民法第一問
 酒屋を営むAは,飼育している大型犬の運動を店員Bに命じた。Bが運動のために犬を連れて路上を歩いていたところ,自転車で走行していたCが運転を誤って自転車を犬に追突させ,驚いた犬はBを振り切って暴走した。反対方向から歩いてきた右足に障害のあるDは,犬と接触しなかったものの,暴走する犬を避けようとして足の障害のために身体の安定を失って転倒し,重傷を負った。
 DがA,B及びCに対して損害賠償を請求できるかについて,それぞれに対する請求の根拠と,A,B及びCの考えられる反論を挙げ,自己の見解を論ぜよ。



 Cへの請求について
 Aとしてはまず、Cに対して不法行為に基づく損害賠償請求(709条)をすることが考えられる。
 Cは自転車を運転している者であり、運転を誤って自転車を犬に追突させていることから「過失」が認められる。
 もっとも、CとしてはDの怪我は犬に驚いて転倒したことによるものであって、その転倒した原因はDの足の障害にあり、自らの行為とDの怪我には因果関係が無いと反論すると考えられる。
 では、Cの反論は認められるか。
 確かに、ある行為から生じうる損害は因果関係の程度を問わなければ無限に拡大しうる。にもかかわらずその全てについて行為者に責任を認めるのは酷に過ぎ妥当でない。そこで416条を類推して、相当因果関係の認められる範囲に限るべきである。即ち、通常生じうる損害の他(1項)、予見可能な特別事情により生じた損害(2項)に範囲を限るべきである。
 本問についてこれを見ると、犬に自転車を追突させれば犬が驚いて走り出し、また道を足に障害のあるものが歩いていることも通常ありうべき事情であって、この者が犬に驚いて転び大怪我することもなお通常予見可能な事情であるといえる。従って因果関係が認められる。
 よってCの反論は認められず、DのCへの損害賠償請求は認められる。
 Bへの請求について
 Aは次にBに対して不法行為に基づく損害賠償請求をすることが考えられる。
 Bは「大型犬」を連れているものである以上、犬が何かに驚いても制止することができるよう注意する義務があり、にもかかわらず驚いた犬に振り切られて暴走させたBには「過失」が認められる。
 そして、やはりCの場合と同様にDの怪我との間には相当因果関係が認められる以上、Bへの損害賠償請求は認められる。
 C・Bへの請求について
 以上のように、C・B個別に損害賠償請求することが可能ではあるが、Aはこれではいずれに対しても敗訴してしまう危険などがある。そこでAとしてはC・Bの共同不法行為責任を追及し、損害賠償請求をすることが考えられる(719条)。
 共同不法行為の成立には、@客観的関連共同性および、A各自不法行為が成立することが必要である。本問では@客観的関連共同性が認められ、前述のようにB・CそれぞれについてA不法行為が成立する。よって共同不法行為が成立する。
 これに対し、B・Cとしてはそれぞれの寄与度に応じた減額および減額分を基にした過失相殺(722条2項)を主張することが考えられるが、認められるか。
 思うに719条は被害者保護のため認められたものであり、寄与度による減額を認めることはかかる趣旨に反する。また「連帯ニテ」という明文に明らかに反する。よって、認められないというべきである。
 従って、Dは全額についてC・Bに損害賠償を請求できる。
 Aに対する請求について
(1)  Dとしては、Aの使用者責任を追及し、損害賠償を請求することがすることが、まず考えられる(715条)。では認められるか。
 まず、BはAの店の店員であり使用関係が認められる。そしてBには不法行為が成立する。
 もっともDは犬の散歩は「事業ノ執行ニ付キ」とは言えないと反論すると考えられる。では認められるか。
 思うに「事業ノ執行ニ付キ」と言えるためには、外形上職務の範囲内である必要があるというべきであるが、酒屋にとって犬を散歩させることは明らかに職務の範囲外である。従って「事業ノ執行ニ付キ」とは言えず、Aの反論が認められ、Dは使用者責任を追及することはできない。
(2)  もっとも、DとしてはAの動物占有者責任を追及することができる(718条)。
 漫然と犬に振り切られ暴走させるようなBに大型犬を預けたAは、「相当ノ注意ヲ以テ其保管ヲ為シタ」ものとは言えないからである。
以上

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