▲見どころ、読みどころ▼


 この詩の舞台になっているのは、江戸川区に住んでいたときのアパートです。あの部屋からは、ディズニーランドで打ち上げる花火が見えました。風呂からあがったあとで、花火を眺めて就寝するのがあの頃のわが家のスケジュールでした。花火があがる様子が子供にはバンバシュウと聞こえ、もぞもぞと指を動かしながら腕をあげるのがその真似です。
 花火が終わって、さあ寝ようと電気を消すのですが、まだ眠くない子供は本を持ってきて読んでもらおうとするのです。かまっているといつまでも寝ないものですから、わたしたちはさっそく寝たふりををするという親子の火花を散らすもうひとつの花火合戦がここに飛び火しているわけです。子供はまだ《かきくけこ》がはっきりいえなくて、こじかのバンビがとじたのバンジとわたしたちには聞こえました。発音の蒙古斑とでもいうのでしようか。一歳と五ヶ月くらいのことでしょう。音楽ではおもに8ビートのロックでビートルズとサザンオールスターズ、民謡ではシャッフル系のものを好んでいたころです。うんうん、なかなかいい趣味をしているぞ、がんばって耳を澄ませよと思っていました。では、どうぞ。





「サークライトセレナーデ」

 



電気の蔓を指でつまんできみが一回引っ張る、パチリ 
そんなに強くすることはないのに 
まだ明るいのでもう一回 
輪はいなくなる、きみが黙る 

豆電球が灯台よりも遠いところから 

もうきみは眠る時間を迎えたのだよ、顕彰 
ディズニーランドの花火も今日は見ただろう 
夏を過ぎたら急に週末と祭日にしか打ち上げなくなったから 
ぼくらは季節外れの家庭花火を買い込んで 
きみがうるさい月曜から木曜には 
線香花火に火をつけてあげているだろう 
浦安のあたりにはこんな親もいるんだ、ウォルト・ディズニー 

花火、三等身のきみの頭・胴・脚のそれぞれの脇を 
両方の腕が瀧昇りしてくるバンバンシュウ 

湯上がりのぼくらの体温がこの部屋を満たすには 
あわててきみが持ってくるミッキーマウスの歌本に 
あともう少しの沈黙が積もればいいだろう 
もう今日は歌もおしまいだよ 
せっかく手探りで見つけてきたようだけれども 
炭坑節も、東京音頭も 
ソーラン節も子鹿のバンビも 
猫ふんじゃったもサザンも終了だ 
終了、終了 
本日のお歌は終了いたしました 
またのお越しをお待ちいたしております 
ぼくは髪がまだ乾かないので枕にタオルをあてている 
きみはよく拭いてもらったから平気なんだな 
こうやって腕を胸のあたりで組んで黙って横たわっていると 
なんだかぼくは死んでしまっているのが本当のような気がしてくる

生きていることの方が気のせいで 
じつは眠るまでの期限付きで生きているしかなかったんだ 
終了、終了 
ごめんなパパはもう死んでしまったんだよ、顕彰 
もうきみがとじたのばんじを歌ってくれといってきても 
パパはなんにもできないんだぜ 
なにしろ腕を合わせて神様に祈りながら死んでしまったんだからね 
子鹿のバンビは背中に白いてんてんをもっているが 
パパはそろそろ黒い斑点で覆われてしまうんだぜ 
でもきっとかわいくはないだろうし 
みみずくおじさんはパパが死んでもおぼえていてはくれないだろう 

パパもう寝たみたいね

だがきみはまだ納得できない 
ごろんごろんと転がってきてぼくの耳に親指をさしこむ 
こらこら 
ほとけさまの耳に指をさしこむとは 
なんとおそれおおいことをするか 
だがあいにくとぼくは死んでしまっている 
ふと生き返って指を抜いてやろうか 
それとも死後硬直と銘打ってそのまま頭をずらそうか 
ああ本当に死ぬのっていやなことだな 
そうしてぼくは自分の母親のことを思い出す 
あなたはどう思いながら死んだのでしょうね、母親 
やはり自分の後に残って生きていくひとたちのことを考えながら 
死んだのでしょうか 
もう話すこともできなくなると思いながら 
死んだのでしょうかね 
それとも意識がなくなっているから 
何も考えずに死んだのでしょうか 
いやいやそんなはずはないでしょう 
一番最後に死ぬのは耳だといいますから 
聞こえてくる言葉がある以上 
それに応える言葉もあるはずなのですから 
たとえその言葉があなたのなかから一歩もそとへ出られないとしても 
あなたのなかにはなにか言葉があったはずでしょう 
なにか 
なにか言いたいと思いながら死んでいくのでしょうか 
なにか言いたいと思いながら死んでいくのは 
報われない話ではないですか
そんなふうに死にたくはないけれども 
突然なにも言えずに死んでいくのもいやだな 
屋根に飛行機の翼が落ちてきて 
その下敷きになって圧迫死してしまうとか 
行ってきますと角を曲がってすぐのところに 
居眠り運転中の十トン車が待ちかまえているとか 
そういう激烈な死にかたはやはり御免こうむりたい 
どう考えてもいたそうだから 
とするとぼくもじんわり死んでいくしかないだろうな 
スープのだしが効いていくように死んでいくのだな 
きっとぼくの顕彰への最後の教育は 
ぼくの死ぬところを見せることになるだろう 
ぼくはできることなら病室のベッドでは死にたくはない 
注射器や酸素ボンベや 
あんなに器具でごちゃごちゃしたところは 
死ぬにはふさわしくない 
もっと日常的に 
自分が借りているアパートの六畳間に敷いた布団の上で 
ぜいぜい息を切らしながら 
でも救う手だてはないからそれを続行するしかなくて 
ぜいぜい、ぜいぜいするだけしかなくて 
それでもそのぜいぜいの合間をぬって 
きみが生きていく指針になるようなことを言おうと 
あれこれ探しているうちに眼を据えて 
結局なにも言えないままぼおっと死んでいくしかないんだろうな 
そうするときみは 
うちの親父はいざとなるとなにも言えないだらしのねえ男だったと 
ぼくのことを記憶するのだろうな 
たまらないぜまったくのところ 
なんてさみしい人生だ 
なんてさみしい人生のリフレインだ 
だれもがそうやって死んできたように 
ぼくもそうやって死ぬしかないのか 
あ、 
とも 
う、
とも言えないで力尽きて死んでいくほかないのか 
そんなことなら死ぬなんてまっぴらだと 
おもわず眼を開けかけたぼくの額を 
寝返りのきみの掌がぱっちんとたたく




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