなじみの手紙」(詩:ラングストン・ヒューズ / 高田 渡『日本に来た外国詩…。』に収録)を聴いていた時、猛烈にナニカを書きたくなって一気に書いたものです。
「赤紙」を受け取った黒人の思いを綴った詩ですが、私は召集令状という現実よりも、幼い頃のある日のことを思い出してしまったのです。
私は羽田空港の近くで、10歳頃まで育ちました。今も、それ程は遠くない所に住んでいるので、その辺りを通り過ぎる機会は多いのですが、様変わりしているのは当然ですけど、まだその頃の匂いは、ちょっとした場所に残っていて、なんともいえない懐かしさを覚えます。
私が小さい頃の「羽田空港」は、進駐軍と呼ばれていたアメリカの軍隊に、まだ接収されていました。とうぜん、大勢の軍人さんがいれば、それに寄り集まるプロの女性も多かったのでしょう。近所には、私が「アメリカノオネエサン」と呼んでいたという、何人かの女性が住んでいました。
今思えば、彼女たちはオンリーさんと呼ばれた、一人の男性としか接触を持たない女性だったのだと思います。
「アメリカノオネエサン」という言葉は、私は忘れていたのですが、ある時、真紅のマニュキアをした私に、母が云ったのです。「あんた、子供の頃と同じだね」。
なあに、どうゆう意味よぉ?と尋ねると、「困ったのよ、あんたには。静かにお絵かきしてると思って近づくとさ、両手を隠したの。何やってたと思う? クレヨンで真っ赤に爪を塗ってたのよ。そしてさ、云うことがいいのよね、アメリカノオネエサンだって」。母は続けて、余りに嬉しそうにしてる私を怒れなかったこと、だからそれからは毎日いろんな色を塗っては、堂々と見せに来たことなどを、話し続けました。
どうやら、私のマニュキア好きや何個もつけてるピアス、それにお上品とは程遠い、ちゃらちゃらとしたヒッピー崩れのような恰好が未だに好きなのも、どうもルーツはその辺りにありそうです。
私、4歳にはまだなっていませんでした。それは、保育園に行くようになる前ですから、確かです。
ある日のことです。庭で一人遊びをしていると、見知らぬ女の子、多分ちょっとばかり私より年長だったと思いますが、垣根の間からジッとこっちを見ていました。チリチリの真っ黒な髪の毛とチョコレート色の肌の女の子。私が近づいたらニッコリと笑いかけたので、木戸を開けました。
それが、私の人生で、最初にできた女の子の友達でした。
悲しいことに、その子の名前は、ずーっとずっと前に、忘れてしまいました。
一年程、毎日のように、庭や私のうちで遊びました。とてもとても仲良しでした。
ある日、その子が大事そうにそっと抱えて持ってきたのは、「ミルクのみ人形」でした。まだその頃には、日本の玩具屋さんには無かったはずです。勿論初めて目にした、それはそれは素敵なお人形で、私がお気に入りだった大きな抱き人形が、なんだかとってもつまんなく感じたのを憶えています。
その子は、次の日からも、いつもそれを持ってきては、私に貸してくれたのです。二人で、色んなお話を創っては、そのミルクのみ人形のお母さんになったりお姉さんになったりして、遊んでいました。
喧嘩なんてしたこともなかったなぁ…。
そんな風に楽しく遊んでいた時でした。
その時、ちょうど私がミルクのみ人形を手にしていたのですが、その子はそれを、私の手から突然、力一杯もぎ取ったのです。そして、何が起きたのか訳が判らず、呆然としている私の目の前で、その人形をバラバラにし始めました。
頭を胴から引き抜き、手と足も引き抜き、6個に分解されて、目の前にころがったそれは、もう私達と遊んでくれたミルクのみ人形ではありませんでした。
大声で泣き叫びながら、その子をぶち続けたこと以外、私、全然憶えていません。
その日から、ぷっつりその子は、私の目の前から消えました。
お父さんの仕事の為に外国へ行ったとか、母から聞いたような気がしますが、それも定かではありません。ハーフなんて言葉は無くて、「あいの子」と、ちょっと侮蔑的に小声で囁かれた時代の話です。それも、その子は「黒い人」との「あいの子」でした。
チョコレート色の肌よりも、ちょっぴり黒かったあの子の手の甲と、黄色っぽくも見えた手のひら。そして、その手でバラバラにされた、緩やかなウエーヴのかかった美しい金髪をもった真っ白な肌の色の「ミルクのみ人形」。今でも、時々、スローモーションのように、私の心のなかに浮かびます。
今、どこでどうしているだろう、名前を忘れちゃった、あの女の子。私よりでっぷりと肥って、堂々とした体型の黒人のオバサンになってるのだろうか、あの子。
---------------------------------------------------------------------
おなじみの短い手紙(抄)
昨日の朝僕は見つけた 郵便箱の中の手紙
ただの短いおなじみの手紙が 1ページの長さにも足りない
そいつは僕に墓に入ったほうが 死んだほうがいいと内緒話
裏を見た 何も書いてない ただの短いおなじみの手紙
ただの鉛筆と紙だけで ピストルやナイフはいらない
ただの短いおなじみの手紙が 僕の命をとってしまう 君の命をとってしまう
昨日の朝僕は見つけた 郵便箱の中の手紙